10-奴隷の証
――しばし後
俺はダニエルの案内で、宗教施設らしき建物の中を歩いていた。
彼の言によれば、ここは信仰の中心地である大神殿だとの事だ。
この地の主神である天空神アルジェダートと大地母神アゼリアとやらを祀る場所らしい。ちなみに俺が現れた池の中央にあった像が、女神アゼリアだそうな。
「さあ、着いたよ」
そう言って、ダニエルは扉をノック。
しばらくして返事があった。
「じゃあ、どうぞ」
ダニエルと共に、部屋に入る。
「……!」
20畳ほどの部屋の中央には、円形のテーブルがあり、数人が既にそれを囲んで座っていた。
そして、扉と正対する一番奥の席に座っていたのが、この地に来て初めて出会った栗色の髪の女だ。
その右隣には、身なりのいい中年の男。一見柔和な表情をしているが、その目は俺を射抜く様な鋭さだ。
さらに隣には、マントの様なものをまとった女。いや……魔法使いの様な、といった方がいいか? 一見若く見えるが……
そして栗色の髪の女を挟んで反対側には、ヤツの姿があった。
庭園でやりあった、あの男だ。
ヤツは俺を見ると、ニヤリと笑った。
いかつい顔なだけに、それは獲物を前にした肉食獣を思わせる。だが、その雰囲気から察するに、どうやら、友好的な笑みらしい。同志と会った的な。多分、不器用なヤツなんだろう。
ふと視線を感じ、壁際に目をやった。
と、二人の女がいた。
昨晩俺を追い回した赤毛と黒髪の二人だ。
赤毛は俺を睨みつけ……黒髪はニヤニヤ笑っている。
何なんだ一体……
「〜〜〜〜」
と、ダニエルがテーブルに座った連中に向かい、何やら言葉を発した。
そしてそれに、中年の男がうなずく。
「じゃあ、ここに座って」
ダニエルは目の前にある椅子を示した。そして彼は、俺の隣に座る。
やらかした男をこんな無防備な状態で置いておいて良いのか?
などと考えつつ席に座ろうとし……
違うな。
このテーブルにいる連中、皆かなりデキる。
昨晩やりあったヤツをはじめ、皆スキがない。壁際の二人はともかくとして、だが……。
一番わからんのが、このダニエルだ。一見無防備。しかし……。
「正面に座っているのが、姫巫女エルリアーナ。その右隣が、大司祭ローベルト。さらに右が、魔導師アイーシャ。そしてエルリアーナの左隣が、近衛部隊隊長ヴェルディーンだよ」
俺の思案をよそに、ダニエルがそれぞれの名を紹介した。
ふむ。ヴェルディーンはヤツの名だったか。それよりも……姫巫女、ね。おそらくエルリアーナとやらは、貴族の娘か何かなのだろうか? それに大神官やら近衛部隊とか、やはり近代以前の文化なのか? まぁ、魔導師なんてのがいるので、地球の概念に当てはめるべきかは分からんが。
「〜〜〜〜」
そしてダニエルは、ローベルトと呼ばれた男に何やら話しかける。
その言葉にうなずいたローベルトは、昨晩エルリアーナがやった様に口中で何やらつぶやき、手で何やら形を作った。
『“念話”』
頭に響く声。
ああ、昨日と同じか。こうやって言葉の通じない相手と意思疎通が出来るとは、ずいぶん便利なものだな。
『左様。これが魔法の力ですからな』
「なるほどな」
だが、言葉として発するつもりのない思考を読まれるのは、どうにかならんのか……
『それについては、慣れてもらうしかないですな。慣れてくれば、口に出そうとする言葉とそうでない思考を分離する事が出来ます』
「……仕方ないか」
まぁ、その方が変な事を企てていない証になるか。今の立場を考えると、その方が良い。
『申し訳ない。まずはあなたが何者なのかと、転移した状況などを教えていただきたい』
「了解した」
そして、俺は一通りの事情を説明した。
『ふむ……あちらも、なかなか面倒臭いことが多い様ですな』
ローベルトは思案げに顎を撫でた。
向こうとこちらとでは、文化や概念に隔たりがある。細かい部分はダニエルがフォローしてくれたおかげで、向こうもある程度理解してくれた様だ。
それにしても……『あちらも』、か。って事は、この世界にも面倒な事は多いって訳だな。理想郷なんてモンは存在しないのかもしれん。
『その様ですな。“神”が顕現するこの世界ですら、この有様ですし』
“神”、か……。あの泉にあった彫像の女神、アゼリア。そういった存在がこの世界に実在し、人間の前に姿を表すのか。
『ええ。昨日も、ですね』
「昨日⁉︎ 俺が転移した時にもいたのか⁉︎」
まさか、その神が俺の転移に関わっていたのだろうか?
