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天使の叫び  作者: 鯣 肴
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天使の叫び 第二章

 事態が起こり、次の日のこと。

 早朝。その国の王城にて。


 秘密裏に、王命が下される。

 老騎士と見(まが)うような、老年であるにも関わらず屈強そうな白髪の王が口を開く。

 王の後ろには一人、いや、一体の、白い布をまとった顔の見えない天使が控えている。


「あの化け物を秘密裏に討滅せよ。民に知れてはならない。これは禁忌。しかし、見過ごされることが確定した禁忌。これは咎であって、咎でない。精鋭兵軍に加え、近衛兵軍。手段は問わぬ。貴様らの生死は問わぬ。恩賞は無い。名誉もない。ただ、貴様らの自意識の中にのみ、その戦いは刻まれる。」


 王の覇気ある重々しい声に対して、兵士たちはびくりともしない。誰一人、王から視線をらすことなく、鋭い目つきで王を見ている。聞いている。そして、王の発言を否定せず、受け入れる。それが彼らなのだから。


「では、行け。」


 その号令とともに、兵士たちは行進を、行軍を始めた。精鋭兵軍の前指揮官が現在の近衛兵軍の指揮官であるため、兵士たちの統率に問題は無い。






 兵士たちがいなくなった王城。王一人の王城。王は後ろに立つ天使に言った。


「これで、良かったのだろうか……。」


 先ほどの覇気は微塵みじんも見られない。そこにあるのは、虚仮こけの外れた、王の実態。老いた王は、若い頃からずっと、こうだった。


 常に自身の行動の意味を考え、反省し、次を考える。必ず、決断は自らの意思で決める。そんな、王だった。


 情けない内面を一部の人や、この傍にいる天使に度々曝け出す、強がりな男。だが、だからこそ、彼には王の素質があり、彼は王となった。王権神授されたのだ。


 そのことを、兵たちは皆知っていた。だからこそ、彼らは王を信頼し、その命にじゅんじ、獣の天使討滅の行軍に出たのだ。


 王の問いかけに対し、天使は微笑みを浮かべるのみで、何も言わない。王は弱音を続けざまに吐く。


「兵は気づいている。この命令において、天によって保障されたのは、我の無罪のみ。兵一人一人、個人のものではない。彼らは、天使討滅によって、地獄に落ちる。あの、獣になり果てた天使に対峙させるのだ。あれでも神々しさは保持している。たとえ、天使に手をかけなくとも、対峙しただけで、彼らの9割、魂が砕かれるだろう。」


「貴方を慕う至高の兵である彼らは、そこまで弱くはありませんよ。」


 そう、慈悲の天使は王の話を遮るようにそう言った。


「残りの1割も、地獄行きは確定。」


 王は言い直さない。その言葉が気休めであることを知っているから。守護天使は守護しない。人を守護しない。人が人を守護する手助けはするが、人を守護するのは直接的には人でなくてはならない。王は言葉を続ける。


「運よく全滅せず、いや……、運悪く全滅せず目的を果たしたとしても、生きている間は呪いを纏うこととなる。あの獣を殺せれば最上。最上の結果であろうその場合ですら、彼らを貶めるには十分に足る。結局、彼らの滅びは避けられない。」


 王が言い直さない理由はそれだった。誰を派遣しようが変わらない。結局送った軍は破滅が確定している。


 だから。王は決断した。持てる最高の質の戦力を投入することを。目的を果たせなくては、全ては無為に終わるのだから。


 幸い、予備軍は残っていた。彼らを全て、常備軍に格上げし、当座を凌ぐという選択を王は採った。


 それでも人は足りない。城はもう、すっかり空になっていた。王とその家族だけしかそこにはいなかった。






 王は、最早どうしようもない事実を延々と吐く。吐き出す。それには事態を変えるという意味はない。唯、王の心の乱れを和らげるためだけの、自慰行為。


 人は弱い。王であろうとも。王権神授で王になった者であっても。それは変わらない。強くはない。だが、強がる。その心は、もろい。


 布を纏った天使はそれを取り払い、王の耳元で囁く。

 壮年の苦労人のような、天使らしからぬ容姿でありながら、しっかりと純白の白い翼を持つ天使が、囁く。

 "慈悲の天使"と称されたその国の守護天使は囁く。


「貴方は逆らうことは許されない。王権を神授した貴方は、私同様、神の僕なのですから。とはいえ、貴方は人。人である故、罪からは逃れられない。貴方に被さる罪は神の加護により無効にされます。そういった、神界の罪は。しかし、貴方の世界の、人界の罪。それは貴方は背負わなくてはならない。貴方は王。だから、余人より多く背負わなくてはならない。呪われし、堕とされし兵の一部は、必ず貴方に呪いを向ける。それは人の呪い。貴方は背負わなくてはならない。貴方自身の後悔も加え、背負わなくてはならない。そして、貴方の魂は、終わりに、砕け散る。消える。それが貴方の役目なのだから。貴方は、王という名の贄なのだから。」


 天使はいつものように長々しい説法を王にし終えたところで、その場から消えた。音も風も光も発することなく、何も最初から無かったかのように。


 すっかり夜になり、明かり一つなく暗闇に包まれた王座で、王は力なく俯いた。

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