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9-虜囚となって……

――どことも知れぬ場所

 俺は仄暗い部屋で目を覚ました。

 なんとも言えない、()えた匂いがする。

 ……ここは一体?

 俺が寝かされていたのは、木製の粗末なベッド。そして天井や床、壁は石で出来ている様だな。ふと右手に目をやると、鉄格子が目に入った。

 どうやらここは牢屋の様だな。それも、ずいぶん時代がかった。

 なぜこんな所に?

 ……ああ、そうか。俺はヤツに敗れ、捕まったってワケだ。

 異世界の牢屋、ねぇ。正直そんなところに入れられるハメになるとは、ついさっきまで想像もしてなかったぜ。さて、これからどうなる事やら……。

 処刑か? それとも労役か? どのみちロクなコトにはならんだろうな。

 まぁ、いいさ。先刻殺されかかったんだ。もうどうにでもなれ、さ。

 起き上がり、ベッドに腰掛ける。

 と、俺の耳がかすかな音を捉えた。

 ん? 足音? 看守か?

 それは次第に大きくなる。おそらくは、この部屋の前を通るだろう。

 そしてしばしのち、一人の男が姿を現した。そして俺の牢の前で立ち止まる。

 看守といえばいかつい男と想像していたが、若く華奢な青年だ。いや……おそらくは十代半ば。少年と言った方が良いな。おそらくは、だが。


「やあ、起きてたか」

「…………!」


 少年はにこやかに微笑んだ。

 俺は一瞬返答に詰まる。

 発せられたのが、あまりに場違いな言葉……それも日本語だったからである。あの女の様な“念話”ではない。


「おはようございます。いや、それともGood morning? あるいは……」


 少年は更に言葉を続ける。


「……おはよう。俺は一体どうなったんだ?」

「ああ、やっぱり日本人か。あなたも“転移”に巻き込まれたみたいだね」

「転移? そういえば、ここは異世界とかあの女が言っていたが……」

「うん。そうさ。ここは地球とはやや位相のずれた時空にある世界。昨晩、ちょうど転移の儀式を行っていたんだ。あなたは転移先のすぐ側に偶然いて、巻き込まれたのかもね」

「転移の儀式、か」


 あの女が言っていた儀式とやらの事か。


「うん。あなたと同じ様に転移に巻き込まれた人間を地球に送り返す儀式だったんだけどさ。どうやらちょっとしたアクシデントがあったらしいんだよね。普通ならありえない事が」

「ありえない事、とは?」

「巻き込まれた人が、こっちに来てしまう事だよ。……あ、そうだ。僕はダニエル・加地。あなたは?」

「御山敬吾だ」

「よろしく。とりあえず、敬吾サンが巻き込まれた状況を教えてもらえるとありがたいんだけど……その前に、ちょっと失礼」


 ダニエルと名乗った少年は、今来た道を戻っていった。



 しばしのち、ダニエルが戻ってくる。その手には、トレー。

 水差しとグラス。そしてスープやパン、サラダなどが乘っている。


「とりあえず、朝食。ああそうだ。あっちの穴がトイレ。手を洗うのは、そこの水桶。ちょっと臭いけど、しばらく我慢してもらえるとありがたい」

「……分かった」


 俺は牢屋の小窓越しに、トレーを受け取る。


「食べながらでいいから、話してくれるかな?」

「ああ」


 俺はコップに水を注ぎ、一息で飲み干した。

 そして、転移直前の情報をかいつまんで話す。



「……え〜っと、高校のそばの池、ね。確か桐花池だっけ?」

「ああ、そうだ」

「今回の送還の目的地がその学校の裏山だったんだ。少々離れてはいるけど、何らかの影響は受けたのかもしれない」

「……そういうものか」


 正直俺には何とも言えん。送還だの転移だの、初めて体験したわけだしな。


「すべて問題なく終わったとは聞いていたんだけどね。巻き込まれた人がいたのは想定外だった」


 ふむ。アクシデントでこっちに“呼ばれた”訳か。そのせいで不審者扱いとはね。


「なるほど。これから俺はどうなるんだ?」

「いずれ帰還の儀式をやって、敬吾サンを送り返すことになると思うんだけど……一つ問題があるんだ」

「ほう……問題、か」

「うん。送還のための“門”を開く必要があるんだ、でも現状、それをやるには現状だと新月か満月の夜じゃないと駄目みたいなんだよね。つまり、敬吾サンはあと約15日はこっちにいないといけない」