『いや……それはまだはっきりとは。いずれ女神の啓示を仰がねばなりません』
「そういうものか……」
何ともあやふやな話だ。だが、今の俺にはどうすることもできん。
その後も事情聴取は続いた。そして約二時間後、ようやくそれは終りを告げる。
『申し訳ないが……帰還の準備が整うまでの間、これを着けていただきたい』
ローベルトが差し出したのは、革の首輪。
……奴隷の証か。こうして目の前に示されると、やはり精神的にくるものがあるな。まだブラック企業にこき使われている方が気は楽か? まぁ、その実態はともかくとして。
とりあえず、首輪をはめてみる。
……何とも情けない気分だが、致し方あるまい。
『……では、失礼して』
ローベルトが口中で何やら唱え、指先に光を灯す。そして俺の眼前で、空中に字、あるいは図形を描く。その有様は、ペンライトか何かで空中に絵を描いた写真を思わせる。
それは、燐光を放ちつつ、俺の首元……首輪へと吸い込まれていく。
『これで完了です。一応表向きは、エルズミス大神殿所属の奴隷、ということになるます』
そうか……。
『では、ケイゴどのの部屋を用意させていただいたので、今日はそちらで休まれるとよいでしょう』
「……了解した」
もやもやとした気持ちを抱え、立ち上がる。仕方がないこととは理解しているが……
「僕が案内するよ」
と、ダニエル。
「頼むよ」
「じゃあ、こっちへ」
俺はダニエルとともに、部屋を出た。
――廊下
「ところでこの首輪、どんな効果があるんだ? 何やら魔法をかけた様だが……」
ダニエルに尋ねる。
「ああ、それね……。ぶっちゃけあんまり効果はないよ」
意外な答えである。
「……どういう事だ?」
「せいぜい簡単に外れない様にするのと居場所がわかるぐらい、だね。あとは、“奴隷”だって事をアピールするぐらいかな?」
「そんなモノなのか?」
「ああ、敬吾サンは異界人だからね。運命律に干渉する魔法は、あまり効果がないんだ」
「異界人は、その運命律とやらの影響は受けないのか?」
「あまりね。そもそも運命律ってのは、この世界の住人を縛る糸の様なものさ。あらかじめ定められた運命に従い、人は生まれ、子を産み、死んでいく……。でも、異界から来た者にはそんなモノは関係ないからね」
「そうなのか……」
果たしてそれは、幸せなのか? いや、異界人の俺が気にする事ではないが……
「ああ、そうだ。昨日、逃げてる最中に魔法を喰らったでしょ? “麻痺”と“炎弾”、“雷撃”あたり。でも、それは敬吾サンにはそれほど効かなかった」
「そうだったな」
確かにそれっぽいモノは喰らった。まぁ、“雷撃”とやらは自爆したんだけどな。
「別にそれは、術者として未熟だからじゃないよ。異界人には効果が半減してしまうからね。まぁ……自爆したのは、アレだけど」
「なるほど。運命律はそういうコトにも関わってくるのか。だとすると……もし異界人がこの地に長期間滞在した場合、色々マズいことにはならないか? 運命律通りに動かない異分子が紛れ込むわけだしな」
「まぁ、確かにね。だから、世界を破滅に導くものとして、異界人を排除しようとかいう連中もいるし」
「やはりか」
「ああ、そいつらはこの辺りにいないから大丈夫だよ。それに、もう直ぐ昔の話になるよ」
「と、いうと?」
「昨日、運命を司る女神自らが、異界人排除を止めろと宣言したからね。いずれこの世界の住人は、これから自分の意思で運命を切り開かなきゃいけなくなるのさ」
「なるほど……」
昨日の時点で、この世界は一つの区切りを迎えた、という事か。そして、その後俺が転移してきた訳か。
偶然なのか? それとも……
――しばし後
「ここだよ」
ダニエルと俺は、昨晩ヤツ――ヴェルディーン――とやりあった庭に来ていた。
そこに面し、長屋を思わせる建物が並んでいた。ダニエルが言うには、神官達の宿舎であるらしい。
俺は、その一室に案内された。
扉を開ける。
と、腰までの高さにタイルが貼られた、白塗りの壁。そして、木を格子状に組んだ飾り気のない天井が目にはいった。ベッドは二つある。本来は二人用の部屋なのか。
ふむ……割と良い部屋じゃないか。
ところで……
「壁際に干してあるのは一体?」
白く長い布切れ。その片端からは紐が伸びている。褌か何かの様に見えるんだが……
「え? ああ……。多分、前の住人の忘れ物だよ、多分……」
ダニエルは慌ててそれを回収する。
まさか、ダニエルのじゃないよな?
「ああ、そうだ。着替えはそこのチェストにあるから、適当に着て」
「分かった」
それからここの宿舎についての幾らかの説明を受ける。
ちなみにさっきの褌を『使うか?』と問われたが、丁重に辞退しておいた。誰が使ったかわからんしな……
とはいえそのままチェストに投入するのはどうかと……。
そしてダニエルを見送った俺は、ベッドに腰掛け窓の外を見る。
そこには、地球と変わらぬ青空。
さて、これから俺は、どうなる事やら……
運命は自ら切り開くしかない、な。




