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花になる  作者: かせいち
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3 血が見える


3. 血が見える



 俺には血が見える。

 人の痛みが見える。

 人の気持ちが、つらい、苦しい、悲しい、寂しい、悔しい、痛い、そういったことばで表される時、それが血となって俺の目にだけ映る。

 だから、周りを見ると、皆血まみれだった。

 教室の隅でひっそりと血を出している人、涙と髪と血を振り乱して男性と言い争っている女性、血みどろの葬列、道をすれ違ううつむき加減の人達。みんな、血を流している。

 誰でも皆傷付いていた。

 血を流さない人なんか見たことなかった。

 グロいとか、痛々しいとか、気持ち悪いだとか、そういうのはもうとっくに慣れていた。

 傷付いて血を流している人を見ても、別段何も思わなくなっていた。

 だけど、俺が誰かと会話をしていて、俺の言ったことやしたことで相手が血を流し始めることだけは、いつまで経っても慣れなかった。耐えられなかった。

 そのせいか、気付いたら、こうなってた。

 俺の周り、何にも無い。

 誰もいない。





I.


 左手にスケッチブック、右手には絵筆、誰も入ってこない放課後の学校のベランダで、俺はひとり座り込んで絵を描いていた。

 3階のベランダは空に近くて、頭の上がまぶしいくらい青いのがよくわかる。そして地上からも程良い距離で、大勢で部活に向かう人、ひとりで家に帰る人、ふたりで遊びに行こうとする人、色々な人の様子がよく見えた。

 例えば、その血の赤さまで、はっきりと。

 俺はそれを写生していた。ありのままに、細かいところまで、俺に見える現実をそのままえがいた。

 俺に見える現実、つまり、血のある風景。

 この中学校と言う場所は、血を流している人で溢れている。

 俺はいつからか、それを上から見渡して、絵に表すようになっていた。だから俺のスケッチブックはどのページをめくっても真っ赤で、赤い絵の具はいちばん最初になくなった。

 はたから見ると、気色悪い絵を描いてる怪しい人間に見えるのだろう。だけど、この血まみれの世界は、俺にとってはどうしようもない日常なのだ。

 その日も、いつものようにベランダに座り込んで、黙々と絵を描いていた。ああ今日も血出てる人いっぱいいるなあ、あの人は確か昨日も血出してたな、あれは隣のクラスの人、あの人も血出てる・・・、自分でも驚くくらい冷静な目で観察しながら。

 花の散った桜に取り残された葉っぱの色、古いコンクリートの汚らしい色、よれよれになった制服の黒い色、そして、血の色。筆を赤色まみれにして、まさに紙に触れようとした時だった。

 ポツ、とかすかな音がして、スケッチブックの端に真っ赤な、真ん円いウニみたいな染みができた。

「あ、」

 俺は無意識のうちに声が出た。ああ、血だ。絵の具じゃない。俺が見間違えるはずない、これは、血、血痕だ。・・・血痕?

 俺は慌てて上を見た。空から、血が降ってきた。ついに空まで傷付き始めたんだろうか。とっさにそんなことを思ったが、違った。

 頭の上には、何か細いものが2本揺れていた。青色がまぶしくてはっきり目が開けられなくて、俺は眉間にシワを寄せて目を凝らした。

 人の腕だった。

 そう確認できた瞬間、声が聞こえてきた。

   空に  帰る

 歌っている。風に乗って、かすかに届いてきた。

 俺は校舎に入って、階段を一段飛ばしで昇って屋上へと向かった。



 屋上では思ったより風が強く、まぶしい。俺は目を細めて辺りを見回した。

 さっき俺がいたベランダの真上を探すと、そこには、女子がひとりいた。

 彼女は両脇で手すりを挟み、両腕を向こう側に投げ出した体勢で、地面を蹴るように規則的に片足を揺らしながら空を見ていた。頭には、小柄な体に似つかわしくないバカでかいヘッドフォンをがぼっとかぶっていた。

