Ⅱ 黒竜売却と冒険者登録
あれから暫く歩いていた俺達。
しかし、一時間もしない内にルウがへばった。別に急ぐ必要も無いと休憩しようとしたところで、「時間、もったいない」とルウに言われ、いい案があると提案されたのが……おんぶてある。
「背中、おっきい……」
「そうか?」
「ん、ほっとする」
おかしいな……平均とほぼ変わらない程度まで体を調節してるんだが。いや、女と比べての話かもしれない。それなら納得だ。
「だからってこれは密着し過ぎだろ」
「……だめ?」
「胸が当たってるのはいいのか?」
「……ゆーいちの、えっち」
だが、離れようとはしない。
背中に当たる感触が中々……着痩せするタイプなんだな。数年後にはどうなるんだろうか。
……やめよう、あんまり意識し過ぎると良くない。
「……ん? 街っぽいのが遠くにあるな」
「ルウは見えない、よ?」
「ああ、目じゃなくて魔力探査っていう魔術だからな」
魔力探査は、俺が魔力の存在に気付いてから開発した。魔力の波を飛ばし、半径数十キロメートルを調べられる。細い魔力線から情報を回収しているため、魔力消費もそこまで多くない。
魔術と言われてもルウには分からないだろうが、聞こうとしないから説明はしなくてもよさそうだ。
「ちょっと走りたいんだが、問題ないか?」
「落ちないように、ぎゅってする」
「そうしとけ」
俺が走り出すと、何故か空気抵抗を感じない。
勿論、魔術によって空気抵抗を軽減しているのだ。そのおかげで、時速50キロを出しているのにも関わらず髪の乱れすら生じていない。
「……すごい」
走ること20分。まだ遠目にだが、外壁のようなものが見えてきた。いや、外壁そのものだろうけど、初めて見たから仕方ないんだよ。
更に近づくと、入口に兵士が立っているのが見える。
「なあ、ルウ。この世界でエルフって珍しいか?」
「結構居る。エルフの、国があるから」
「なら大丈夫か」
なんて会話をしつつ、背負って入るのも不自然だろうとルウを下ろす。二人並んで近づいていくと、門番が怪訝そうな顔で俺たちに話しかけてきた。
「耳が横にあるという事は……勇者か?」
「いやまさか。耳が尖ってないだけで、ハーフエルフだ。それに、勇者ならこんな所に居る訳がないだろ?」
「ははっ、それもそうだ! 通行料は大銅貨三枚だぞ」
む、やっぱりそうなるよな……大銅貨がどれくらいなのかは分からないが、どちらにしろ俺達は文無し。
ただ、売れるものはちゃんとある。
「今は手持ちがな。で、大銅貨以上になる魔物なら道中倒してきたんだが、ここでは買い取れないだろ?」
「高いんじゃあ無理だわな。めんどくせぇけど、俺が冒険者ギルドまで着いてってやるよ」
と言って居なくなったかと思えば、今度はもう一人増やして戻って来た。自分の代わりという事だろう。
中に入ると、かなり整った道と綺麗な造りの建物が多い。魔法がある分、科学が発展していなくとも何とかなるらしい。歩いている人間は主に獣人で、そのケモ度は人によって全く違う。耳だけだったり、毛が全身に生えていたり、二足歩行の動物だったり。……アライグマの二足歩行は普通に可愛いな。モフらせて欲しい。
そして、その殆どが武器を持っている。買い物帰りの主婦らしき人達も。治安という言葉は期待しない方がいいかもしれない。
店は、個人であれば露店が多いように見える。武具を売っているような場所や、大規模な店、高級店はその限りではない。
さっき冒険者ギルドという単語が出てきたし、商人ギルドもあるのだろうか? まあ、あるだろうな。
「ここが冒険者ギルドだ」
「ふむ……デカイな」
「ここなんざショボイ方さ。本当にデカイ所はこれの何倍もあるんだぜ?」
「冒険者ギルドは規模が大きいからな」
……否定されないのを見るに、正解か。それなら昔からあると考えた方が良さそうだ。今回の勇者召喚を考慮するなら、昔呼び出された日本人が創設者の可能性もある。昔だからと言って、現代の日本人を呼び出せないとは決まっていないのだから。
入った直後の感想は、『大したやつが居ないな』である。才能がありそうなのは何人か居るものの、あのドラゴンより強いのは一人として居ない。この街は小規模らしいし、こんなものだろう。
……と思ったが、二階にはドラゴンの五分の一くらいのやつがいる。職員だろうか?
「二人で来てたらテンプレが待ってたっぽいな」
まず、ルウを見て立ち上がろうとする。
次に、門番を見て舌打ちをする。
最後に、俺を見て殺意を向けてくる。
なるほど、血の気が多いらしい。
俺も人の事は言えないし、喧嘩を売られれば即買いだ。ルウを守る為にも、実力を見せつけるのは大事だろ?
