第17.5話:『ifの彼方で——それぞれの対話』御影サキの空間:契約のない書庫
静かに分岐空間へ導かれたタロットたちは、それぞれの“if”——選ばなかった選択肢と対面していた。その空間は一人ひとり異なり、まるで心の奥底を可視化したかのようだった。空も地面も、記憶と後悔と願いで構成された幻影。だが、そこに映っていたのは紛れもなく、彼ら自身の“もうひとつの可能性”だった。
無数の契約書が整然と並ぶ書庫。それは彼女が生涯に結ばなかった“可能性”たちの墓標だった。どの契約にも、名前と条件は記されている——だが、サキの署名欄はすべて空白のまま。
彼女は誰とも契約せず、誰の運命にも関与しなかった。それは一種の潔癖であり、孤高であり、そして虚無だった。
「静かね……でも、面白くないわ」
棚を撫でる指先が止まる。開いた契約書には、“愚者”との取引条件が記されていた。白紙の欄に、何かが記されることは二度となかった。
「私は誰かの選択を狂わせてこそ、価値があるのよ」
その声には、自嘲とも、渇望ともつかない響きがあった。契約という“運命のズレ”が存在しない世界は、確かに安定している。けれど——それは彼女の居場所ではなかった。
「秩序? 正義? ふふ……それは他人の幻想。私は“可能性”そのものを歪めて遊ぶのが好きなの」
サキは宙に契約印の符を描き、空中に舞う書類を一枚ずつ燃やしていく。
「この空白の未来が埋まるとき、世界はどんな顔を見せるかしらね?」
そして——
すべてのifが過ぎ去ったあと。
全員は一つの場所に集い、互いの選ばなかった未来を見送り、それでも“今”の自分を、もう一度見つめ直していた。
そこには、選ばなかったことの意味を携え、今を選んだ“彼ら”がいた。