「なるほど。だが、贅沢は言えん」


 無理を言ってもどうにもならん事もあるからな。


「問題はそれじゃないんだ」

「と、いうと?」

「大人の事情ってヤツでね。送還が可能になるまでの間、敬吾サンを奴隷ってコトにしておかなきゃいけないみたいなんだよ」

「奴隷⁉︎」


 ……そうなるのか。まぁ、覚悟してなかった訳じゃない。が、リアルに宣告されると、精神的にくるものがあるな。


「ああ、大丈夫。ここの奴隷ってのは、そこまで非人道的みたいなモノじゃないから。地球で言えば……え〜っと、ハケンシャインみたいな感じかな?」

「派遣社員、ね。まさか異世界まで来てその言葉を聞くとは思わなかった」

「う〜ん、ちょっと違う? 正直言って小学生ぐらいまでしかあっちにいなかったから、その辺の事よく分からないんだ。ゴメン」

「なるほど」


 小学生が派遣の実情を把握してるのもナンだな。しかしこの少年は何者なのか?


「まぁいいや。その理由なんだけど……髭面のオッサン、覚えてる?」

「ああ。あの酔っ払いの……」


 建物内で遭遇した髭面の男か。


「そう、アレ。シェカールっていうんだけど、実はカデスって街の領主なんだよね」

「カデス? ここの街なのか?」

「いやここじゃなくて、ちょっと離れたところにある大きな街だよ。ちなみにここはエルズミスっていうんだ。で、あのオッサン、見かけによらず伯あたりの爵位持ちでさ。おかげでちょっと面倒なコトになってる」

「なるほど……」


 警備の責任問題とかか?


「あのオッサン自身は気にしてないみたいだけど、体面とかね。宴に狼藉者が乱入して、近隣の領主に危害を加えた、ってなるとね」

「それはそうかもしれんが……」


 だが俺は望んで狼藉者になったわけじゃないしな。こっちに転移したのも、この神殿の儀式のせいだしな。

 ……まぁ、理不尽な仕打ちには慣れてはいるが。


「だから、表向きは、ね」


 と、ダニエル。


「それならまだ良いか……」

「そう言ってくれるとありがたい。後で責任者の接見があるから、それまでしばらくここで我慢して欲しいんだ」

「分かった。……ところで、一ついいか?」

「何? 僕が答えられる範囲であれば、答えるけど」

「君は何者だ? 俺と同じ様に転移してきたみたいだが……」


 小学生ぐらいまで云々と言ってたな。


「ああ、失礼。僕は、9年ぐらい前に、飛行機ごとこっちに転移してきたんだ」

「飛行機ごと?」

「うん。太平洋のど真ん中あたりで旅客機が行方不明になったって話、むこうで報道されてなかった?」

「そういえば、そんな話も聞いたな」


 ODAか何かで、インフラ整備のために役人や業者を乗せて太平洋の島国に向かっていた航空機が行方不明になったんだっけか。


「この世界は、その辺りと“重なって”いるんだ。僕が乗った飛行機がこの世界を横切ろうとした時に、転移が起きてしまったのさ」

「なるほどな。そういう経緯でこっちに来る人間もいるのか」

「うん。そのあとの話は長くなるんで、いずれ。ああ、そうだ。これ、渡しとかないと。大事なモノなんでしょ?」

「……?」


 ダニエルはポケットから小さな袋を取り出した。


「コレ。敬吾サンの胸ポケットに入ってたものさ」

「ああ、そういえば……」


 思わず胸ポケットに手をやる。


「気付かなかった……」


 まさか、“お守り”を落としていたのか? 俺としたことが……


「武器とかもっていないか身体検査した時に見つけたらしい。妙な“力”を感じたそうだよ」


 “力”か。長年“お守り”にしていたモノだけあって、何らかの“力”が宿ったのだろうか?

 ……まぁいい。コイツが戻ってきたんだ。


「ああ、コレがないとな」


 俺はそれを受け取り、ポケットにしまった。

 コレがあれば、どんな逆境にも耐えられる。たとえ異世界で囚われの身になろうと……。

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