第十六話 焦燥感
翌日。
私はレックスさんと例の噴水のある公園で待ち合わせをした。理由はレックスさんの幼馴染さんに会うことだった。
会って、幼馴染さんの隊長を良くする薬を作る、もしくは手に入れることができればと思い、今回幼馴染さんにもレックスさんの方から話は通しているらしく、私が会いたがっていることを最初は疑問に思ったそうだが、薬を拵えてもらえるというなら、とのことで承諾してくれたわけだ。
「お待たせしました。さ、幼馴染の家はこっちです。」
待ち合わせ時間の少し前に私が公園にやってくると、直ぐにレックスさんもやってきて、二人で幼馴染さんの家へと徒歩で向かった。
幼馴染さんの家は噴水のある公園からほど近く、徒歩で十分程度の距離にあった。
「では、どうぞ。」
「お邪魔します…。」
レックスさんが軽くノックしてから一軒家のドアを開けると、私を先に通してくれた。
「あっ、あなたが薬を拵えてくれるイヴさんですか?」
「あ、はい。私がイヴです。えと…」
「私は娘の母親のジェンヌと言います。娘のこと、よろしくお願いします。」
玄関を開けて入ると、そこには落ち着いたピンクブラウンの髪をさらさらと下ろして、にっこりとした笑顔が好印象の女性が待っていた。
彼女は幼馴染さんの母親だそうで、今回の件も私の話が出た途端、食いついて来たらしい。
「娘の体の弱さは私にも原因があるかもしれませんから…。あとは魔法頼みで…。」
「分かりました。最善は尽くさせていただきます。」
私がそういって母親の前を通りすぎると、レックスさんがとある一室の前で待っていてくれた。
「ここに今回お世話になる幼馴染がいます。レイナ、入るよ。」
レックスさんがコンコンとドアをノックすると、部屋の中から、鈴のような軽い凛とした声で、”どうぞ”と了承の声が返ってきた。
レックスさんが扉を開けて私が部屋の中に入ると、そこには読書中だったのか、上半身を起こして太ももの辺りに本を置いていた女の子がいた。
「レイナ。昨日言っていた魔導士さんを連れてきたんだ。君の容態を見てもらうといいよ。今日は調子がいいのかい?」
「今日はご足労いただき、ありがとうございます。ええ。今日はちょっと調子が良いの。だから、読書をしていたんだけれど…。」
「レイナ。ダメじゃない。しっかり寝てなくちゃ。あなたは体が弱いのよ?」
「とまぁ、母がこんな感じなので。」
母親のジェンヌに叱られたレイナはそう言って苦笑いをして、ベッドに横になった。
その様子を見た私は早速、レイナさんの容体を診ることにした。
「治癒魔法を使える訳ではないので、専門学的な知識はありませんが、症状が一般的な風邪と似ているので、私の知る限りでの薬の調合で快方に向かうのではないかと…。」
「あっ、治癒魔法は一番最初に試してもらったんですが…。だめで。」
「治癒魔法は大体は外傷を治すものなので、レイナさんみたいな生まれつきの体の弱さには効かなかったのかもしれません。」
「そう、だったんですね。」
「はい。私の知る限りの知識ではありますし、薬を飲んだ途端に治る、という訳でもないと思ってください。長期的なものになるのだと心得てください。」
「はい。分かりました。よろしくお願いします。」
その後、レックスさんには退席してもらい、私は簡単な問診まがいのことをし始めた。
本人が気付くことのない背中なども見て、何か異常な点はないか隅々まで観察した。
「はい、ありがとうございました。一見呪いまがいの印はないようですね。風邪の症状が重くならないように薬を調合しますね。そうですね…、二日か三日ほどお時間をいただけますか?」
「はい。この体が治るなら、いくらでも待ちます。」
「レイナさん、一つお願いを聞いていただけますか?」
そういったレイナさんを残して私がレイナさんの部屋から出ると、待ちわびたかのようにレックスさんが駆け寄ってきた。
「あの、レイナは…。」
「大丈夫だと思います。私の調合した薬が合えばいいのですが…。」
「もう神頼みしていたので、魔導士さんのお力を貸していただけるなら、ぜひともお願いしたいんです。
今日は陽が沈む前に宿に戻ることができたが、宿に戻った途端、私はポーチから一つの分厚い本を取り出して、ぺらぺらと高速でめくり始めた。
「イヴ、ど、どうしたの?そんなに早くて内容分かるの?」
「はい。大体の薬の調合ページは覚えていますから。」
「えっ、もしかしてその本の中身全部?」
「はい、そうですけど…。」
「イヴ、あなたの記憶力はすごいわ…。」
私があっけらかんと言うと、パッシアさんは半分感心半分呆れたようなそういった。
「それじゃあ、私は温泉に入ってくるから。イヴはゆっくりしてなよ?」
「私は試練の真っ最中です。ゆっくりなんかしてられません。」
「はぁ…、もう少し肩の力を抜こうって言ってるのよ。イヴ、今のあなたは何か焦燥に駆られているように感じるわ。もう少し気を緩く持ちなさい。これがルーフス様の試練であっても、ね。」
「パッシアさん…。はい…、私は確かにルーフス様の試練だと、決意を見せないと、って焦っていたのかもしれません…。少し頭を冷やしてきます。」
「遅くなっちゃダメだからね。」
「はい。」
私はそういうと薄暗くなった外の空気を吸うために宿屋を出た。いくら火の都市イグニスであっても、夕方になれば昼と比べて冷えるのは当然のようだった。




