第五十二話 オパール
無事にコルセット地獄から抜け出せた私は今、メイドさんたちにいい様に着飾り人形のように色んなドレスを体に当てられていた。
「イヴ様は寒色系のドレスがお似合いですわ。」
「それでしたら、この色はいかがでしょう?」
「これは…?」
「これなんてどうでしょう?」
と言った具合に次々とドレスを体に当てられて、一向に作業が進まなかった。
そんな時、コンコンと部屋のドアがノックされた。
「はい、なんでしょう?」
「ガーネットだけど、今入っても大丈夫?」
「あ…もうちょっと待っててください。」
私は今、コルセットだけを付けた下着姿だ。いくら相手がパッシアさんだからと言ってこんな情けない姿は見せられなかった。私はメイドさんたちにこの色のドレスがいいです、と言って早急にドレスを着つけてもらった。寒色系ドレスが似合うと言われたので、淡い水色のドレスに白いグローブを選んだ。ドレスはくるぶしまでのものになっており、裾からふくらはぎまでは透けていて涼しい見た目だった。
数分後、部屋に通されたパッシアさんの姿を見て、私は感嘆の声を漏らした。
「わぁ!パッシアさん、お綺麗です!」
いつもはパンツスタイルのパッシアさんも今日まではドレス姿の出で立ちだった。その場に映える赤い髪はハーフアップにまとめられ、髪色よりも少しくすんだ落ち着きのある赤い色のドレス。それにえんじ色のグローブ。どれを見ても、”綺麗”という言葉が似合う格好だった。
「それでパッシアさん、どうして私の部屋に?」
「ああ、いや、こういう式典ってイヴは初めてじゃない?だから作法とか教えた方がいいかと思って。」
「パッシアさんは宝石将ですもんね。そういった教養もあるんですね。」
「まぁね。さ、式典まで時間がないからパッパと行くよ!」
「よ、宜しくお願いします!」
それから式典が始まるまでの時間まで私はパッシアさんから簡単な作法を教わった。宝石将ともなると、国民から尊敬される存在だ。お手本となるような振舞いをしなければならない。
その後、私とパッシアさんは式典に出るために式場まで馬車で移動した。流石にドレスでは空を飛ぶのはご法度だ。式典場に着くと、私たちは壇上袖の控室に通された。するとそこには、業火に着飾ったマティさんをはじめとする、宝石将の皆さんがいた。
「あら、イヴ、素敵なドレスじゃない。」
「ガーネットもドレスなんて着るんだな。」
「わ、私だって女たるものドレスくらい着るわよ!」
同僚である宝石将の面々にいじられるパッシアさんを見て、私も少し緊張がほぐれた。そんな私の元にマティさんがやってきた。
「イヴ、あれから体の調子はどう?アイリス様から飴玉をもらったって聞いたけど。」
「あ、はい。問題ありません。アイリス様の飴玉のおかげもあって回復が速かったと思います!」
「それなら、よかった。今日体調が悪くなったら直ぐに教えてね。きっとそばにいられると思うから。」
「ご心配ありがとうございます、トパーズさん。」
私がマティさんにお礼を言うと、式典が始まったようで、壇上の方から歓声が聞こえてきた。
今回の式典の目玉は私とパッシアさんだ。他の宝石将の皆さんは一足先に壇上へど向かっていってしまった。
私とパッシアさんは壇上の脇から式典の流れを見つめた。
「それでは、この度の破壊の竜による襲撃、それを前線で食い止め、街への被害を最小限にしてくれたまででなく、果敢に破壊の竜に立ち向かった二人の魔道士の紹介をいたします。イヴう、そして宝石将ガーネット!」
名前を呼ばれた私たちは凛とした立ち姿で壇上へと上がった。
そして壇上の中央にいる女王アイリス様の元へ向かい、跪いた。
「二人とも。こたびの戦闘ではあなたたちがこの国を守ってくれました。私の力だけでは封印しきれませんでした。お礼を言います。本当にありがとうございました。皆さん、勇敢なこちらの二人に賞賛の拍手を!」
跪いた私とパッシアさんにアイリス様がお褒めの言葉を述べ、私たちは壇上を見上げる沢山の国民から拍手を貰った。
頭を上げて、その光景を見ると、私はとんでもないことをしたのだと痛感した。破壊の竜と対峙した時は何が何でもここを守らなければならないと思ったのだ。
そして、式典は滞りなく進み、そして最後にアイリス様が壇上の中央に立った。
「皆さま、本日は喜ばしいことがあります。新たな宝石将の誕生です。イヴ、前へ。」
「へ?」
私は自分の名前など呼ばれるなどと思っていなかったから、素っ頓狂な声を出してしまった。そんな私の行動ににっこりと笑みを浮かべたアイリス様が前に出るように促す。
私は何事かと状況が理解できないまま、壇上の中央へと歩み寄った。
「イヴ、あなたは一人の魔道士として、破壊の竜に立ち向かい、そして見事封印の手助けもしてくれました。その功績を讃えて、あなたを宝石将として認めます、宝石将の名前は”オパール”です。」
「オパール…。」
私はアイリス様が仰ってくれた宝石商の名前を復唱した。じんわりと胸に刻まれていくその名前に私は嬉しくなった。
あの雪の土地でパッシアさんと出会ってから私の日常は大きく変わった。パッシアさんと共に色んな都市を回り、たくさんの人に出会い、そしてたくさん傷付き、たくさん学んだ。
私があの時、雪狼に襲われているパッシアさんを放って他の人を呼びに行っていたら…、今この瞬間は無かったかもしれない。
私は今こうして国の最高峰の魔道士として称号を与えられ、宝石将として認められた。
私の冒険はこれからなのだと、そう思った。




