表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花になる  作者: かせいち
1/3

1 花になる  2 空に帰る

(オレ、花になるよ!)

 そう言ってあいつは原っぱに消えた。

 季節は夏の終わり、真っ赤な色をした花が一面に咲く頃だった。



1. 花になる





 町外れの、小さな原っぱ。

 あいつはいつもそこに立って、ぼんやりと斜め下を見つめていた。

 俺が近付いて、晴吾、と呼ぶと、

「オレ、花になるよ・・・」

 真っ暗な目を俺に向けて、そうつぶやいた。

 そしていつまでもそこでぼんやりと立ち尽くしていた。

 俺は毎日、夕方になるとあいつのところへ行った。

 周りのノイズがうるさくて、気が狂いそうだったから。

―――あの人、恋人が自殺したせいで、おかしくなったんだって―――








 町外れの、小さな原っぱ。

 あいつはいつもそこに寝転んで、ぼんやりと空を眺めていた。

 俺が近付いて、晴吾、と呼ぶと、

「よう、アキイシ」

 振り返って笑った細目を俺に向けた。

 俺はあいつの隣に座った。あいつは相変わらず空を眺めているので、俺も上を向いた。

 季節は夏の始まりで、時間は夕方、頭の上にオレンジ色と紫色の雲がたくさん浮いている頃だった。

 俺とあいつは、しばらく何も言わずにそのままぼーっとしていた。

 俺はいつからか、毎日この原っぱに来てこうしているようになった。

 俺の周りには何も無くて、誰もいなくて、時々気が狂いそうになるから。

「アキイシ、」

 そしてバカみたいなことを言い合っていた。

「ゲーセンでも行こうぜ」

「俺、金無いよ」

「じゃ、ジュースおごってよ」

「だから、金無いって」

「おごってやろうか」

「いいよ、別に」

「あ、そういやオレも今、金無いや」

 あいつは楽しそうにけらけら笑った。

 またしばらく沈黙が続いて、

「今日、いつもより遅かったな」

 あいつが声のトーンを少し変えて言った。

「ん?」

「ここに来んのが。もう日が落ちそうだし」

「ああ、」

「何かあった?」

 あいつは空から俺に視線を移した。

「ちょっとな、進路のことで」

 俺は空を向いたまま答えた。

「何か、紙、配られただろ?進路調査みたいなの。“将来の夢”とか書くやつ。白紙で出したら、呼び出された。もうすぐ高校受験なんだから、何か書けって。休み明けるまでに考えて来いって。・・・それだけだよ」

 あいつはふぅん、と小さくうなったあと、急に何かひらめいたようににかっとして、

「そういう時はさ、“高校生”って書くんだよ」

「一生高校生でいる気かよ」

「はは」

 あいつは自分で言っておきながらおかしそうに笑った。

 笑いが治まってから、あいつは息を整えて、

「オレもこないだ、“将来の夢”のことで呼び出されたんだよ」

「お前も?マジでお嫁さんって書いた?」

「いやいや、まさか。オレはアキイシみたいに説教はなくて、すぐ帰されたけど。呆れられたみたいで」

「何だそれ。何て書いたんだよ」

 するとあいつはにぃーっと顔いっぱいに笑みを浮かべて、おもむろにむくりと起きあがった。後頭部の髪に草がくっついていた。

「アキイシ、オレな、花になる、って書いたんだ」

「・・・花?」

 何だって?花になる?そっちの方がまさかじゃないか・・・

 あいつは時々、そういうことを言う奴だった。そしてその時の顔は大抵、目が消えそうなくらい細くなって、顔中全部くしゃくしゃになって、笑っていたのだった。

「・・・この原っぱな、夏の終わりになると、すごいきれいな、真っ赤な花がたくさん咲くんだよ。それで、オレ、ここに連れて来て、一緒にその花見たい人がいてさ、それで、」

 あいつの顔が、西日に照らされているせいか、だんだん赤く見えてきた。

「だから、アキイシ!」

 いきなりがばっと立ち上がって、

「オレ、花になるよ!」

 思いきり叫んだ。

「オレは!隣にいるだけで、そこにあるだけで、幸せな気分になれるような、花になるよ!あの子の居場所になって、咲いて、花になってみせるよ!!」

 あいつは興奮して息を切らしていた。顔を真っ赤に紅潮させて、目にオレンジの夕陽を映して、きらきら笑っていた。小さい子供みたいだ、と思った。

「花か・・・」

 俺はその意味を理解した。

「いいんじゃないの、きれいだし」

「だろー?いいだろー?」

 あいつは照れたようににへへとよくわからない笑い方をした。やたら嬉しそうだ。俺は、あいつのこういうところが居心地よかった。

「そうだ、じゃあ、」

 俺も立ち上がって、

「じゃあ俺、お前が花になるとこ見といてやるよ」

「マジで!?」

 あいつははしゃいだ。

「オレ、絶対咲いてみせるよ!アキイシ見といてくれよ!いつか、花になるから!」

 あいつの声は、オレンジ色と紫色のでかい空にも、町の一角の狭い原っぱにも、高らかに響いていた。

 季節は夏の始まり、ちょうど今から1年前のことだった。









「オレ、花になるよ・・・」

 あいつは今でもそこに立っていた。

 町外れの小さな、コンクリートの上に。






2. 空に帰る


 僕の居場所はどこだろう  僕の帰るべき場所は


 ある朝探しに出かけたら  見晴らしのいい高いところに出た  遠い上に青いものがあった

 あれなら広いから  僕の居場所を分けてくれるかも知れない

 嬉しくてつい走り出した  上を向いたまま走り出した  突然地面が消えて宙に浮かんだ

 真っ逆さまの世界を僕は飛んでいた  周り全部青い世界 頭の上も青い世界

 よかった空に行けるんだ  やっと帰れる  僕の居場所

 逆さまの世界に笑顔で手を振って別れを告げて



 僕は今  空に帰る




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