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4-7

 三日も貫徹(かんてつ)妄想(もうそう)を垂れ流し合った。


 そのころには酒もないのに全員がグデングデンで、たぶんそれは自他の恥ずかしすぎる妄想に酔ったのもあったろうし、完徹のダメージが脳を犯していたのもあっただろう。


 俺たちはやたらハイで、肩を組んで歌いながら笑って突然涙したり叫んだりしていた。


 正気を失ったようにヘラヘラした顔のセクシーが言う。



「昔オレもまともに仕事してましたよ? けどさあ、その時の雇い主の耳長(エルフ)がクソで、何度頭の中でぶっ飛ばしたかしれねぇぜ!」

「おう、いいじゃねーか、そういうのだよ、そういうの。恨み、怒り、嫉妬(しっと)、夢、希望、絶望、なんだっていい。どんな感情だっていいんだ。お前の黒歴史がお前の力になるんだぜ。魔法ってすげーだろ! っていうかセクシー、あんたバフかかってんじゃねーか! 補助魔法できてるぜ! おめでとう!」

「おおおおお! やったあああ!」



 まあ喜んでる本人は大して自覚してねーだろうが、それでも成功体験は次につながる。


 一人『できた』となればあとに続く者も出てきて、我も我もと全員が思い思いの魔法を放っていく。

 今はみんなハイだから呪文いらないけど、たぶんしらふ(・・・)でやろうと思ったら呪文いるだろうから、サロモンと俺が一生懸命考えた呪文はいつか役立ててほしい。


 そんな風に俺たちはアジトの中で魔法をぶっ放しあってアジトがやばい。



「……なんか揺れてねぇ?」



 最初に素に戻ったのはセクシーだった。


 もうそのころには半数が完全に眠りこけていて、残った半数も今見てる光景が夢なんだか現実なんだかわからない有様だっただろう。


 かく言う俺も今感じている『ぐらぐら』が、自分の体が揺れてるだけなのか、それともアジト全体が揺れているのか判別つかなかった。

 それでも俺が『いちおう』という気持ちでも避難(ひなん)を呼びかけることができたのは、前世でかなりの数の地震に遭遇(そうぐう)していて、その危険性を知っていたからだろう。



