第1章3話 魔法実技
前世のゲームシナリオのとおり発生した入学式のフラグイベントをへし折るように、なんとか新入生である僕達の教室へと妹を連れて逃げることができました。
魔法学園では1学年が4クラスからなっており、実力主義を名目に入学試験の成績順に1-Aから1-Dに各40人前後の男女生徒が振り分けられています。
ちなみに僕と妹はちょっとした事情があって、入試での実技の成績はあまり芳しくありませんでしたので、二人共1-B組に編入されているのでした。
「ユスティーナ様、ご機嫌麗しく。ナタリー・ファビウスと申します。侯爵家の身でありながら、私からお声がけする無礼をお許しください」
「同じくネルヴァル伯爵家のポーラと申します」
「まあ、わざわざのご挨拶ありがとうございます。せっかく魔法学園の同級生となることができたのですから、学園の方針のとおり家柄のことは気にせずに仲良くしていただけると嬉しいですわ」
教室に入るのが遅れたからか妹が席に着くなり周りを取り囲まれて、待ち構えていた下位貴族の女生徒達からの挨拶が始まった。
まあ、公爵家である妹よりも上位な存在は王家だけだから、多少の礼儀を無視してでもと彼女達の親達から派閥のグループ構築などについては細かな指示がでているのでしょう。
ようやく落ち着きを取り戻したらしい妹はというと、先ほどからいつもと変わらぬ無表情に近い微笑みを張り付けながも、公爵令嬢らしく同級生一人一人に優雅に挨拶を返しています。
ちなみにさっき真っ先に声をかけてきた貴族令嬢達が、ゲームでは悪役令嬢の取り巻きその1とその2だったりするのでした。
「みんな、妹は慣れない学校生活で少し疲れているようだから、挨拶はこれぐらいにしてもらえるかい? すまないが残りは明日にしてもらえると助かるんだけど」
いつまでも途切れることのないクラス内での派閥立ち上げに、僕がにこやかな笑顔でやんわりと切り上げさせます。
ゲームで【聖女】である女性主人公を虐めることになる実行犯は、この中に必ずいるはずです。
今後は僕が妹を悪役令嬢になんかしないようにシナリオ制御する訳だけど、放っておいても派閥の理論で勝手に暴走する令嬢が間違いなく出てくるでしょう。
そしてそういう自制心の無い令嬢に限って「ユスティーナ様のためを思ってやった」と、口々に責任を妹に擦り付ける恥知らずも中には出てくる可能性が高いのです。
そんな頭の悪い淑女達に妹の足を引っ張らせるわけにはいきませんので、僕が勝手なことをしないようレベルカンストしたスキルを駆使してキッチリ監視することにします。
そんな訳で公爵家子息として長年培ってきた仮面をかぶって、ニコッと微笑んでみんなにお願いすると、「きゃ~」とか言って意外とすんなりと言うことを聞いてくれるのには助かりました。
ところで問題の【聖女】は入試の成績が僕達以上に酷かったようで、同学年の1-Cに編入されて別クラスになっているので毎日顔を合わせなくて済むのはよかったです。
まあ、王族を前にして何も考えていない一見すると頭の軽そうな娘でしたが、それでもあの感じではどうやら『強くてニューゲーム』してきたみたいなので、僕と同じ転生者と考えて間違いないでしょう。
彼女のシナリオルートに入ると妹は悪役令嬢として婚約破棄の断罪エンドしかないので、最大限に警戒してし過ぎることはありません。
そういえば入学式では見かけませんでしたが、男性主人公の【勇者】くんはいったい何処いったのでしょうかね。
なんてボーっと考え事をしている間に、担任の女性教諭による朝のホームルームが終わっていました。
今日の午前中の初授業は、魔法学園らしくいきなり魔法実技のようです。
これだけは1年生全体での合同授業となるようで、新入生4クラス全員が魔法演習場へと廊下を移動して行きます。
すると無表情の中にも不安そうにかすかに眉を下げた妹が、僕の学生服の袖をチョコンとつまんで引っ張っています。
「……お兄様」
そう、小さいころから公爵家令嬢として魔法を含めた英才教育を受けた僕の妹が、入試成績上位の1-A組ではなく1-B組にいる理由が、魔法実技の試験結果があまり芳しくなかったためなのです。
というか入学時点での妹のスキル構成は、【錬金術】や【収納】を中心とした非戦闘系で、どちらかというと生産系ばかりとなっていて、現状では一般的な攻撃魔法が使えないのでした。