   僕の居場所はどこだろう  僕の帰るべき場所は

 彼女は俺に気が付かないまま、歌っていた。

   真っ逆さまの世界を僕は飛んでいた  周り全部青い世界

 屋上の強い風に揺さぶられて、その声は不安定に、震えるように響いた。

   僕は今  空に帰る

 最後にそのフレーズを繰り返すと、曲が終わったらしく、彼女は下をのぞきこんでふーっとひとつ息をついた。そしてそのままじっとして動かなくなった。

 ちょっとおい、まさか、本当に飛んじゃうんじゃないだろうな・・・、少し焦ったけど、そんな様子はなく、ただ手すりにだらんともたれているだけだった。

 その姿は酷く小さく見えた。今にもでかい空に溶けて消えてしまいそうなくらい。

 そういえば、血は・・・。気付かれていないのをいいことに、まじまじと見つめてみた。後ろ姿なので、血が出ているのかどうかは見えない。だけど、きっと出ているに違いない。しかもその量は決して少なくはないだろう。

 俺はそっと屋上を後にした。

「・・・空に、帰る」

 足音を忍ばせて階段を降りながら、たった今知ったばかりのそのことばを口ずさんでみた。

 ベランダに戻ったとき、俺は、ふとある疑問が湧いた。

 開いたままになっていたスケッチブックのページの端に、赤い丸がひとつ。

 ついさっきまで鮮やかな赤色だったそれは、カピカピに乾いて、ドスの入った色になっている。

 俺はその赤黒い円形にそっと指先で触れた。ざらりとした。

 確信した。

 これ、本物の血だ。





 左手に真っ白なルーズリーフ、右手には鉛筆、誰も入って来ない放課後の学校のベランダで、俺はひとり座り込んで外を見ていた。

 嫌でも視界に入ってくる赤色を何も思わないようにぼんやり眺めていた。

 そのうち真っ黒い学ランが熱くなってきて、俺も暑くなっていた。そうか、もうそんな季節か。俺は壁ぎわの日陰に避難した。

 壁に背中をくっつけて足を投げ出して、ベランダから見える青々と葉っぱを茂らせた桜を描き始めた。青々といっても、鉛筆だから白黒なのだけど。

 ここしばらく、俺は血のある風景を描いていなかった。それには理由があった。

「アキイシ、」

 ベランダのドアをがらりと開けて、あいつが顔を出した。

「最近暑ちーなー」

 あいつは前かがみになってスケッチブックを覗き込んだ。

「今日は何描いてんの?」

 俺は描きかけの絵をあいつの方に少し傾けて見せた。あいつは桜と絵をきょろきょろ見比べて、

「出来たら見して」

 そう言って手すりに駆け寄って、頬杖をして、外を見渡し始めた。

「桜、きれいだな」

 あいつが言った。だけど花は咲いていない。葉っぱだけだ。

「そうだな」

 あいつは時々そういうことを言う奴だった。

 俺は同意した。実際、俺もそう思っていた。

 あいつのそういうところは居心地よかった。

「お、毛虫発見!この毛虫も描いてる?」

「こっから見えねえよ」

 話している間中、俺はシュッシュッと鉛筆を動かして描き進めていた。あいつはそのまま黙ってぼんやりと桜や、空や、下にいる人達を眺めていた。

 いつからか、俺はあいつとふたりでこうしているようになった。と言うか、何もしていなかった。俺が適当に絵を描いて、あいつがそれを見ているだけだった。そのせいで、俺は近頃血の絵を描いていない。

「できた」

「早いな」

 あいつは俺の隣にあぐらをかいた。

「・・・これ、オレ入っちゃってんじゃん」

 半分ベランダに隠れた葉桜と、その隣にあいつが立っている絵。絵の中で頬杖をしているあいつは、まるで花の無い桜に話しかけているように見えた。

「お前がそこに立ったから、描いてみた」

「毛虫は?」

「見えないって」

 絵を手渡すと、あいつはそれにじっと見入っていた。

 俺は立ち上がって、ベランダの手すりに両腕を寝かせて、手首の上にあごを乗せた。下にいる人はまばらになってきていたけど、やっぱり、どこかに赤色はあった。俺はそれからわざと目を逸らして空を見上げた。