下らない事を考えている俺を他所に、門番は買い取りの受付まで進んでいた。美人の受付嬢は見当たらない。……おいルウ、なぜ抓るんだ。
「そんで、お前さんは何を売るつもりなんだ? 見た感じ、何も持ってるようには見えねぇんだけどよ」
「ああ、ちょっと待て」
異界倉庫に手を入れ、ドラゴンの鱗を一枚取り出す。一枚で俺より大きいし、殴った時に砕け散らなかった。これはそこそこの値段で売れるはずだ。
「は? ……俺には竜の鱗に見えるんだが、気のせいだよな? あと、今のはどこから出しやがった?」
「それは有り得ませんね。こんな子供には無理です。取り出したのは……拡張鞄があるに違いありません」
「何でもいいだろ。とりあえず、これが売れないって事はないよな?」
真面目が服を着ているかのような男がじっくりと調べ始める。……解析用の魔法は無いのか? あると便利だぞ。俺が使うのは解析〝魔術〟だが。
微妙な顔をした男が顔を上げる。
「……本物、ですか。まあ、偶然拾ったとか、その辺りでしょう」
「全然違うが」
スルーされた。全く、思い込みの激しいやつだなぁ。
「金貨一枚と大銀貨六枚になります」
『はぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!?』
うるさいぞ、冒険者共。
金貨って言うなら日本円で十万はしそうだがな。
「じゃ、これも頼む」
追加で九枚取り出すと、職員がぽかんとしている。きっと、いい防具に生まれ変わるはずだ。ただし、加工出来る職人がどれだけいるのか少し不安ではある。
「な、なぜそんなに……」
「倒してきたからに決まってるだろ。普通に考えて、鱗だけ落ちてる訳ないしな。……まあ、鱗数枚でこれなら全部売るのは暫く先になりそうだが」
「そんな……こんな子供が黒竜を……?」
黒竜ね……あれより強いドラゴンも居るのか? 居るなら是非とも戦いたい所だ。
変顔を披露しつつも仕事はこなす真面目犬耳職員。どの犬種か分からないが、あまりもふもふしてないから気にする必要もない。
「あ、細かいのもある程度頼む」
これで買い物もしやすいだろう。順番やらはルウに聞けば分かるはずだし……分かるよな? 最悪分からなくても、何とかならないこともない。
結果は、白金貨一枚、金貨五枚、大銀貨九枚、銀貨九枚、大銅貨九枚、銅貨九枚、鉄貨十枚。順番もこのままで合ってるはずだ。話の流れを汲めばすぐ分かる事だった。うむ、盲点。
さて、と。ついでに登録するべきか?
この世界での身分証がないしな。そうしよう。
「これ、通行料と手間賃な。助かったよ」
「お、おう。どういたしまして」
手間賃に銀貨は多いかもしれない。通行料の三倍だし……いや、こういうのは惜しんではいけないものだと誰かが言っていた。
門番が帰って行くのを見届けた後は、何か言いたげな真面目職員を放置し、別の受付へ向かう。
「登録したいんだが、大丈夫か?」
「あ、は、はいっ! お二人でよろしいですね?」
「そうだな……ルウはどうしたい?」
「ん、登録する」
ずっと無言で俺の手を握っていたルウは、目を輝かせてそう答えた。アルコールの臭いが堪えたらしい。後は、冒険者が怖かったとかか。
登録方法は至って簡単。カードサイズのアクリル板もどきに血を一滴垂らすと、名前、性別、〝年齢〟などの情報が日本語で表示され、ランクは大きくCと出ている。
この表示は、自分以外には見えないようになっているそうだ。見せたい時は設定出来る。五千という数字を見られなくて良かった。見られて困る訳じゃないが、説明がめんどくさい。
……ちなみに、一番下はFだ。おかしい、と思って受付嬢――の後ろに居る女をジト目で見る。
「お前が犯人、で合ってるよな?」
「犯人だにゃんて心外だにゃあ……」
明らかに遊んでいるようにしか聞こえないが、本人は普通に話しているつもりのようだ。語尾で分かるかもしれないが、猫耳の生えた二十代前半くらいの女だ。白髪で、肌は褐色。
その猫女は、猫目を細めて俺に近付いてくる。
敵意を感じないが、何をするつもりなのかと警戒していると、耳元でこう囁いた。
「――なんでこんな所に居るにゃ? 勇者さま♪」
ふむ……どうしてこうなった?
どうしてでしょうね?(笑)
次回は明日、同じ時間に投稿……出来るといいなぁ。