「とりあえずアジト出ようぜ。もし崩壊するなら、こんな施工(せこう)の甘い屋内にいたら押しつぶされて死ぬ」



 というわけで俺たちは寝てる連中を起こしたり、ふらふらのやつに肩を貸したりしながらアジトから出た。


 全員で金属の格子に守られたアジトを振り返る。


 足もとにわずかに流れる汚水が波打ち、その波は次第に大きくなり、そしてハッキリわかるほどの揺れが来たのはそのあとだった。



「あ、まずい。もっと離れろ」



 恐慌(きょうこう)を避けるために慌ててないふうを(よそお)ってつぶやく。


 おかげで『真白なる夜』の連中もゆったりと俺の指示に従い、俺たちが充分に離れたところで――


 ――俺たちのアジトが崩落した。


 もともとトンネル状の空洞だった場所の天井が落ちてきた感じである。


 震動で轟音(ごうおん)が鳴り響き、砂埃(すなぼこり)が舞い、足もとを流れるくるぶしまでの深ささえない水が派手に跳ね上がった。

 周囲を見れば立っていることができないやつが大多数で、二本の足で立ってるのは俺と若いのが三名ぐらいなもんだった。



「まあ屋内で攻撃魔法はやらない方がよかったな」



 俺は反省点を述べた。

 誰かが「そうだな」と言ったあと、俺たちはしばらく呆然とアジト(あと)をながめるしかできなかった。





「君は本当に迷惑なやつだなあ」



 シロは笑っていたが、こいつはいつも笑っている。


 そんなわけで俺たちは家なき子に進化した。



「……まあ僕らは持ち物なんかはほぼないし、そもそも屋根のある寝床もなかったぐらいだ。うん、いいんじゃないかな、初心に帰れて」

「もっと俺に怒れよ。組織のトップだろお前。アジトを壊した構成員に対して甘いんじゃねーの?」

「そうだね。不思議と。君には怒るべきだと思う」

「不思議じゃねーよ」

「あっはっは。……君は不思議なやつだなあ、アレクサンダー。僕は君と話していると、なんだかおかしな気持ちになってくるよ」

「なんだ? 恋か? やめろよ、照れるだろ」

「あっはっは。……あっはっはっは」

「笑いながらフリーズすんな」

「うーん」



 シロが俺の頭に手を乗せて、そのまま上から力を込めてきた。

 優男(やさおとこ)顔のくせに体は屈強なもんだから、かなりの重圧を感じる。



「おいシロやめろ。俺の低い背をこれ以上縮ますな」

「このままゼロまでつぶれないかなあ」

「お、やるか? 闘争か?」

「……まあいいや。まったく、君と会ってから、僕はらしくないことばかりしている。普段の僕はどんなんだったかな?」

「俺に聞くなよ」

「そうだねえ」



 シロはどうでもよさそうな相づちを打って俺から離れ、



(さいわ)い、今は夜だ」



 空を見上げた。

 俺も同じように上を見れば、そこには真っ白くけぶった夜の世界が広がっていた。


 真白なる夜。


 (きり)で満ちて一寸先を見るのも難しいこの白い暗闇は、俺が世話になっている組織の名を思い起こさせる。



「アジト候補は三つある。全員でゾロゾロと行くのは目立つだろうけれど、十人単位ぐらいならまあ、どうにでもなるだろう。みんなでお引っ越しといこうか」

「ちなみにアジト候補ってのはどんな場所なんだ?」

「こことさほど変わらないよ。人の寄りつかない用水路の最下層だったり、太短(ドワーフ)たちが廃材を置くゴミ捨て場の横だったり、あるいは海辺にある『いわく』付きの倉庫だったりね」

「街の規模がでけーから、そういう死角もあるってことか」

「うん? そうかな?」

「なんだよ、違うのか」

「いや、君の発言を素直に認めるのがイヤで、なんとなく疑問を(てい)しただけだよ」

「お前は本当に……」

「手足たち。僕以外に二人、アジトで『(あたま)』をやる者を選出してくれ」



 シロが呼びかける。

 すると寝不足で疲労(ひろう)困憊(こんぱい)だった連中が、サッと動き始める。


 それぞれリーダーとみなす者のまわりにあっという間に集まる光景は『大したもんだ』と思う一方で、どこか学校を思い出す。

 明文化された階級はないが、みんな、誰が上で誰が下か、自然とヒエラルキーを理解しているあの感じ。

『二人組作って』と言われたら必ず同じヤツがあまるような、『普段の付き合い』というものを前提にした階級の相互認識がこの組織にはあるようだった。


 となると新参にして別種族、いわば転校生である俺は『はぐれもの』ということになる――


 かと思ったんだが、


 真横に来たセクシーが、俺の肩を叩いた。



「アレクサンダー、お前、オレの行くアジトの頭やれ」



 突然のことにあっけにとられた――

 のは、俺だけでなく、シロも、だったらしい。


 口もとの笑みを消したシロが、首をかしげて問いかけた。



「アレクサンダーは『人』だけど、いいのかな?」

(あたま)、オレらは、オレらを生かしてくれる頭についていくんスよ」

「そうだね。それが我ら『真白なる夜』という肉体のすべてだ」

「だからオレは、アレクサンダーがふさわしいと思う。……こいつの話すことは小難しくて、ペラペラしゃべるから半分ぐらいなにを言ってるかわからない。けど、こいつの話には夢があって……オレは自分でもなにかをできるっていうことを思い出したんです」

「……」

「オレだけじゃない。アレクサンダーの語った夢と希望は……そこを目指すのは、楽しかった。生きてくっていうのは、こういうことなんだって……オレの頭のよさじゃあうまく言えねぇけど、そう感じたんだ。だからオレはアレクサンダーを頭にしたい。こいつの話をもっと聞きたい。そばで」



 シロは首をかしげたまま視線を俺に向けた。


 ……ぞっとする。


 怒りや殺意がこもっているというわけではない。

 ただ、無感情にこちらを検分する、機械めいた視線が俺を見ていた。



「なるほど」



 しばしの間があって、シロは口もとに笑みを取り戻して、



「いいんじゃないかな? 我らは自由が信条。(ちか)いは『生きていくこと』のみ。目的は平等。そのための肉体だ。肉体が必要と判断したなら、誰を頭にするかも自由だよ。……アレクサンダー、そういうわけで頼めるかな?」

「シロ、お前がイヤならイヤって言えよ」



 俺は言った。

 シロはまた首をかしげる。



「僕に『イヤ』はないよ」

「……そうかあ?」

「まあ嘘かもしれないけれどね。……うん、なるほどなるほど。君と僕とはやはり相性が悪いようだ。だからこそ『生存』を目的にするなら、君をアジトの頭にする必要性を感じた。僕からも頼もう。ただし」

