3-8
夜の空が赤々と燃えている。
職人たちの村は活気を取り戻した。
村を守る壁が分解されて鋳つぶされ、その素材が村真ん中あたりの広場に次々と積み上げられている。
あたりには熱気と煙とそれから炎があがっていて、トンテンカンテンという音と怒号が絶え間なく響き続け、そこに陽気な歌と酒のにおいまで混じってかなりの混沌だった。
ダヴィッドは年寄り衆と会話をしていた。
「おいクソジジイ、完成図はこうする予定なんだが」
「バカかテメェ! こんなデザインで歩行できるか! 重心を下げろ! あと負荷のかかるポイントをしっかり押さえやがれ。ただボーッと突っ立ってる時と、動いた時で力のかかる部分が違うンだよ! つーかなんでこんな不安定なモンにしたがる!」
「だあー! わかってんだよ、んなこたぁ! ただアタシはこのデザインでなおかつ歩行ができて衝撃に強いようにするやり方を教えろっつってんだ!」
「無茶言うじゃねェか! おう、そこらの連中、頭貸せ! ダヴィッドの馬鹿娘がこの膝からぶっ壊れそうな二足歩行のデカブツをどうにかして動かしてェンだとさ! しかも殴り合いができるようにしろってェご注文だ! まったく無茶がすぎて楽しくなってきやがる!」
あとは専門用語が飛び交って全然なに言ってるかわからん。
俺は参加できない。
二足歩行巨大兵器は俺の発案みてーなところあるんだけど、俺の知ってるそれらは物理的に完成していたとは言いがたい。
アニメの力とその世界に満ちる描写されない謎技術、あと超能力に属する力で動いているのだった。
ああ、超能力に属する力はこの世界にもあるな。
魔力。
想像を具現化する力だ。
イメージの強さがそのまま魔法の強さに直結する。
おそらくこの世界でも有数の(というか唯一の)魔術師であるサロモンはさっき一回帰ってきたが、村がうるせーって言ってまたどこかに消えた。
あいつお祭りの空気とか苦手そうだもんな。
ただ巨大ロボの話をしたら「良き闘争ができそうだ」と笑っていた。
なので、ドラゴンを倒したあと我らが巨大ゴーレム一号の前に裏ボスとしてサロモンが立ちはだかるかもしれない。わりとマジでありえる展開だ。
「アレクサンダー、アレクサンダー、人がいっぱいおるぞ。人じゃ」
カグヤがさっきから『人がいっぱいBOT』みたいになってる。
俺の服をぐいぐい引っぱって人の多さをうったえてくるんだが、たぶん言いたいことは『人が多い』だけじゃない。語彙が足りなくて表現しきれないのだろう。
銀色の三角耳のあいだに手をおいて、村の活気をぼんやりながめながら言った。
「楽しいか?」
「……わからぬ。わらわは、ムズムズするのじゃ。ムズムズするので、ピョンピョンしておる」
カグヤは跳ねていた。
なんだその動作。抱きしめたい。抱きしめた。
「アレクサンダー、なんじゃ」
「いや、つい。……まあなんだ、たぶんそれは楽しいんだろう。あと、人がいっぱいいて興奮してるんだと思う。こういう空気は初めてだろ?」
「うむ。人はあんまり見なかったのう。『あなぐら』の上から、一人か二人、こっちをのぞいておっただけじゃ。アレクサンダーとイーリィとサロモンとダヴィッドと、あとたくさん。こういうのは、初めてじゃな」
「好きに見て回ってこいよ」
「……みだりに、知らぬ者に、言葉をかけて、よいのか?」
「……」
えーっと……
ああ、話すと不幸になるって呪いがあるとかいう設定があったな……
まあそれは事実、呪いなのだろう。
もっとも、カグヤが人にかける呪いじゃなくて、カグヤが人と話せなくなるタイプの呪いだ。
呪術とはまた違う、偏向的な教育による強迫観念だな。
「お前と旅して、俺は不幸そうか?」
「……まだわからんぞ」
「いやもうわかれよ。つーか『ゆくゆく不幸になる』だなんて、それはもうカグヤとは関係ねーよ。人は持ってる情報だけでストーリーをでっちあげる生き物だからな。ふと不幸な時に『そういえばあの娘と会話すると不幸になるという話があったな』って思い出せばお前のせいで不幸になったように感じるけど、実際は因果関係ねーと思うぞ」
「…………」
「……よし、こうしよう。お前の呪いは、全部俺が引き受けた」
「……そんなことができるのかえ?」
「俺はアレクサンダーだぜ」
俺がアレクサンダーだからなんなんだという話だが、一定の説得力はあったようだ。
カグヤは首をこてんとかしげて考えこんだ。
「……そういえば、アレクサンダーは、すごく、死んでおるな」
「まあ死んではいねーんだが、致命傷を受けた回数は数限りない。普通なら死んでた。死ぬのは不幸だ。しかし俺は死なない。わかるか? お前の言葉で俺が不幸になるとしても、俺はその不幸すべてに勝てる」
「……」
