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「すごいな、まさかここまでついてくるなんて」
俺が追いつくと、『真白なる夜』の頭は、素でおどろいた感じで言った――が。
これがまたうさんくさいのだ。
わざとおどろいたフリをしてるんじゃねーか、と感じてしまうほどのオーバーリアクション。
……そうだ、目だ。
口もとは常に笑っていて、目はいつでも笑っていない。
動作と表情と発言が全部バラバラだから、言葉に『信』が宿らない。
用水路の最下層と思しきそのジメジメした空洞内部で、俺はそのうさんくさい男と再び向かい合うことになる。
「あの霧の中でよく僕のあとを追えたものだね?」
「まあまあ鍛えてるからな。……そんで、ここまで来た俺に対し、あんたはどうする?」
「そりゃあもう殺すよね。ここがアジトの入口なわけだし? バレちゃったし?」
「だよな」
「君が子供でなければ」
「…………なに?」
「子供を傷つけないのは良識ある大人として当然のことだろう? まあ僕は『真白なる夜』っていう盗賊団で頭をしている者だから、良識はあるかどうかわからないけれどね」
「……俺はあんたと一戦交える覚悟で追ってきたんだけどな。まあ戦わないでいいなら話が早い。仲間に入れてくれよ。そのためにこんなエサみたいに姉さんを連れ回してたんだから」
「姉さん?」
「あんたが肩にかついでるその人だよ。名前がないらしいから『姉さん』としか呼べないんだ」
「あっはっは。なるほど。でも君と話す前に、彼女との再会を喜んでもいいかな?」
「……いいけど逃げるなよ」
「はっはっは」
『真白なる夜』の頭は「よいしょ」と言いながら姉さんを地面におろす。
浅くたまり流れる排水が、ばしゃりと小さな音を立てて姉さんを迎えた。
「頭、その子は味方だ。私の弟だぞ」
「おやおや、君の弟は毎日一人のペースで増えるねえ。今日、君を引き連れてダリウスを襲った二人も、『弟』じゃなかったのかい?」
「あいつらは弟じゃなかった。だって私を騙したんだ。ダリウスを襲うなんて聞いてないぞ……」
「……まあ、先にお戻り。僕も彼とあいさつをしておきたい」
「わかった」
姉さんはバシャバシャと水音を立てながら、水路の奥へ消えていった。
暗闇に彼女の姿が消え、その足音さえ聞こえなくなってから、
「あの子は実の弟を死なせていてね。それから毎日、弟を見つけるために街を徘徊してる」
「……都市伝説みてーなキャラしてたんだな」
「都市伝説? ふぅん。あっはっは」
「なんだその笑いは」
「君は色々な概念をすぐさま言語化してしまうねぇ。僕ら『あいまいなる者』からすると、なかなか厄介だよ。知っているかな? 『名付ける』という行為は、名付けた相手の脅威度を下げるんだよ」
「そうだな。色々なもんに名前をつけることで人は暗闇を消して世界を白日のもとにさらしていく。それが文明ってもんじゃねーの?」
「……君は子供ではないね。姿はまだ幼い少年だけれど」
「肉体年齢は十五歳のはずなんだ。背は伸びねーけどな」
「肉体年齢?」
「人生を生きた年数は、『肉体がある年数』より長い。俺はアレクサンダー。異世界転生者だ」
「なるほど。まあそういう概念もあるでしょう! 実は僕もそうなんだ」
「なに?」
「嘘だけどね」
「おい……」
「いやあ、失礼、失礼。まずは嘘をついてみるクセがあってね。まあそれも嘘かもしれないけれど」
「あんたとの会話は非常に疲れるな」
「イヤになったかい?」
「いいや。そういうのも面白い。いいじゃねーか、クセがあって。まあクセ以外になにもなくって、あんたの本当のところはさっぱり見えてこねーけど」
「逆に考えてみましょう。『本当』なんていうものは果たしてこの世にあるのか、と。君たちが真実だと信じているものが真実であるとどうやって証明します?」
「煙に巻くのは俺には通じねーぞ。俺がよく人を煙に巻くから。……まあ、あんたにとって痛い話題に入りかけたのはすまなかった」
「君はやりにくいな!」
『真白なる夜』の頭は大きな声で笑って、
「やりにくい、というか、君は……」
「……なんだよ?」
