第1話:『ログイン、即爆発』
ゲームにログインしたら、いきなり爆発して指名手配されました。
しかも、俺にしか聞こえないナレーションが勝手に喋り出し、周りのNPCはパニック状態。
この最弱タロット「愚者」は、どうやら世界を破壊するバグスキルらしい。
笑いと混沌に満ちた、VRMMO冒険譚が今、始まる!
—ログイン中。
視界が一瞬、光に包まれる。御神楽シンの五感は、まるで別世界に放り込まれたかのような感覚に満たされた。
皮膚を撫でる風、鼻先をくすぐる青草の匂い、遠くで鳴く鳥の声。それらが脳の奥に直接響くように、現実とは異なる確かさで迫ってくる。
眼前には広大な草原が広がっていた。風に揺れる草の波、丘の上に立つ一本の大樹、その奥に見える塔のような町並み。
NPCたちはそれぞれの生活を営み、プレイヤーたちが装備の調整をしている。
ここが、新作フルダイブVRMMO『アルカナ・オデッセイ』の世界。
「おお……マジでリアル……! グラフィックの話じゃねぇ、体感だよ体感! ……ついに俺も、初日組としてログインできたわけだな!」
これまで数々のMMOを渡り歩いてきたが、ここまで“本物”と錯覚するほどの世界は初めてだった。
御神楽シンはその感動に浸りながら、自分のアバターを確認する。顔はほぼリアルのまま。少しだけ身長を盛った程度。見た目は地味だが、性格に合っている。
キャラクター作成では、22枚のタロットから1枚を引いて初期スキルが決定される。
シンが引き当てたのは——
《初期アルカナ:愚者(The Fool)》
「……は?」
一瞬、意味が理解できなかった。
愚者は、事前情報では“未完成・開発中”扱い。フォーラムではバグだの地雷だのと言われ、プレイヤーからネタ職として半ば都市伝説扱いされていた存在だ。
《スキル【愚者の祝福】が発動しました》
《副効果:ナレーション強制起動》
次の瞬間、天から轟くような声が降ってきた。
「今ここに、ひとりの“愚者”が世界に降り立ったああああああ!!」
NPCたちが一斉に悲鳴を上げる。
通行人プレイヤーが足を止め、シンを注視する。
子どもNPCは母親のスカートに隠れ、大人NPCは武器に手をかける。
「いや、なんで!? 今の俺、まだ一歩も歩いてないぞ!?」
そして、さらなる追撃。
《副効果:ログイン時、爆発》
「おい、待っ……」
—ドォン!!
大地が揺れ、轟音とともにシンの足元から爆発が発生。
美しく咲いていた花畑は黒焦げになり、木柵は空高く吹き飛び、通りかかったNPCのひとりが空を舞った。
HPバーが真っ赤に点滅。
視界の隅には“負傷状態”と“指名手配中”の文字が燦然と輝いている。
「いやいやいやいや!! ログインしただけだぞ俺!!」
その抗議をかき消すように、ナレーションが更なる語りを始める。
「その日、世界は“愚者”によって運命の歯車を狂わされた……!」
「ふざけんなああああああ!!」
もはや誰の声なのかもわからないナレーション。
しかしそれは、確実に全プレイヤーの耳に届いていた。
チャットログには《誰だ今のwww》《愚者爆誕》《NPC吹っ飛んだ!?》といったメッセージが流れ始めている。
「もうログアウトさせてくれ……」
しかし、ログアウトボタンは“イベント中は無効”の表示。
こうして、爆発と誤爆とナレーションに愛された男の物語が幕を開ける。
彼の名は、御神楽シン。
タロット『愚者』に選ばれし、選択肢クラッシャーである。
「ログイン即爆発」という、まさかのスタートを切った主人公シン。
いったい彼の「愚者」スキルは、この先どんなトラブルを引き起こすのか?
そして、あのナレーションの正体とは……?
次話は「NPCが俺にプロポーズしてくる件」。
どうぞお楽しみに!