“連邦”に入る
本日2回目の更新です。
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──“連邦”に入る
フェリクスとスヴェンは目立たないように妖精通信を備えたセダンで“連邦”に入国した。空港は見張られており、麻薬取締局の捜査官はすぐにドラッグカルテルのボスたちに通報されるとのことだった。
普通の自家用車で普通に国境を越える。
目的地までの時間はかかるが、確実な方法だとスヴェンは説明した。
フェリクスは経験者の言葉を重んじる。それが戦場でも生き残る秘訣だった。
「武器は見えるようにホルスターにひとつ。もうひとつは見えないように足首に。足首のは本当の非常事態のためだ。小型のものでいい。武器が見えたら、相手も用心する。それから“連邦”では誰でも武器を持っているから警戒はされない」
その経験もフェリクスは活かし、ホルスターに45口径の魔導式拳銃を、足首に9ミリの魔導式拳銃をそれぞれ装備した。
「銃撃戦になっても参加はなるべく控えろ。こちらが下手に向こうの人間を殺すと問題になる。“連邦”政府は“国民連合”の麻薬取締局を疎んでいる。俺たちを追い出す口実ができれば、喜んで追い出すだろう」
「撃たれたって撃たれたままにしろと?」
「向こうの捜査官と組む。そいつに任せろ」
「信用できるのか?」
フェリクスは“連邦”の警官が“国民連合”より腐敗していることを知っている。
「信用するしかない。向こうにも腐ってない警官はいる。全員を腐っていると疑って、信頼しないのはこちらも信頼してもらえないことを意味するぞ。あくまで“連邦”は連中の国だ。そこで精製されるドラッグが、俺たちの国に流れ込んでいるにしても」
「そうだな。縄張りを荒らすのは捜査機関でも御法度か」
「そういうことだ。信頼してれば、そのうち使える情報を寄越してくれる。今回の狙いはグライフ・カルテルだ。ダッシュボードに資料が入っている。エリーヒルの分析官たちが分析した資料だ。目を通しておいてくれ」
フェリクスはダッシュボードを開く。
そこに入っていたのはページ数にして5ページほどの資料だった。
「情報はこれだけ?」
「それだけだ。ドラッグカルテルは謎めいている。連中は通りで銃撃戦をしていたかと思えば、次は仲良く握手しているという奇妙な連中だ。分析官たちに与えられる情報は現地駐在のアタッシェと麻薬取締局の捜査官が送ってくる僅かなものだけ。分析しようにも情報が少なすぎて、ほとんど憶測だ」
笑えるほどどうにもならないのは“国民連合”内でも、“連邦”でも同じかとフェリクスは思う。どっちも得られる情報はあまりにも少なく、欺瞞され、隠蔽され、信じるに足る情報は不足しているというわけだ。
「グライフ・カルテル。“連邦”におけるもっとも古いカルテル。1960年代の“連邦”の締め付けにより分裂。ヴォルフカルテルとシュヴァルツ・カルテルが生まれる。その後は一定の影響力を持ちながら、今も変わらずカール・カルテンブルンナーによって率いられている。カール・カルテンブルンナーの居場所は不明」
「ドラッグカルテルのボスで居場所が分かっている人間はいない」
それからフェリクスは資料を読み続けた。
「なあ、どの分析にもカールはまだ影響力を持っていると書いてあるが、本当なのか? 奴は帝国を失ったんだろう? それなのに影響力があるのか? 影響があるならどうして奴は帝国を取り戻そうとしない?」
「それについてはいろいろと意見がある」
スヴェンが語る。
「カールは引退した大御所説。カールは自分は表舞台に立つのは止めて、他の連中を表舞台に立たせて利益だけ得ているという説だ。これには一定の評判がある。カールは名前も顔も知れ渡っているのに未だに逮捕されていない。それは他のカルテルのボスたちが匿っているからだって話だ」
スヴェンは続ける。