「ユスティーナ、大丈夫ですよ。この日のために僕が考えていた、とっておきの秘密兵器があるのです。ああ、これは僕達二人だけの秘密ですからね?」
「まあ、お兄様。秘密って何ですの? それに、二人の秘密だなんて」
実はさっきゲームの記憶で思い出したのですが、かわいい妹の職業は超レアな上級職のひとつで【魔女】なのです。
まあ、これが悪役令嬢として婚約破棄と断罪される原因のひとつだったりもするのですが。
しかしこの超レア上級職【魔女】が【錬金術】と【収納】をコンボで使用すると、男性主人公シナリオでも勇名を轟かせる僕の最強推しキャラになるのです。
だから綺麗な蒼い瞳を不安気にゆらゆらとさせながら、でも何かを期待するように僕にくっつくほど覗き込んでくる妹の小さな耳元に、そっと秘密の作戦をささやくのでした。
「……という訳で、強力な魔法は高貴な血筋によって奇跡としてこの世界に具現化されるのです」
初めてとなる魔法実技の授業は、成績優秀者が集まる1-A組の担任教諭である細身の優男が授業担任となるようで、集まった4クラス全員の前で何やら貴族位を鼻にかけた演説を始めています。
どうやら初日ということもあってまずは力試しなのでしょうが、広い魔法演習場のはじっこに沢山用意されたゴーレムの的に、何でもよいので魔法をぶつけてみろということです。
つまり攻撃魔法でも、身体強化魔法を使用した武術でも何でも、的に当たりさえすればいいということのようですね。
「それではA組から順に5人ずつ前に出て……さて、誰からにするか」
「ふっ、先生。私が手本をお見せしましょう」
「では、私も行きますわ」
「じゃあ、俺もだ」
入試成績の良いクラスの自分の生徒から順にやっていくことにした優男教諭に答えるように、1-Aから何人かの生徒が自主的に的の前に並びます。
どうやら5人とも上級貴族の子息令嬢達のようで、おそらく入試の実技でもトップの成績だったのでしょう。
立候補しただけあって余裕の表情で、各自が得意の攻撃魔法を駆使して的に命中させ始めます。
ただ無駄に派手なエフェクトの魔法ばかりで、余計に光が目に眩しく音が耳に響くので、根が臆病な妹は僕の二の腕に隠れるように目を瞑ってしまうのでした。
でも5人の内で誰もゴーレムでできた的に、傷を付けるほどの威力は無いようです。まあ入学時点ではこんなもんなんでしょうか。
「「「おぉ~」」」
「ふっ、公爵家の人間としてこの程度造作もない」
「ほほほ、我々のように入試トップ5にかかればこのぐらい当然ですわ」
「はっはは、楽勝楽勝!」
魔法演習場に集まった新入生達から感嘆の声が漏れる中、僕や妹と同格の公爵家の者もいるようで、みんな一見すると貴族家のイケメンと美少女さんばかりです。
これが学園カースト上位と言われる人達なんでしょうね。
1-A担任の優男教諭もこれには満足したようで、うんうんと頷きながら「次っ」と指示して交代させていきます。
そうしていい加減しょぼい魔法に飽きて欠伸がでそうになってきた頃、いよいよA組の最後に彼が出てきました。
「聖剣エクスカリバー!」
それまでの攻撃魔法が児戯に見えるような爆発が、的を消し飛ばしてしまっていた。
その爆風をものともせずに手にしていた聖剣を納刀しているのは、男性主人公である【勇者】くんのようです。
どうやら平民枠での魔法学園入学のようですが、その単純な攻撃力としては今現在において同学年でも、最強クラスの実力なのではないでしょうか。
極めつけに彼がチートなのは、腰に下げた聖剣を自身のスキルで概念武装として【剣製】してしまうことにあります。
『強くてニューゲーム』もしていないというのに、この理不尽なまでの固有スキルはまさに文字通りチートと呼んでよいぐらいです。
やはり【勇者】シナリオルートに入って、妹をパーティーメンバーに入れることが安全面では最適なようなのですが。
「う、うん。アーサーは平民にしては、まあまあだな」
「……はぁ」
実は下級貴族家の生まれで跡取りですらない、1-A担任の優男教諭はどうも選民意識が強いようで、平民の【勇者】アーサーくんがお気に召さないようです。
チッと最初に出てきていた貴族家の子息令嬢達からも、これ見よがしに舌打ちが聞こえてきます。
前世の日本での記憶をおぼろげながらも思い出した僕としては、どうでもいいことのようにしか見えません。