「だからお前の言葉をくれよ。俺に話しかけるように、誰にでも話しかけていい。心細いならついて行くぜ。俺がいる。なんの心配もいらない」
「……」
カグヤは俺の服の裾を離さなかった。
でも、どこかへ向かうように、歩き始めた。
「……わらわと一緒に歩いてほしいのじゃ」
「いいぜ。行こう。俺たちは世界の果てまで一緒だ。……たとえこの旅が果てにいたらなかったとしても、俺とお前のどちらかが立ち止まるまで、俺たちはずっと一緒だぜ」
「……アレクサンダーが止まるなら、わらわも止まる」
「いいんだよ、俺に合わせなくて」
「……そうしたいのじゃ」
「……」
ワシャワシャと頭を撫でた。
あんまり乱暴に撫でるとイーリィが飛んできて俺からカグヤをさらい髪の毛を整えるのだが、現在、イーリィはそばにいなかった。
力仕事でケガをした連中の治療にあたっている。
つまり今、俺がカグヤを独占できるのだ。
「せっかくだから手でもつなぐか」
服の裾をつかんでいた彼女の手をとる。
小さな手だ、と言いたいが、俺の手も大きくはないので、俺たちが手を握るとまんま幼い兄と妹って感じだ。
俺の背は伸びないのに、イーリィだけが大人になっていく。
あの胸とか俺の伸び幅を略奪してる気がするんだよな……
そんなことを考えて歩いていたら、ふと既視感を覚えた。
ドワーフの村。
夜。
そこらで燃え上がる炎が煌々と夜空を照らし、吹き上がる火の粉が空へ消えていく。ざわめき。雑談。人の声は一つの波みたいになって、その内容は判然としない。
ああ――思い出した。
この空気は前の世界。
どこぞの神社で開催された、夏祭りに似ている気がした。
◆
「……なるほど。力業もはなはだしいが、アレクサンダーの言う通りにすりゃァたいていの問題は解決できそうだ」
手詰まりだったようなので助言を与えてみた。
話をした。
不思議な波動によりバリアを張る研究所のこと。超能力を増幅する軽く丈夫な超金属のこと。そして最後にこうささやいた。「この世界にだって、不思議パワーはあるんだぜ」と。
魔力。
そいつはいくらかの検証の末に『イメージを具現化するための力』だという推測をしている。
サロモンには炎や風といった攻撃魔法のアイデアを与えたが、魔力ってーのはそういう攻撃呪文だけが存在価値じゃない。
バフもデバフもあるんだよ。
「で、ダヴィッドよ、この胸の空洞にだな、こうやって……トドメにな、叫びながら……」
「……オイオイ、いけるのかこれ?」
「しかしロマンだぜ。マジでこいつはすげーロマンだよ」
「……クソが。そう言われちゃあいくしかねェじゃねェか。上等だ。どうせ不可能に挑むつもりなんだ。不可能の一つや二つ上乗せしてやらあ」
ノリと勢いで決まって、ドワーフたちは作業に戻る。
作業に戻るなり「なに言ってンだテメェ!? 組み込めるわけねェだろうが!」とダヴィットが他のドワーフに怒られていた。
あ、会話してる。ドワーフ押し切られた。完成するロボットは俺の言った機構が加わるってよ。わぁい。
ロマンを解する職人ほど好ましい存在もそうはない。
俺たちは夢を現実にしようとしていた。
21世紀の科学技術ではなしえなかったものだ。
多くのアニメファンが憧れ実現に乗りだし、しかし『大型』『人型』『宇宙での活動も可能』という壁に阻まれとうとう実現できなかった存在が、今、異世界の魔力というトンデモエネルギーに錬金術というチートスキル、加えることドワーフという一流職人の群れによって成し遂げられようとしている。
さらに何日かが経過して、村中を挙げた力作の完成がいよいよ間近だった。
視覚的に完成状況がいまいちわからないのは、その完成品が村を覆うドーム状の壁に擬態しているからだ。
マスターアップが近付けば近付くほど村はもとの姿に戻っていく。
お陰で俺もこの村を覆う壁が変形するシーンが楽しみでしょうがない。
そしてそのシーンは、あと数日中にはお目見えするはずだった。
だというのに、
「ドラゴンが来たぞ!」
物見役のドワーフは残酷な運命を告げる。
ドワーフたちは当然のように緊張し、あるいは絶望し、もしくは狂乱した。
熱に浮かされていた彼らの中には現実に戻ってしまった者もいて、『こんなことしていた時間を壁の強化につぎこむべきだったんじゃないか』とかいう現実的な意見も聞こえ始めた。
「完成まで、あと、どのぐらいだ?」
俺は聞いた。
「……ドラゴンにビビって何人か使い物にならねェが、夕刻までには仕上げてやらぁ」
ダヴィッドは答えた。
俺は空を見上げる。
まだまだ日は高く、昼さえ過ぎていない。
真っ青な明るい空を見て目を細める。
「夕刻だな。わかった」
何本かの剣をかっさらって、ドラゴンが来たという方向へ向けて歩き始めた。
まあ、そういうことだった。




