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一等住民になった。
この街を作った英雄に会いたいと言った。
今、英雄の住む場所に案内されてる。
マジかよ『英雄』、フットワーク軽いな。
あくまでも前世の経験からのイメージだが、ある程度の規模の組織の長っていうのはフットワークが重いものだと思っていた。
これは実際日常に処理すべきタスクが多いという問題の他に、イメージメイキングの問題がある。
ようするに『偉い人』というのは『簡単に会えない人』なのだ。
人はどうしたって『簡単に会える人』に特別さを感じない。
会うための手間が増えれば増えるほど会いたい相手が偉いように思えてくるものなのだ。
また、会うために尽くした努力はそのまま会いたい相手の特別感につながる。
『これだけ私ががんばらないと会えない人なのだから、特別に違いない』と人は思いたがるものなのである。楽しくもないのに無駄な努力するの嫌いだからね、人間。
でも会ってくれるってさ。
このフットワークの軽さから、俺は『自信』を感じた。
普通の権力者は着る物や住む場所を豪華にして、あるいは自分と接近する者のタスクを増やして、自分の偉さを感覚的にかさましするもんだが、そういうものをこの街の権力者は必要としていないらしい。
通された『英雄が住む場所』は多少小高い位置にあるものの、他の建物とそう変わりない石造りの二階建てだし、入口は広く普通に開かれていた。
案内役も『秘書』とか『護衛役』とかじゃなくて『そのへんの兄ちゃん』って感じだし、彼が着ているものも、この街の住民がよく着ている、どことなく和服、あるいは和風僧服を感じさせる袈裟ふう衣装と袴ふうズボンだけだった。
家に入れば中は質素そのもの。
一階にはテーブルの他に家具らしきものはなく、煮炊きなども家の中でやっているのではなく、そばにあった洗い場で他の住民と一緒にやっているのだろうと思われた。
二階へ、と案内役の兄ちゃんに言われた。
どうやら俺はたった一人で二階に上がっていいらしい。
石でできた階段を踏んで行く。
わずかにらせん状になっているそこをのぼりきれば、四角い石の部屋に出る。
ただし一階とはうって変わって、二階は物があふれていた。
豪華な調度品とか華美な絵画とかそういうんじゃない。
そう、なんていうか……片付けの下手な一人暮らしのオッサンの部屋だここ!
床いっぱいに散らばった服や武器やなにかの書類。
ゴミなのかなんなのかわからん物が大量にあって、それら雑多な物たちを無理矢理部屋の左右にどけて、奥にある文机までの道を確保しているという感じ。
で、文机についているのが、目的の『英雄』らしかった。
種族は人間。
もともとがっしりした大作りの体に、鍛錬によって鋼の筋肉をつけているタイプだ。
肩幅も半端じゃなければ、首と肩のあいだの筋肉の盛り上がりもハリウッドスターかよって感じ。
髪型はオールバック。鼻の下にはチョビヒゲ、目は細い。
目もとのシワなんかは結構な年齢を感じさせるのだが、髪もヒゲも真っ黒でツヤツヤしている。
そいつはこの街でよく着られている和風僧服っていう感じの衣装で、どうやら書き物をしているようだった。
拳も体もデカイせいで文机がやたら窮屈そうに見えるその人物が持つと、ペンもやっぱり小さく見える。
というかあれ、筆と和紙だ。
海が近いお陰でそこに流れ込む川も近いのだろう。ここにいたるまでに森はなかったが、俺たちには見えない位置にあったりするのだろう。繊維はそこから確保しているのだろうか。
「少し待ってくれ」
おっさんは視線を向けもせずに俺にそう言うと、しばし悩むようにうなって、
「なあ君、考えを聞かせてほしいのだが」
「どんな?」
