3-7
行く先々で村を滅ぼしてる気がしてきた。
「ダヴィッド! 我らを裏切るのか!」
「うるせェ! いいからある素材全部よこしやがれ! アタシが有効に使ってやらぁ!」
ダヴィッドの発言が完全に賊のそれだった。
板につきすぎている。あいつ実は本職山賊なんじゃねーの?
村の征圧自体は、これがあっけにとられるほどすぐに終わった。
昼に始めて夕方には終わった感じ。
なにせ質も数もこちらが上なのだ。
ゴーレム。
征圧を決意した時点で俺たちが始めたのは、ぶっ壊したゴーレムの修理だった。
そうして数をそろえた俺たちは村を端っこから包囲し、その輪を狭めることで村人たちをダヴィッド宅前の広い場所に集め、全員を拘束することに成功したのだった。
「アレクサンダー、人がいっぱいおるぞ。人、すごい、たくさんじゃ」
カグヤがすげー当たり前のことを感動したみたいに言っているのでかわいくて俺は思わずにっこりと笑った。
そりゃあいっぱいいるだろう。
村の全員集めて座らせて後ろ手に縛ってるんだから。
人を縛るのって結構大変なんで、剣とゴーレムで脅しつつ村人同士で縛らせて最後の一人だけ俺が縛った。
フラッシュアイデアだったけどなかなかいい方法だ。征圧の手際が一つよくなったので次から活かせそう。
「ケガされた方、いらっしゃいますかー? いらっしゃったら申告してくださいねー」
イーリィが慈母のような笑顔を浮かべてケガ人を探している。
優しさあふれる行動だ。でも征圧者側のメンバーなので縛られたドワーフのみなさんが『ケガ人がいたらどうするつもりなんだ……?』と怯えていらっしゃる。
というかこの状況で笑顔を浮かべてうろうろするなよ。
たぶん俺たちの中であいつが一番恐い。
「というかイーリィ、お前、征圧行為に反対しないのね」
「え? なにか反対する理由あります?」
「略奪はいけません、とか言われるかなって」
「この村のためじゃないですか。ドラゴンとかいうのを倒す目的でやってるんですよね?」
目的が善ならば行為が悪でもいいらしい。
「というか兄さんについて来た時点で、荒っぽい展開に荷担することは覚悟してます。兄さんと一緒に旅立ったのは私の意思ですしね。基本的に反対しませんよ」
「小言は言うけど」
「それは兄さんがあんまりにもテキトーだったり、自分で言ったことをすぐにひるがえしたりするから。だいたい、兄さんはうるさがりますけどね、私だって」
「わかったわかった」
話を打ち切ってダヴィッドの隣に並ぶ。
彼女は手にしたでっかいハンマーをズシンと地面に置いて、
「……で、こっからどうすりゃいいんだ、アレクサンダー」
「あー、口上だな。村人が怯えた顔でこっちを見てるだろ? 連中に、連中はなぜ略奪を受けなければならなかったのか? こちらはどのような目的で略奪行為を働いたのか、そのへんを言い含めるんだ」
「なるほど。さすが経験者は違うな」
「お前も覚えろよ。そのうち役立つぜ」
略奪者トークがなごやかに弾んでいる。
俺の倫理観は前世に置き忘れたようだった。
「で、ダヴィッド、本当は俺がペラペラろくでもないことをしゃべるターンなんだが、今回はゆずる。……言いたいことあるだろ、村の連中に。言えよ。なかなかないぜ、こんな機会」
ぽん、と低い位置にある彼女の肩を叩いた。
ダヴィッドは悩むように真っ赤な空を見上げ、うなずき、いっぱいに息を吸い込んで、
「テメェらはクソだ!」
ハートマン軍曹みたいなこと言いだした。
「オヤジが死ぬ以前から思ってたことだが、テメェらは本当にクソだ。わけがわかんねェんだよ。なんでテメェらは、『火を噴く生き物』に襲われる前提で生活してんだ? あの空飛ぶドデケェクソを倒して平和を得ようとは思わねェのか?」
彼女の意見はどうやら『意外なこと』だったらしい。
そんなこと考えたこともなかった、みたいなざわめきが広がっている。
けれど、
「トボけんなよ。テメェらは『そんなこと考えたこともなかった』んじゃねェ。昔は倒そうと思ってたけど、途中であきらめただけだろうが! それを『言われるまで気付きませんでした』みてェなツラしやがって。ジジイにババア、テメェら年寄りに言ってんだよ。この村の欺瞞を築いたテメェらにな」
