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そういうわけでアジトの場所を教えてもらった俺たちは、ダリウスのおっさん直属の街の防衛軍と一緒に、その『アジトの場所』まで姉さんを連行することになった。
「ちなみに姉さん、俺に教えたアジトの場所はフェイクなんだよな?」
「なに? どういうことだ? 姉さんは仲間の君に嘘などつかないぞ」
俺がこの街に来たのは、いいタイミングだったらしい。
たぶん俺が来なかったら、多めに見積もっても三日以内に『真白なる夜』とかいう盗賊団は壊滅してたと思う。
イーリィがいたら頭を抱えてそうなアホっぷりを発揮する姉さんを引っ立てつつ、俺たちは夜の港街を進んでいた。
二十人の武装した連中が隊列を成して進む姿は、なんというか胸に来るものがある。
格好いいのだ。
そろいの武装をした二十人だぜ。そいつらが二列横隊で足並みそろえて進むんだ。
で、先頭には俺。
『後ろに自分のあとをついてくる軍隊がいる』っていうのは、偉くなったみたいで非常に気分がいい。
「よっしゃあ、いっちょ『真白なる夜』のアジトをぶっつぶそうぜ!」
俺が叫べば兵隊のみなさんは「おー!」と声をあげる。
なにこれ気持ちいい。クセになりそうだ。
しばらく歩いていると、霧が出てきた。
濃い霧だ。
まだ視界は通っちゃいるが、それもじきにふさがるだろう。
「すごいだろう。このあたりは霧がよく出るんだ」
姉さんがなぜか勝ち誇っているのだが、縄で後ろ手に縛られたまま言ってもなんの迫力もなかった。
しかしたしかに視界の悪さはひどいものがある。
霧はどんどん濃くなり、闇夜を白く染めていく。
なるほど、ここは『真白なる夜』。
闇よりなお視界を閉ざす真っ白な霧が立ちこめる中――
ふと、霧の向こうに何者かのステータスが見えた。
「誰だ?」
問いかける。
すると、なんでもなさそうな足取りでこちらに近付いてきていたそいつは、足を止めた。
「おやおや、気付かれてしまったかな。めざといのがいるようだ。いやあ、失敗失敗」
はっはっは、とそいつは笑った。
……なんだろう、この感覚。
ひどく、うさんくさい。
失敗失敗、とそいつは言うのだが、見つかるところまで織り込み済みだったと錯覚してしまうような、余裕みたいなものが感じられた。
……余裕というか、あれは純度の高い『うさんくささ』そのものか?
言葉が薄い。
声音なのか、語調なのか、理由はわからないが、とにかく言うことが嘘みたいに思える。
うさんくさい若い男の声は続ける。
「どうだろう、ずいぶん仰々しい様子だけれど、今夜は海風もない夜だ。こんな日ぐらい帰ってゆったり家族と過ごしたいとは思いませんか? 奥さんとお子さんがあなたたちを家で待っていると思いますよ。僕なら家族と過ごしたいけどなあ。まあ、僕には妻も子もいないんだけれどね」
そいつは歩みを再開した。
急ぐでもない。慎重でもない。
ただ、普通に――『敵対組織の集団への接近』と考えれば、異常なほど普通に近付いてくる。
俺は背後を見た。
兵士たちは相手の口調があまりに穏やかなもので気を削がれているらしく、誰も臨戦体勢に入っていないようだった。
そいつが霧の中から姿を現すその瞬間、俺たちはまったくの無防備だった。
「こんばんはみなさん。『真白なる夜』の頭です」
あまりになごやかなあいさつだった。
そいつは大きく頭を下げて、俺たちを見てニコッと笑って見せた。
種族は魔族。
当然のように顔はいい。
朗らかで親しみやすさを感じさせる顔立ち。
でもどこかうさんくさいのは、口元に貼り付いた笑みのせいか。
腰あたりまで伸ばし、束ねた真っ白い髪を動きに合わせて揺らしながら、赤と青のオッドアイでこちらをじっと見ている。
着ているものは街でよく見る和風僧服を思わせるものだ。
短い袈裟を着て袴をはいている、という感じだろうか。
ただ、その袈裟の中には、革製と思しき鎧が見えた。
「手足を返してもらいに来たのだけれど、これはまた仰々しい行軍で。いやあ、まいった、まいった。これじゃあ正面に立った僕が馬鹿みたいですねえ」
男はにこやかな表情を浮かべていた。
すげえな、あれ。
『真白なる夜』っていうのは行政側が目下敵対中の盗賊団の名前だ。
その頭が目の前にいる。
そして俺の後ろにいるのは、行政側の兵隊さんで、たぶん俺の監視もふくめて任された二十人の武装した男たちだ。
だというのに、誰も動けない。
気勢を削がれている。
ヘラヘラした笑顔と柔らかな物腰、雑談でもするような調子。
俺の閲覧できる『スキル』とはまた違った、明文化できない細かい技術で、あの男は俺たちが戦闘態勢に移行するのを止めていた。
俺は言う。
「あんたに会いたかった」
男はどこか遠く、空の方向を見ている。
「ああ、空の輝きさえ、霧に隠れてしまった」
「おいってば。あんたと話をしたかったんだ」
「まいったな。これじゃあ帰り道に難儀する」
「おい、会話しろ」
「ああ、すみません、それで、なんでしたっけ?」
「だから、あんたに――」
はぁ、と。
ため息をつく時に、ほんのわずかに、気持ちを緩めたかもしれない。
まばたきぐらいは、したかもしれない。
けれど意識できるほど視線を外してはいないはずなのに――
――男の姿は俺の視界から消え失せていた。
「……!? っ、お、おおおおおおお!?」
ゾクリと首筋が泡立った。
とっさに背中の『折れた剣』を抜いて、背後に向けて薙ぐ。
すると直感が示した通り、そこにはいつの間にか『真白なる夜』の頭がいた。
そいつは俺の剣が鼻先をかすめるのをにっこり笑って見送ったあと、また霧の中に溶けるようにして消えた。
「なんだ今の!? なにした!?」
どこにいるかわからないので、大声で叫ぶ。
すると、答えは最初に男が立っていた位置からあった。
「すごいでしょう?」
「すげーな本当に! え、転移、じゃないよな? そんなスキルは見当たらない。あんたは会話による意識誘導から霧に紛れるだけで、まっすぐにあんたを見てる俺の視界から消えて見せたのか?」
「おや、意識誘導なんていう概念をよく言語化できましたね? まいったな、定義化されると注意されちゃって同じ手が使えなくなる。うーん、どうしようかなあ。殺しておくか」
「……」
「なーんちゃって。冗談ですよ、冗談。僕はそういう物騒なことは嫌いでしてね。だいたい、」
男は言葉を途中で切って、また消えた。
しばらくポカンと見送ってしまう。
……なんだあれ。どうして俺が会話モードに思考を切り替えた瞬間に行動を起こせる? どういう鋭さだ。
目視で探せば、相変わらず濃い霧のせいで男の姿は見えない。
が、遠ざかっていくやつのステータスが霧の向こうに見える。
逃げる気だ。
「おい待て! ……っていうか、姉さんはいつ奪われたんだ」
俺が引っ立てていた姉さんの姿が、いつのまにかない。
あの男と一緒に去って行くらしいことが、遠ざかるステータスのお陰でわかった。
「待てよ! ああもう、俺は追うからな!」
引き連れてきた兵隊たちにそう言い捨てて、俺は『真白なる夜』の頭を追うことにした。