「今、とある問題に直面している。街を騒がせている組織の一つに、盗賊団がいてね。彼らは物を盗み、人にケガをさせる」
「へぇ。『組織の一つ』ね」
「ところが我が街には、彼らを裁く決まりがないのだ。いや、盗みへの罰はある。治安維持組織のメンバーにケガさせたことに対する罰もある。しかしそれは個人に課す罰であり、組織に課す罰ではなく、相手は盗賊『団』なのだ」
「……」
「私としては、彼ら全体を罰したいのだが、彼らの中には直接的に盗みやその他加害行為を働いていない者もいるのだ。そういった者も『組織に属している』という理由で、他の、より凶悪な行為を働いた者同様に罰を与えてしまっていいのかと、そういう悩みを今、抱いている」
「なるほど。組織犯罪対策のための刑罰を整備してるってわけか。まあたしかに直接的な犯罪行為に手を染めた連中と、組織に属してるだけの連中を同様に罰するのはちょっと乱暴な気はするな。じゃあこういうのはどうだ? 話をしよう。『執行猶予』という概念についてだ。ざっくり言えば同じ罰を科しても事情をかんがみてある程度の手心を加える。まずは罰する。そんであとから減刑なりなんなりを判断する。そういうやり方もあるとは思う」
「ふむ。『執行猶予』か。罰の数を増やすよりも人らしい判断ができそうだな。検討してみよう。君、名前と職業は? ここにいるということは一等住民なのだろう?」
「アレクサンダー。ついさっき一等住民になった。職業は『冒険者』だな。世界を旅して、ダンジョンもぐったりしてる最中だよ。この街にはさっき仲間と一緒に来た」
「街にいるあいだは私の側近として働きなさい」
「条件は呑んでもいいが、代わりに海をじっくり見たい」
「決まりだ。行こう」
おっさんは立ち上がった。
こうして俺たちは海を見に行くことになった。
◆
「ところでおっさん、名前は?」
「ダリウスだよ。そういえば名乗っていなかったね」
波止場だった。
ここらへんは二等区画らしく、一等区画から関所を一度抜けて訪れることができる。
『街の英雄』たるおっさんが一緒なので俺らは顔パスだったが、二等から一等に入ろうとしてる連中とすれ違った時に、やたら厳重なチェックを受けているのが見えた。
そして、簡単に通り抜けできないことを、やたら不満そうにしてる様子も、見えた。
世界はすでに夕刻にさしかかっていて、目の前には真っ赤に輝く海原がある。
多数のガレー船がならび人々の声がそこここから聞こえるこの場所は、今までに感じることのなかったたぐいの『文明感』みたいなものを感じた。
そうだ、ここの街は人々が『業務』でつながっている。
今まで見てきた村は親族経営みたいな感じっつーのかな。絆とかそういうあやふやなモンでつながってた。
ところがここにいる連中にはみんな『仕事』がある。
果たすべき責務を誰しもが負っているのだ。
そしてあいまいではない上下関係があり、『年齢が上だから立場が上』というわけでもなく、普通に若いのがおっさんに怒鳴り声で命令を飛ばしていたりもする。
「どうかね、海は」
横で俺と同じ方向を見てるおっさんは感覚的に俺の倍ぐらいでかく感じた。
分厚く屈強な肉のカタマリなのだ。
服装がどことなく和風なのもあって武蔵坊弁慶って感じ。……和よりアラブ寄りなのかもしれねーが。
どう考えても武闘派の気配をまとっているくせに雰囲気は静かで落ち着いていて、ちょっとだけイーリィのオヤジを思い出した。
「海! 遊泳できそうな感じじゃねーがいいな。広いのが素晴らしい。ここに並んでる船は沖合まで出て魚を獲るだけのものか?」
「そうだね」
「海の向こうにあるどこかの土地と商売なんかはしてない?」
「そのような土地は発見できていないねぇ。探索に出させたこともあるのだが、あるのは人のいない小島ぐらいのものだったよ。私の祖父の代にあった与太話によれば、この海の向こうには崖があって、そこから滝のように海水がこぼれ落ちるだけなのだとか」