「なんだ?」

「生きていかせてくれよ。それ以外はいらないし、それ以上は、いらないんだ」

「おう、まかせろよ」

「……」

「なんだ、みょうな顔して」

「いや。希望するアジトはどれかあるかな?」

「あ? じゃあ『いわく』付きの倉庫をもらおう。この世界に来てからそういう怪談巷説(かいだんこうせつ)に行き()ったことがない。楽しい夜を過ごせそうだ」

「よろしい。では、倉庫は君へ。まあ、自由にやってよ。僕もたまに様子を見に行くけど、もともと規律とは無縁なわけだし、君も気軽にあちこち遊び回ればいい」

「……ふぅん。なあ、お前……」

「なにかな?」

「……いや、いい。あとで二人きりになれるタイミングで話すわ」

「おやおや、ワクワクするねぇ。どんな話をしてもらえるんだろう」

「単なる活動方針の詳細な確認だよ。で、詳しい場所は?」

「彼なら知ってる」



 示されたのは長髪の最年長メンバー、セクシーだった。


 セクシーセクシー呼ぶのもいい加減アレなんで、俺に権利があるなら全員の名前聞くかつけるかするぞ。





 名前。


 俺はそいつを個体識別のための記号ぐらいの意味で考えていた。



「なるほど、『名付け格差』があるのか」



 俺の前世……少なくとも俺のいた国、街、近隣社会では『名前をつけられていない人間』は存在しなかった。


 だって国の制度が、名前をつけることを『当然』としていた。


 出生届には名前を書く欄があり、そこに書かれた名前を基本的に一生背負っていくことになる。


 しかし、この街にはそんなものがなかった。


 だから『名前』というのは特別なもので、それは『親に愛された幸せな子だけがもらえるもの』であり――

 親に愛されていない子供は『おい』や『あれ』などと呼ばれて、自分だけの名前をもらうことがない。


 魔族と(さげす)まれている彼らは、基本的に親に愛されない。


 まあ、道義的な問題は感じるが……

 自分の腹から自分とも夫とも違う人種が生まれてきたら――

 しかもその人種が街で差別されていたら、愛そうにも愛せないという感情的な問題は発生するんだろう。


 が、それでも親に名前をつけられている者もいる。


 それが愛ゆえなのか、利便性ゆえなのかはわからない。


 ただ、名前をつけられていない者は、名前を持つ者に嫉妬(しっと)する傾向があるのはたしかなようだ。


『真白なる夜』が団員を名前で呼ばず、『手足』とか『頭』とか呼ぶのはそういう『名付け格差』を意識させないようにするためだろう。

 家族みたいな仲良しコミュニティとしては、そういった格差の意識は致命的な(みぞ)になりかねないからな。


 ……明らかな不便には、不便にしておく理由がある。

 シロが最初に言っていたのは、ようするにこういうことだったらしい。



「まあいいや。名前のないやつ、名前を気に入らないやつ、一列に並べ。俺が今日からお前らの名付け親だ」



 潮のにおいがややきつい海辺の倉庫で俺たちが最初に行ったのは、そんな儀式だった。


 三日徹夜したうえで四日目の夜である今日で、眠そうなやつがそこらに散見される。

 しかし名前をつけてやると言われた彼らは目を輝かせ、俺の指示通り一列に並んだ。


 ……ああ、失敗したな。


 名前ってのは、よほど特別なものなんだ。

 俺なんかじゃ想像もつかないぐらい、こいつらは『名前』っつーもんを欲していたし、それをつけられるということに(あこが)れなんか抱いていたんだ。


 軽い気持ちで重責(じゅうせき)を負う。


『思い悩む』ということをなるべくしないようにしている弊害(へいがい)だ。

 こうやって俺は誰かの大事なものを背負うことになるんだろうし、これからもきっと同じことを繰り返すんだろう。


 ……イーリィとカグヤのことが改めて気になる。


 俺は彼女たちを守ろうと思っていた。

 今は離ればなれになってはいるものの、この街の治安なんかを見て、イーリィの性格をかんがみて、体制側に従っている限り安全だろうし、イーリィなら体制に逆らわないだろうと思っていた。


 でも、今、猛烈(もうれつ)に、自分の目で彼女らの無事を確認したい。


 アジトに来た十名の名前を死ぬほど悩んで考えたあと、俺は疲れでだるくなる頭をはたいて(かつ)を入れた。

 これからまだ夜を徹するつもりだったからだ。



「なあみんな、俺は、この街に来るまで、俺と一緒にいた連中を誘いに行こうと思う。誰かついてくるか?」



 四日目の徹夜のお誘いだ。

 さすがにみんな疲れ果てていたのだろう。

 あるいは、俺を裏切ることのない仲間だと信じてくれたのか。



「行ってこいよアレクサンダー。オレらはここで寝て待ってるからさ」



 そんな声に見送られて、久々の単独行動をとることになる。


 あてのない捜索(そうさく)の始まりだ。


 まあ、なんとかなるだろう。

 チートスキル持ち同士は引かれ合う感じするしな。シロと俺とか。

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