誰がジジイで誰がババアなんだ……
男はひげ面オッサン顔でわからないのも納得なんだが、女もだいたい低身長巨乳で童顔だからよくわからない。
「クソ情けねェテメェらの代わりに、アタシが『火を噴く生き物』を殺してやる。テメェらが畏れて名付けようともしなかったあの脅威の名前は『ドラゴン』だ! 火を噴き、空を飛び、デケェ! ただそれだけのモンスターなんだよ!」
本当にできるのか、としわがれた声で誰かが言った。
ダヴィッドはチッと舌打ちをして答える。
「知るかよクソが。そもそも、できねェことに挑戦して、できることを増やしていくのが、この村をここまで発展させた要因だろうが。できるかできないかなんてクソつまんねェこと言うんじゃねェ。やるんだよ! 協力も理解もいらねェ。アタシがやりたい。だからやる。テメェらは大人しく、そのための材料をよこせ。イヤなら力尽くでぶんどる。そんだけだ。……だがな」
ダヴィッドはそこでニヤッと笑って、
「すげェの作るぜ」
拳を握りしめて言った。
「空を飛ぶ、デケェ、火を噴くあいつを倒すんだ。そりゃあもう、スゲェ作品を作る。見たこともねェほど巨大な作品だ。技術の粋を尽くして、それでも足りないから新しいモンを生み出さなきゃとうていできねェモンだ。……創作意欲がわかねェか? アタシらはあの空飛ぶ脅威に対抗するために、真っ先に『壁作り』なんざ始めた一族だろう? 物作りが大好きなはずだ。逃げるのが嫌いなはずだ。……断言するぜ。ドラゴンと戦うために作る兵器は、間違いなく、この村で一番の傑作になる」
ドワーフたちは静かになった。
戸惑いとか恐怖じゃない。あの沈黙は興味だ。
「この大創作に一枚噛みたいヤツは手伝え。それ以外は黙って見てろ。世紀の傑作が! 村を悩ませてたあいつをぶっ殺すのを! 指をくわえて見てりゃいい! ……ドラゴンに奪われ続けるうちに、奪われることに慣れたクソはいらねェ。そういう連中からはアタシが全部奪ってやるから、ありがたく差し出せ。創造する気概のあるヤツはアタシについていこい。未知なる挑戦だ。きっと楽しい」
しばらく、広場には静寂が満ちていた。
夕暮れが夜に移り変わるのは早い。
真っ赤に大地を照らしていた陽光は陰り、あたりは次第に暗くなっていく。
薄い茜色が空の向こうに消える直前、動きがあった。
「オイラは手伝うぜ!」
それは俺たちを案内した悪ガキだった。
山賊行為を働いていたあの連中が立ち上がり、次に、たぶん、悪ガキどもよりも少しだけ年上の、若者層が立ち上がった。
大人が立ち上がる。
座り続けていた老人は自分たちに向けられる視線を受けて、存外余裕ありそうにため息をついてから、
「わかってンのか、ダヴィッド。『火を噴く生き物』を殺すってェのは、今まで通りの暮らしができなくなるってことだぜ、あいつの噴く火が手に入らなくなって、今までみてェな鋼を打てなくなるってことなンだぜ」
「耄碌したか、クソジジイ」
「あン?」
「アタシらは必要なモンを知恵を絞って生み出してきた一族じゃねェかよ。――炎がねェなら、それさえ作ればいい。人の技術はな、空一面を照らすとんでもねェ炎さえ、自分で作っちまうところまで進むんだぜ。その可能性を、アタシはあいつから聞いた」
「……」
「アタシらが満足してた今の技術は、まだまだお話にもならねェほどチンケなもんだったんだよ。……ここらで進もうぜ。作るんだよ、未来を。今までアタシらの生活を支配してた、あのクソトカゲをぶっ殺してな!」
頑迷だった老人は、もう一度だけため息をついて、立ち上がる。
こうしてドワーフの協力を平和裏に得られたようで安心した。
ちなみにダヴィッドが言ってた『空一面を照らすとんでもねェ炎』ってのは太陽のことで、太陽を人力で再現するっていうのはまあそのなんだ、そのヤバさについて説明すると長くなるので、俺は黙って村人たちを見守った。