そんなことよりも、今は。
「次は1-Bですね。エルネスティさんとユスティーナさん達から行きましょうかね」
「「はい」」
魔法実技の授業で副担任をしているB組担任の女性教諭が、公爵家名が同じだからか僕と妹を名前の方で指名してきます。
まあ、流れで上級貴族から順番というのは分かるけど、入試での実技試験の成績的にはB組の中でも別に上位ではなかったはずなんですが。
それでもスッと背を伸ばした綺麗な姿勢で的の前へと進み出た妹の隣に、僕は当然のように並んで立つと。
静かに長いプラチナブロンドの睫毛を伏せて、右手を前に差し出して精神集中する彼女をジッと見守る。
「【錬成】爆裂!」
無表情のままサクランボのような可愛い唇で妹が小さくつぶやくと、同時に5mほど離れたゴーレムの的が爆音と共に跡形もなく爆散してしまっていた。
そう、これが超レア上級職【魔女】が【収納】にある材料で【錬金術】スキルを使用した凶悪コンボで、スキルレベルもによるが【錬成】結果を指定の場所に即時顕現させることができるチート技なのです。
今の妹のレベルでは的を消し炭にするぐらいですが、レベルアップとともに広範囲殲滅も可能となる程の威力を発揮することも可能となります。
「「「……」」」
優男教諭と担任の女性教諭を含めた生徒達があんぐりと口を開けて呆けている中、ちょっとだけ嬉しそうにかすかに微笑んだ僕の自慢の妹が振り返って、爆炎と黒煙を背景に綺麗なカーテシーで挨拶して見せます。
うんうん、とっても可愛い……まるで地獄に降り立つ天使のようです。
「お兄様、できました。……えへへ」
そう言って初めての割に上手くいったとわずかに頬をそめて微笑みながら、両手を豊かな胸の前で握りしめて僕を見つめて来るので、ついクラッときて半歩さがってしまいました。
いかんいかん。思わず嬉しくなって、抱きしめてしまいそうになったじゃないですか。
このままでは不味いと、そんな焦りを僕は誤魔化すように深く考えず、右手をシャッと振って自分の的を終わらせておきます。
「【影切】」
これは初級闇魔法なのですが、僕の『強くてニューゲーム』でカンストしたスキルレベルで放ったそれは、轟音と共にゴーレムの的を周囲ごと複数巻き込んで跡形もなくバラバラに切り刻むと、そのまま後ろにあった魔法演習場の壁も魔術結界ごとえぐり取って大穴を開けたのでした。
あちゃあ、久しぶりに目にした可愛い妹の天使の笑顔に我を忘れた僕は、つい手加減を誤ってしまったようです。学園には悪いことをしました。
「何よ……あんなのカンストレベルじゃないのよ。さっき『強くてニューゲーム』の石碑は壊したはずなのに、何で?」
その時、1-C組のあたりから【聖女】マリアと思われるつぶやきがレベルカンストした僕の聴力に聞こえてきました。
どうやら入学式直後に石碑は彼女に壊されてしまったようです。本当に無理して先に『強くてニューゲーム』しておいて大正解でした。
他の転生者を警戒して石碑を破壊したということは、僕の正体にもいずれは気付く可能性があるということになります。
今回はちょっとだけ手が滑って失敗しましたが、今後は気を付けないといけませんね。
「さすがはお兄様ですね。いつの間にこんなに魔法が上手になられたのですか?
私の【錬金術】運用についても、今までに聞いたこともない方法を考え出されましたし。やはり、私のお兄様は凄いですわ」
お、おうぅ。嬉しそうに学生服のジャケットの裾をつまんでくる妹の柔らかな雰囲気に、後ろに倒れそうになるのを必死で堪える僕なのでした。
その後は、明らかに『強くてニューゲーム』している【聖女】の実力を確認しておこうと思ったのですが。
もともと彼女の得意とする【聖魔法】は純粋な攻撃系ではないからか、【鑑定】でも確認した通り彼女の中級聖魔法【セイントアロー】はカンストレベルには程遠いものでしかなかったのです。
どうやらクリア前にもそれ程やりこんでいた訳ではないようで、どちらかというと逆ハーレムパーティーを構成してチヤホヤされていただけなのかもしれません。
それでも威力的には1-Aクラスのトップ達と同じくらいだったのですから、【聖女】が1-Cということはどれだけ筆記試験がダメだったかということでしょうか。
やっぱりアホな女性主人公のシナリオルートは致命的にダメそうです。