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花になる  作者: かせいち
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4 花になる


4. 花になる




(この原っぱな、夏が終わる頃になると、すごいきれいな、真っ赤な花が、いっぱい咲くんだよ。もうすっかり秋になっちゃったから、来年、またここに来て、一緒に見ような。ふたりで、花、見よう。約束な・・・)









 ベッドの隣にある円いいすに座って、俺は下を向いていた。

 目のやり場がなかった。どこを見ても、気が気でなかった。

「オレ、花になるよ・・・」

 またあいつがつぶやき始めた。ということは、窓を見ると、オレンジ色だった。もう夕方か・・・

 不意にノイズが頭をよぎった。

(おかしくなったんだって)

 俺は思わず頭を振った。髪の毛をがしがし掻いた。

 あいつは細い声で繰り返していた。

「花になる、」

(おかしくなった)

 俺はもう耐えられなくなっていた。

「晴吾、」

 あいつは目を閉じていた。俺は言った。

「もう、花にならなくていいよ。あの子、もう・・・、死んだんだ・・・。死んじゃったんだよ」

 俺のことばは、それこそ血を吐くようだった。

 あいつはゆっくりと目を開けた。

 そしてその途端、あいつの目からどっと血が溢れ出てきた。

(うわ・・・)

 とうとう、見てしまった。

 あいつの血。あいつの痛み。

「・・・・・・・・・あの花は、」

 カサカサに乾いた、しわがれた声で、あいつは言った。

「あの花は、死んだ人の、生まれ変わりなんだ・・・・・・」

 あいつは目を何度もしばたかせながら、続けた。

「だからオレ、花を、その花を、待とうと思ったんだ。約束、したから・・・今年、一緒に花、見ようって。そしたら、楽しみだって、嬉しそうに笑って、言ってくれたんだ。だから、・・・・・・、・・・オレ、だからな、花が咲いた時、オレが約束通りそこにいたら、せめて、その花の傍にいてあげれたら、そしたらオレ、花になれると思って、」

 あいつは片手を布団から出して、手のひらを目に押し当てて、

「・・・だけど、原っぱが・・・・・・咲く場所が、失くなっちゃった」

 そのままあいつは息が詰まったように、何も言えなくなった。

「・・・晴吾・・・・・・」

 あいつの指の間から、血がとめどなくだらだら流れ出していた。

 俺はひざの上で両手を握りしめていた。それに、震えていた。

 俺、今になって、やっと気付いた。

 これが、痛いってことなんだ。

 人の痛みを見て、自分も痛いと思うこと。そして、それをどうにかして和らげたいと思うこと。毎日人の痛みを見ていたくせに、もう長いこと忘れていた。あいつの痛みを見るまで。

 俺にとっての日常、見慣れた血が、あいつをどんどんどんどん染めていって、止まらない。

 もう、やめてくれ、止まってくれ、

「やめてくれ・・・!」

 痛い。

「晴吾、俺が、」

 晴吾の血なんて、見たくない、

「俺が、お前を咲かせるよ。俺、将来の夢は、花を待つことだから!」

 俺は白い部屋を飛び出した。





 左手にスケッチブック、右手に絵筆、場所は、町外れの、かつての小さな原っぱ。

 俺はそこに立っていた。

 家も少ない、人も少ない、俺とあいつの居場所。あいつと彼女の居場所。

 だけど今は、堅いコンクリート。

 もう、この場所に、花は咲かないのだ。

(オレ、花になるよ)

(僕の居場所はどこだろう、)

「ぁああ」

 俺は両耳をふさぐように、自分の頭を押しつぶすように抱え込んで、叫んだ。

「わあああああああああああああああああ!!!」





 俺は絵筆を走らせながら、ふたつのことを考えていた。

 ひとつは、何で血の絵を描いていたのか。

 それは、絵を描くことは、俺にできる唯一のことだったから、だと思う。

 誰かが傷付いていても、それを見ることができても、俺にはどうすることもできない。痛いのがわかるのに、何もできない。

 人の痛みを冷めた目で眺めながら、そういった思いがどこかにあったんだろう。はがゆさ、悔しさ、自分の無力さ。全部絵を描くことにぶつけていたんだ。

 あるいは、どうにかして形にしたかったのかも知れない。誰にも知られることなく傷付いている人を。そして、人の痛みが見える俺の痛みを。

 表さずにはいられなかったのだ。

 もうひとつ、考えていること。ずっと頭のどこかにあったけど、わざと考えようとしてなかったこと。

 結局、何で俺には血が見えるのかということ。

 ずっとわからないままだった。

 あいつの痛みを見た瞬間、はっきりと思った。

 あいつを、咲かせるためだ。









 俺は猛スピードで走っていた。

 白い建物から抜け出して、車椅子にあいつを乗せて、それを押して走っていた。

 あいつは風と夕陽を受けて、目を開けにくそうにしょぼしょぼさせていた。白いぼさぼさの髪がなびいていた。

 俺は、チャリに乗って花を見に行った時のことを思い出していた。おぼつかないとか言ったけど、あいつは振動を最小限に食い止めようと注意深く運転していたのだ。

 今度は俺が、なるべくガタガタ揺らさないように注意しながら、だけど速く走った。これ以上、あいつをフラフラにはさせない。

 俺はぜいぜい息を切らして走り続けた。

 向かう先は、もちろん、

「着いた、原っぱ」

 俺は両ひざに手をついて、ゴホゴホむせて、喉元の汗を手の甲でぬぐった。

「晴吾、」

 せき払いを何度もして、何とか声が出る状態にして、

「咲け、晴吾!!」

 あいつは車椅子から立ち上がっていた。

 目の前にあったのは、一面に、真っ赤に咲いた、

 彼岸花。

「花だ・・・」

 あいつは今にも倒れそうに2、3歩よろよろ進んで、地面にひざをついた。

 コンクリートの上には、俺の描いた彼岸花の絵が、隙間無くびっしりと敷き詰められていた。

「あぁ、花だぁ・・・」

 あいつは透明な涙を流していた。

 血は流していなかった。

 笑っている。

 俺はまだ少しむせながら、あいつの隣にひざをついた。

「・・・アキイシ、」

 あいつは久しぶりに俺の名前を呼んだ。

「オレ、花になれたかな・・・」

 俺は笑った。笑顔になった。

「なれたよ。見事に、咲いたな。立派な花になったよ」

 あいつも笑っていた。

 花になる、と嬉しそうに語っていた時と同じ、顔中くしゃくしゃの笑顔だった。

「ありがとうなあ・・・」

 夕方の空の下、死んだ人の生まれ変わり、生きてる色をした彼岸花に囲まれて、晴吾は、花になった。




「オレ、花になるよ!」

 そう残してあいつは、そのまま原っぱに消えた。

 花になったんだ。死んだ人の生まれ変わりの花に。

 季節は夏の終わり、時間は夕方、俺達の居場所には、真っ赤な、生きてる色をした彼岸花が、一面に咲く頃だった。





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