 ふと、あの屋上のことを思い出した。今、また血が降ってきたらどうしよう。

 もしあいつがそういう事態に遭ったら、あいつはどう思うのだろう。あいつはどうするのだろう。

 俺は、何もしなかった。というか、何も出来ないのだ。俺には血が、人の痛みが見えるけど、別に見えるからって何も変わらない。何も出来ない。

 だけど、今回見てしまったのは、本物の血だ。

 血なんて見慣れていた筈なのに、あの時、あの本物の血に触れた感触、思い出すと背筋がぞわりとうごめいた。

 ・・・何で俺こんなに血のこと考えてんだ、我に帰ると、いつの間にかあいつも俺の横に立って、一緒に外を眺めていた。

 しばらくふたりとも何も言わなかった。

 先に沈黙を破ったのはあいつの方だった。

   僕の居場所はどこだろう  僕の帰るべき場所は

 あいつは突然歌い出したのだ。

 その歌には聞き覚えがあった。

   見晴らしのいい高いところに登った  そこには遠い上に青いものがあった

「晴吾、その歌、」

   僕は今  空に帰る

 歌い終わると、あいつは気の抜けた笑顔で言った。目がへにゃりととろけているようにも見えた。

「この歌なー、何かなー、屋上でたまに歌ってる人がいて、何となく気になって、いつの間にか、覚えちゃった。何なんだろうな、この歌」

 俺も知ってる、その歌、その人は、血を、本物の血を、・・・出てきそうになったけど、呑み込んだ。

「なあアキイシ!」

 あいつは晴れやかな声で言った。

「こっから、何が見える?」

 屈託無くヘラヘラ笑っていた。俺は内心ぎくりとした。

「何が、って」

「居場所でも見える?」

 あの歌のことを言っているようだ。

「ここ“見晴らしのいい高いところ”じゃないだろ。校舎しか見えない」

「でもアキイシは、オレが来る前からずっとここにいて、外見てただろ。なんか見えるのかなと思って」

 血が見える。そんなことはもちろん言えない。

「それに、アキイシ、外見る時いっつも険しい顔してるから」

「険しい顔?」

 思いもよらぬことだった。

「うん。すごい険しい。こんな感じ」

 あいつはわざとらしく眉間にシワを寄せて、唇を突き出して、仏頂面を作った。

「似てる?」

「さぁ・・・自分の顔あんま見ないから、わかんね」

「鏡くらい見るだろ。顔洗う時とか」

 俺は鏡を見るのが大嫌いだった。

 俺の顔も、血みどろで真っ赤だったから。

 俺はその自分の顔を思い出しそうになって、かき消すように慌てて上を向いた。

「あぁ、」

 声を上げた。

「そうだな、空が見える」

 ぼんやりと言った。

 ふたりして半分口開けて上を見た。だけどそれは“遠い上の青いもの”じゃなかった。西を中心にオレンジ色がいっぱいに広がっていて、まだそれが届いていない東は紫色だった。

「ああ、見えるな」

 あいつもぼんやりと答えた。

 空に帰る。

 なるほど、確かにこんなにもあたたかくて優しい色をしていると、両手を広げて自分のことを受け入れてくれるような気がするかも知れない。

「居場所かなぁ」

 あいつが言った。寝言みたいだった。

 居場所、俺の居場所は、気が付いたらここになっていた。

「アキイシ、今度さ、いいとこ連れてってやるよ」

 あいつは顔中くしゃっと笑って言った。

「いいとこ?」

「アキイシがいつもここに来てたみたいに、オレがいつも行ってる、オレの居場所。すげぇいいとこなんだって」

 ちょうど、夏が始まる前のことだった。









II.