「大陸平面説だな。……いや、あながち『説』じゃなくて実体験なのかもしれねーな。たしかにこの世界には『果て』があるのかもしれない」
「ふむ。もっと遠くまで安定的に航行できる船や、長期間の保存に耐えうる食糧や飲み水などがあれば、君の言う『果て』を目指す航海もできるのかもしれないね」
「いいなあそれ。考えておいてくれよ」
「君がやるかね?」
「いや、俺はプロジェクトリーダーとかは向いてねーんだよ。現実的な管理運営がどうしてもできない。性格上の問題なんだが、性格上の問題ってのは意外とどうにもならない。心のカタチの問題だからな」
「しかし人は変わるものだよ。私もこうして街の長をしてはいるが、もともとそういう性分ではなかった。今も、そういう性分ではないのかもしれない。ただ他にふさわしい者がいないから、こうしているだけなのだよ」
「それでも立派にやれてるみたいじゃねーか。ってことはおっさんの心にはこういうカタチもあったってことさ」
「……ふむ。そう言われると自信が出てくるな」
「だろ?」
「君は不思議な子だよ、アレクサンダーくん。話していると、なんでもできそうな気がしてくる。声の調子か、あるいは君が『可能性』というものを心の底から信じているから前向きな気持ちになれるのか。……この街にはあまりいないタイプだね」
「そうなのか? でも、これだけでけー街だ。色んなヤツがいて、色んな個性があるだろう」
「……それもそうだね。まあ、たとえば――歓迎いたしかねる信条の持ち主もいる。このように」
そう言いながらダリスウのおっさんは腰に差していた剣を抜いた。
それは『片刃の直剣』というこの世界では今まで見たことのない武器で、長さは肩から手首ぐらいまでの、とにかく分厚いのが特徴的なものだった。
なんでいきなり剣を抜いたんだろう?
俺が疑問に思っていると、すぐに波止場を行き交う人々の中から『答え』が現れた。
そいつらは、そろいのフード付きローブをまとった三人の集団だ。
手に手に短剣を持ったその連中は波止場の雑踏から跳んで抜けると、その勢いのままおっさんめがけて突っこみ、
「圧制者め! 覚悟しろ!」
などと叫んで手にした武器でおっさんに襲いかかった。
決着は一瞬でついた。
おっさんは分厚い剣で、躍りかかってきた連中をたたき伏せる。
一人、二人と瞬きのまに襲撃者が撃退された。
三人目が撃退される前に、俺がおっさんの剣を受け止めた。
「ぬおお!? 重ッ!」
折れた剣で受け止めるにはあまりにも重い。
体をのけぞらせながら、背後にかばった襲撃者に倒れこまないよう踏ん張る。
「……アレクサンダーくん、どういうつもりかね?」
「おいおっさん、話を聞くみたいな感じ出しながら剣ごと俺を圧し斬ろうとするのやめてもらっていいかな!?」
「しかし、君の行為は今のところ『敵対』だからねえ」
「俺はおっさんの味方……かどうかはまだ決めかねてるが、そのためにも、こいつらなんなのか教えてくれよ!」
「盗賊団だよ。ちまたを騒がせる、私の敵の一つさ。……街を守るために斬らねばならないのだよ。やれやれ、私は魔物の相手ばかりしていて、人の相手は不慣れなのだがね」
「俺にあずけてほしい!」
「理由は」
「話を聞いてみたい!」
「ふむ。アジトでも吐かせてくれるかね?」
「それはわかんねーが、俺は連中に興味が湧いた! なんせ、連中、見たことねーからな!」
この街には人間がいて、エルフがいて、ドワーフがいて、獣人がいた。
今までの旅でもそういう連中は見てきたが――
今、おっさんを襲ったやつらは、そのどれとも違う。
それどころか、俺の前世での知識にさえ存在しない、真っ白な肌、真っ白な髪、左右で色の違う瞳をした、人種だった。




