縛耳
突然怒号が飛んだ。
声の聞こえた方向に驚いて振り返ると、
一人の男が立っていた。
私を睨みつけ、顔は怒りで歪んでいる。
「”縛耳“に家畜にでもされたか?
薄汚い奴隷以下め!!!」
その言葉が何を意味するかは分からなかったが、
明らかに侮辱を意味する言葉だということはすぐに理解した。
「はあ?あんたなんやねん!どういう意味やそれ!」
「とぼけんじゃねえ!」「縛耳の犬が!」
周りで見ていた他の何人かも声を荒げる。
なんなんこれ。どういうことや......。
それ以外の住民たちは、目を逸らしたままだった。
誰も口を開かない。
関わりたくない--そんな空気が露骨に漂う。
「お前、顔が違うな!縛耳の血でも混ざってんのか?」
「こいつは縛耳の混血だ!」「俺たちの敵だ!」
胸の奥がざわついた。
その時、エリセルが私の手を掴んだ。
「相手にしないで。行きましょう。」
城門に立っていた騎士の何人かが、私たちの脇に歩み寄った。
鋭い視線で、男たちを牽制する。
「エリセル、早いとこ行け。」
「すみません...。お願いします。」
騎士たちの目は鋭かった。
だが男たちに対しては、何も言い返さなかった。
エリセル...。
彼の表情はとても暗かった。
ついさっきまで、嬉しそうに話していたのに。
「すみません。大丈夫ですか?私たちは慣れていますが。」
エリセルは真っ先に私の心配をした。
......慣れとるわけないやろ。
せやったらなんで、そんな悲しそうな顔してんねん。
「大丈夫や。あんなやつ相手してないよ。」
私たちは城門内へと歩を進めた。
縛耳という言葉が頭から離れない--。
なぜあれほどまでに、憎しみを向けられるのか。
ただ、私は何も聞かなかった。
この子は自分よりも、私を心配してくれた。
それだけで、充分に知れた気がした。
分厚い城門のトンネルを越えると、
また別の空気が広がっていた。
両脇には石造りの建物が並ぶ。
白や灰色の壁は厚く、窓には格子がはめられ、
二階、三階と重なる。
扉は厚く、鉄の留め具が打ち込まれている。
家々の前には水桶や木箱が置かれ、
洗いざらしの布や衣が干されていた。
壁面には簡素な紋様や刻み跡が残る。
持ち主や家紋を示しているのだろう。
子どもたちが通りを走り抜け、
女たちは戸口で立ち話をし、男たちは行き交う。
王都の入り口が商いの場だとすると、
ここは暮らす場所なのだろう。
この国は、異獣の危機に面している。
だが王都だけは、城壁に守られているという安心が、
街の空気そのものになっている。
昨日、遠くにうっすらと見えていた城は、
近づくほどにその輪郭をはっきりさせた。
王都の正面に、どっしりと構えている。
先ほどまでの城門とは違う。
あれは“守る門”だったが、これは“見せる扉“だ。
だが、それ以上に目を引くのは高さだ。
必要以上に高い。
塔は細く、空へ突き刺さるように伸びている。
防御よりも、遠くからでも見えることを優先した形だ。
中央にそびえる大塔は、
街のどこからでも見える位置に建っている。
空を突くように真っ直ぐ伸び、
頂には大きな旗が風になびいている。
城の壁面は、白に近い灰色。
日差しを受けて淡く光っている。
城壁の石とは違う。
あれは戦いの色だったが、これは“権威“の色だ。
等間隔に並ぶ大きな窓や装飾が、秩序を感じさせる。
門へ続く道は広く、まっすぐ伸びている。
行進を前提とした造りだ。
入口へ続く石段は広く、城壁こそないものの、
騎士が複数名厳重に警戒している。
「エリセル、ご苦労だった。」
石段の前にいた騎士が声をかける。
「エイヴァル殿、恐れ入ります。」
エリセルが拳を胸に当て、軽く頭を下げた。
「さて、ご婦人。石段は少し身体に応えます。
御高齢のようですが、大丈夫ですかな?」
エイヴァルは薄ら笑みを浮かべながら、
ババアに口を開いた。
......こいつ、なめとんな。
ババアは、彼の言葉には答えず、
一段ずつ上がっていった。
あ!そうや!
私はエリセルに振り返って、声をかけた。
「あんたがヴァリエスから頼まれたのは、
私を届けるまでやろ?
せやったら、城に入っても誰も文句言わんやろ。」
エリセルが答えるよりも前に、エイヴァルが先に口を開く。
「困りますな。あくまで任務は、王都に届けるまで。
ここからは、私と行きましょう。」
なんやねん、こいつ。
エリセルは私に微笑みかけ、頭を下げた。
...しゃあないか。
それにしてもこのエイヴァルとか言うやつ、
ほんまいけ好かんやっちゃ。
私は長い石段を、あえて急いで上がってみせた。
身体が軽い。
この世界に来てから、なんか若返ったみたいや。
順調に扉の前までたどり着き、意気込んだ。
......よし!
私はそもそも、どうやって来たんや。
どういう仕組みや。帰り方はあるんか。
納得いくまで、全部聞いたる。
とっとと、この世界とはおさらばや!