「花、見に行こうぜ!」

 あいつは威勢良く自転車に飛び乗って、後ろの荷台をバシバシと叩いた。

「いつもの原っぱにさ!そろそろたくさん咲いてる頃だから」

「・・・俺じゃないんだろ、一緒に花を見たいのは」

 俺は半分冷やかしのつもりで言った。

「名前も学年も何もわかんないから・・・だから、夏休み明けたら、屋上に行って、会って、言うつもり!」

 俺は、そっか、と笑って、チャリの後ろにまたがった。

 花になる話は、あれ以来一度もしていなかった。

 あいつが特にしようとしなかったから、そのままにしておいたのだ。

「もうすぐ、夏、終わるな」

 あいつはペダルを踏み込むのに必死で、返事をしない。構わずに話した。

「“将来の夢”、決まってないのに、夏が終わる」

「・・・・・・、」

 あいつは何か言おうとしているようだったが、重たいチャリをこいでいて、声が出せないらしい。別に答えてほしいわけでもなかったから、俺は放っておいた。

 俺はふと思って言ってみた。

「なあ、お前、また、花になるって書くのか?」

「・・・ん、」

 チャリが軌道に乗ってきて、あいつは言葉を返した。

「何に?」

「進路のやつに」

「ああ、うん。書くよ」

 俺は思わず笑ってしまった。

「・・・ダメ?」

「いや、全然。カッコイイよ、お前」

 本当にそう思っていた。

「マジで」

 あいつの笑った顔が半分こっちに向いた。

「おい前見ろって。転ぶぞ」

「危ね」

 電柱にぶつかりかけて、バランス失いそうになって、ちょっとの段差でガタンガタン今にもぶっ壊れそうな盛大な音を立てる。何だかまるで、

「俺の足取りって、こんな感じだよな」

「・・・・・・・・・」

 あいつはまた何も言わなかった。やっぱり放っておこうとしたら、

「・・・なあ、アキイシはさ、絵を描くんじゃないの?」

 不意打ちを喰らわされた。

「・・・え?」

「“将来の夢”。オレさ、アキイシは、絵を描くんだと思ってたよ、ずっと。絵描きになるんだと思ってた。」

「えっ、なっ、絵描きになるって?俺が?」

 俺は驚いて言葉を詰まらせた。

「・・・でも、だから、俺は、フラフラなんだって。おぼつかないんだよ」

「オレだってそうだよ」

 俺の言葉が終わるか終わらないかのところで、すかさずあいつは言った。

 だけど俺もすかさず言った。

「でも、フラフラでも、晴吾は楽しそうだよな。いつも」

「アキイシは?」

 最後は俺の方が沈黙してしまった。

 話をしている間も、あいつは真正面をじっと見て、転ばないように、注意深くバランスを取り続けていた。それでも俺達の乗っているチャリはぐらぐらと危なっかしかった。



 本当に、あいつはいつもへらへら笑っていた。

 俺はあいつの血を見たことがなかった。

 たまたま俺がそういう場に居合わせないだけなのかも知れないけど、一度も見たことがなかったし、あいつが血を流すところなんて想像もつかなかった。

 俺にとって、それは逆に不自然にさえ思えた。誰でも皆例外無く何かに傷付いて血を流しているのに、あいつはいつもいつもへらへらしていたから。

 だけど、俺はそれが、そこがよかった。時々妙なことを言うし、どういう思考回路なのかよくわからないところがあるが、あいつといると余計なことを考えずに済んだ。あいつといる間は、血のある世界から逃げられた。

 上を見上げると、夕方の空がある。オレンジ色と、紫色。俺はこの時間帯の空が好きだった。とても優しくていい色だ、と思っていた。同じ暖色でも、あの赤い色とは随分違う。夕方の色合いを見ていると、安心できた。まるであいつといるときみたいに。

 しばらくそのままあいつの黒い頭と夕方の空とを眺めていると、ギギッと耳障りな音がしてチャリが無理矢理止まった。

「着いた」

 あいつが言った。俺はよろけるように荷台から降りた。

 周りの風景は、田んぼと、空。まばらに建っている家、少し近くに山、さっきまで俺たちがいた町の灯りが遠くの方に見える。

 ここが、町外れの、小さな原っぱ。あいつはそれを指差した。

「ほら、」

 夕方のオレンジと紫に照らされて、見慣れた原っぱ一面に、

「すげぇだろ?」

 真っ赤な花が咲いていた。

 真っ先に思ったのはただひとつ、

「血の色だ」

 俺は吐くようにことばを漏らしてしまった。俺ははっとした。

「あ、・・・・・・」

 バレた。とっさにそう思った。

 あいつが楽しみにしていた、待ちわびていた花を、俺に見せてくれた花を、そう言ってしまった。

「・・・・・・・・・」

 あいつが俺の顔を見ているのがわかった。でも俺はあいつの顔が見れず、目線を下に落とした。そこにもその血の色は咲いていて、俺は逃げ場が無かった。

(何で、この原っぱまで)

 俺は愕然としていた。居たたまれない気持ち、だった。俺にとって世界は血まみれで、それが普通で、外を出歩くと皆血を流していて、それが普通で、どこに行ってもどこかに血があって、それが普通で、そういうもので・・・、