「もうひとつはカールは帝国の復活を狙って、暗躍しているという説だ。カールの陰謀説。シュヴァルツ・カルテルの売人が一時期妙に多く逮捕された時期があった。それにカールが関わっているという可能性だ。それからヴォルフ・カルテルからキュステ・カルテルが独立したのも、帝国を取り戻そうとするカールの陰謀だという説がある」
「信頼できるのか?」
「俺はカール引退説を支持してる。カールは引退した。だが、価値がある。カールがもし平穏に引退したとしていたら、他のドラッグカルテルについての情報を持っているはずだ。逮捕して、司法取引を持ち掛けることで、カールから芋づる式にドラッグカルテルが摘発できるかもしれない」
「確かに。そうならばありがたいが、それは希望的観測という奴だろう?」
「まあ、楽観的過ぎるのは認める。それにカールの犯してきた罪は司法取引でなしにできるほど軽いものじゃない。“国民連合”も、“連邦”もカールをギロチンにかけたがっている。ムショにぶち込むだけじゃ不十分だと」
フェリクスは資料にあるカールの犯罪歴を見る。
殺人、殺人教唆、暴行、放火。違法薬物取引。“国民連合”の死刑のない州で収監されたとしても終身刑10回は余裕で行くだけの罪を重ねている。
確かにこれを司法取引でなかったことにするのは難しい。
「それに奴は麻薬取締局の捜査官も殺してる。奴に復讐したいって奴は多い。仮に逮捕されても、穏便にムショに入れるかは怪しいところだな」
「捜査に私情は持ち込むな、か」
「理想論だな」
フェリクスの呟きをスヴェンは鼻で笑った。
「俺たちは理想を守るためにいるんだろう」
「いいや。俺たちは現実を守るためにいるんだ。理想なんて二の次だ。ドラッグカルテルのボスどもをひとりずつ仕留めていって、ドラッグカルテルを潰す。そして現実に存在するドラッグに頼らなければならない弱い人間たちを守る」
「それもまた理想だ、スヴェン」
車はハイウェイを進み、首都メーリア・シティに入った。
「まずは情報屋と接触する。俺は身分を隠している。表向きはドラッグ取引に関心のある旅行者だ。連中に頼まれて荷物を運んだこともある」
「そこまでやるのか?」
「おかげで信頼は得られた」
確かにドラッグカルテルの懐に飛び込むには、ドラッグビジネスに関わるのが一番だ。運び屋という下っ端の立場から接触していくのは、フェリクスには思い浮かばなかった発想だ。彼はドラッグビジネスを手伝って、ドラッグカルテルを潰すなど考えもしなかったからだ。
だが、スヴェンはそれを成し遂げた。
「スノーパールか? どれくらい運んだんだ?」
「20キロ程度だ。帰りの車に乗せて国境を越え、連中に指定された場所に届ける」
「届けたのか? 実際に?」
「ああ。そうしないと信頼は得られない」
フェリクスは信じられなかった。
20キロのスノーパール。末端価格にして16億ドゥカートのスノーパール。
そのうち、どれほどがドラッグカルテルの懐に入ったのだろうか。それがどれほどドラッグカルテルのボスたちを満足させたのだろうか。
「フリーダム・シティ市警がこれまで押収したスノーパールの量は50キログラムだ」
「大した量じゃないな。連中はもう大規模な密輸ネットワークを築き上げている。北西大陸自由貿易協定万歳。連中は何の検査も受けずにドラッグを好きなだけ運べる。フェリクス、誤解がないように言っておくが、俺もドラッグを憎んでる。俺の友人のひとりはドラッグのオーバードーズで死んだ。仇を取ってやりたい」
「俺の戦友は5人死んだよ。だが、問題が数じゃないのは分かってる。何キログラムでも何人かでもない。どうやって供給源を叩き潰すかだ。その点は俺も分かっている。スヴェン、あんたが汚れ仕事をやって心を痛めてないとは思わない」
スヴェンはフェリクスにそう言われると、少し困ったような顔をした。
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