「うん、よくわからないな。こんな気持ちは初めてだ! いやあ、はっはっは。ともあれ君、嘘つきだね? 僕と似た気配を感じるよ」
「俺は嘘はつかねーよ。夢を語るだけだ」
「夢と嘘の違いが僕にはわからないね」
「……それはあんたの信念っぽいな」
「そうだね。夢か嘘か、この二つには未来から振り返ってしか区別をつけられない。つまり、叶えた嘘が夢になって、叶わなかった嘘は嘘のままだ」
「なるほどいいこと言うじゃねーの。嘘を本当にするためにがんばることが、『夢を叶える』ってことだもんな」
「そういう意味じゃないよ。……君は前向きすぎて、僕とは話が合わなさそうだな。……なんだろう、むずむずする」
「?」
「まあいいや。それで、僕らの仲間になりたい? なんで? イヤだけど」
「いいじゃねーか。あんたは『平等』を掲げてるんだろ? その夢を叶えるためにどういうことをしていくのか、興味がある」
「それは嘘だよ。未来永劫」
「ちゃんと目指せよ。叶う理念かもしれねーぜ」
「嘘は嘘のままでもいいんだよ」
「こいつは一般論だが、人には可能性があるんだぜ。最初からあきらめんなよ。なにもしないままあきらめるっていうのは、世界に法がなくたって、罪になるぐらいの罪悪だ」
「うーん、話が合わない! ……あっはっは。まあいいでしょう。君を受け入れるか、排斥するか、それは僕が決めることじゃあないんだ」
「なんでだよ。お前が頭だろ」
「僕は頭だよ。『真白なる夜』という肉体の一部でしかない。重要な器官ではあるだろうけれどね」
「……うーん、その組織形態はわからん」
「きっと君は『真白なる夜』という一つの生命から、手ひどく拒絶される」
「……」
「なにせ君は、僕らが打倒を目指すところの『人』だからね。僕らをここまで落としたのは人だ。肉体たちは、当然、人に対し強い恨みや怒りを持っている」
「俺は旅人で、今日この街に来たばっかりの客だぜ」
「それがなにか?」
「まあそうだな。細かい事情なんざ『嫌い』の感情の前には吹き飛ぶ。またこの世界は人種っつーアイコンが俺の前世よりもよほど機能してるように見える。『種族人間』はひとくくりだろうな。等しく差別される。平等に」
「話が早くて助かるよ。僕はね、君のために、君には『真白なる夜』入りをあきらめてほしいと言っているんだよ」
「よし、んじゃあアジトに通してくれよ」
「帰れと言っているつもりだけれど?」
「不遇、いいじゃねーか。軋轢も結構だ。異文化だぜ? なくてどうするよ。差別も侮蔑もどんと来い。俺はそういうのと戦うのが割と得意だぜ」
歯を剥き出しにして笑う。
目の前のそいつは、笑っていなかった。
だから俺は余計に笑ってたずねる。
「どうしたよシロ。口元のニヤつきが消えてるぜ」
「……シロ?」
「名前だよ名前。名乗らないならガンガン勝手に名付けるぜ」
「我らに名前はないよ。我らは全員で一人だからね。手足であり頭である。それ以上じゃない」
「名前がないって、明らかに不便じゃねーか」
「明らかな不便が不便なまま放置されているには、それなりの理由があるんだよ」
「どんなだよ」
「教えなーい」
にこにこして、シロは言った。
仮面みたいな笑顔を剥がせたのはほんの一瞬だけだった。
けどまあ、いい。
そのうち全部剥ぎとって、こいつのすべてを知ってやる。
なんつーか、そうやって隠すから、あばきたくなるんだよな。
チラリズムみたいな?
「ま、そういうわけで俺は『真白なる夜』に入る。よろしくな、シロ」
「穏便に帰ってもらうのは無理そうだね」
「一戦交えるか?」
「いや、いいよ。君には殺しどころが見えない」
「?」
「まあ無理はしないでね。すぐに逃げ帰ってもいいんだよ」
「ハッ、誰が逃げるかよ。俺は人と仲良くなるのが好きなんだぜ。俺を侮蔑する連中とさえ、肩を組んで歌うところまでいってやる」
「うーん、君との会話はなんていうか……アレだね」
「どれだよ」
「……あっはっは。じゃあ、こっちだよ。ようこそ『真白なる夜』へ」
「おう。よろしくな、俺らのアタマ」
俺たちはにこやかに、拳を軽く打ち合わせた。
お互いに浮かべているのは、いまいち信用できない笑顔だった。