 だけど、この原っぱだけは、あいつのいる原っぱだけは、血に侵されてなかったんだ。だから、毎日のようにここに来ていたのに。

 なのに、こんな、この原っぱまで、こんな風景・・・

(血の色だ・・・)

 あいつはまだ俺の方を見ていた。怖くて仕方が無かった。あいつが今どんな表情をしているのか、どう思っているのか、あいつの口から次に何が出てくるのか、それが怖くて俺は身構えた。

 すると、あいつは何も言わずに俺から目を離して、前を向いて、わざと原っぱ全体に響くような声で、でも穏やかな調子で、言った。

「この花な、死んだ人の生まれ変わりなんだって」

 俺は思わず顔を上げた。改めて見渡すと、やっぱり原っぱは真っ赤だった。その真ん中で、あいつの後ろ姿がオレンジ色の逆光を浴びて黒塗りになっていた。

「だから、こういう色してんのかな。生々しいくらいの、血の色」

 あいつはその場に座って、目の前にあるその花に触れて、

「血がかよってるってことなんだよ、きっと。これ、生きてる色なんだと思うよ」

 そう言った。

「晴吾・・・・・・」

 俺は一歩進んで恐る恐るあいつの顔をのぞきこんでみた。

 笑っている。

「生きてる色・・・」

 俺はそのことばを口に出してみた。

 生きてる色、血のかよった色、あいつはその赤色を、そういう風に言った。そっか、生きてる色か・・・

「っ、はは」

 気が付くと、俺は笑っていた。声に出して笑っていた。

「アキイシ?」

「そっか、血の色じゃなくて、血のかよった色かぁ・・・」

 俺はひとりごとのようにつぶやいた。、あいつはいぶかしげに俺を見上げていた。のどの奥から震えるように出てくる笑いが止まらなかった。

 生きてる色。

 俺にとって、赤色、血っていうのは痛みの象徴だった。

 だけど、この花の色は、少なくともあいつにとっては、俺の見ている血とは別の血の色、生きてる証としての色なんだ・・・

 あいつといるのが心地よい理由がわかった気がする。

 俺も座りこんで、あいつと同じようにその花に触れてみた。柔らかだった。

 それからあいつの方を向いて、

「きれいな花だな」

 そう言った。少し照れくさかった。

 あいつはいつものくしゃくしゃの笑顔を見せた。

「オレ、花になるよ」

 あいつはまた言った。

 俺も言った。

「俺は、お前が花になるの、待つよ。決めた、俺、“将来の夢”の欄に、花を待つ、って書くよ」

「怒られるぞ」

「お前もな」

 夕方の色の下、町外れの小さな原っぱで、血の通った花に、生きてる色に囲まれて、俺とあいつは笑っていた。

 夏が終わる頃のことだった。








 それから丸1年近く。町外れの、小さな原っぱ。俺はいつものようにそこに行った。

 彼女が死んでしまって以来、あいつがずっと立ち尽くしている、原っぱに。

 しかしそこには原っぱも、あいつの姿もなかった。

 代わりに白髪のおじいさんがひとり立っていた。

「これ、原っぱは・・・・・・」

 草も無い、花も無い、そこにあったのは、底無しに深い紺色のコンクリート。

 俺はおじいさんに近付いた。ぼさぼさの白髪で、猫背で、斜め下を見つめている。違う、おじいさんじゃない、

「晴吾・・・!」

「オレ、花に、」

 真っ白になった髪の間から、真っ黒な目を覗かせて、それをゆっくりと俺のほうに向けて、

「花に、・・・」

 あいつはついに立っていられなくなって、堅いコンクリートにばったりと倒れた。




 あいつは白い建物の中の、白い部屋の、白いベッドに横たわっていた。

 髪の毛は精神的なものだという風に聞かされた。

 俺が近付いて、晴吾、と呼んでも、何も答えなかった。

 俺は毎日あいつのところに行った。あいつはいつもそこに寝ていて、まぶたをゆっくり閉じたり開いたりして、見る度に痩せていった。

 そして毎日夕方になると、あいつはうわごとのように口を開いた。

「オレ、花になるよ・・・、花に・・・」

 窓からは、あの時の色、放課後に絵を描いていた時、花を見に行った時、花になる、花を待つと言い合った時、あの時と同じ色が晴吾を照らしていた。

 今はただ、髪の色が際立つだけだった。



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