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11-束の間の平穏

――数日後 朝

 俺は箒で石畳の道を掃き清めている。

 ここは、エルズミス大神殿。その裏庭に面した寄宿舎前の通路だ。


「オハヨウゴザイマス」


 通りすがる神官たちに、片言の挨拶。なんとか覚えた現地の言葉――トゥラーン語というらしい――だ。

 日常的な会話についてはダニエルが発音と意味のメモを残してくれているので、ある程度の意思の疎通は可能だ。

 とはいえアイツの字はかなり汚いので、少々解読に手間取ったが……

 そんな俺に、彼等も挨拶を返してくれる。

 初日は睨まれたりした事もあったが、何とかここで受け入れてもらえている様だ。

 正直言って、ここ数年――いや、十年近くか――でも、こんなに穏やかな日々を過ごした事はない。

 “奴隷の平和”か……。文字通りだがな。

 まぁよかろう。いずれ俺は、向こうに帰される訳だ。あと十日余り、か。束の間の平穏を楽しませてもらおう。

 そして帰れば、か……

 それにしても、向こうはどうなっているんだろうな。三人を叩きのめされた挙句に俺を逃しちまった洪天会は面目を潰され、必死で俺を探しているだろうし。

 15日か……。

 その程度じゃ諦めてくれんだろうな。

 俺の方も、傷害あたりで指名手配されてるかもしれんしね。

 ふむ……

 いっその事、こっちで生きるという選択肢もあるか。

 ダニエルの様な転移者は、何人かこちらにとどまっている様だしな。

 しかしあいつの場合、時間が経ち過ぎていて帰れない、と言っていた。

 既に十年近くが経過。そして行方不明になった原因が飛行機事故である。そんなのがひょっこり戻ってきたら、向こうじゃ大騒ぎだろうな。

 それに比べたら、俺はまだ恵まれた状況だと言えるか。洪天会の連中さえいなけりゃな。

 とはいえ、戻って何をする? もう俺はリングに上がるのは出来ないだろう。せいぜい肉体労働で日銭を稼いで生きることぐらいか。

 そう考えると、こっちで暮らすのも悪くはなさそうだ。

 とはいうものの……この世界で俺の築き上げた格闘スキルは生かす機会があるんだろうか?

 ヴェルディーンだっけ? ヤツみたいな格闘家がいる世界だ、俺の生きる余地もあるだろう……多分。

 とりあえず、ここを守る衛兵として生きるか。

 それも選択肢の一つ、かもしれんな。

 にしても、ダニエルはどこに行ったのか。しばらく姿を見ていないんだがな……。



 とりあえず通路の掃除を済ますと、食事だ。

 宿舎に棟続きの食堂で、他の従者や奴隷たちと共に食事をとる。

 ちなみに神官たちは一足先に食べ終え、各々の仕事を始めていた。

 上位のものから食事を取るのはどの業界でも良くあることか。

 この神殿では、俺の他にも幾人もの奴隷が働いていた。巡礼者から献上された者。街で盗みを働いた者。中にはこの神殿に盗みに入った剛の者もいる。その事情はさまざまだ。

 まぁ、神殿の聖域に転移してきた挙句に暴れた様なのは俺だけだったが……。

 俺は彼等の雑談を聞きつつ、その隣で食事をとる。言葉の勉強にもなるしな。

 ここの食事は質素であるが、それなりに美味い。

 乳製品や鶏肉が多用されているのも正直言ってありがたいな。

 筋肉を作るのはタンパク質だ。ここじゃプロテインが手に入らないので、タンパク質が豊富なメニューはありがたい。

 精進料理みたいなのばかりだったらどうしようかと思ったぜ……。



――昼過ぎ

 食事後は、神殿内の清掃だ。

 巡礼者を横目に、床や壁を磨き、神像や絵画の埃を落とす。

 大神殿というだけに、とにかく広いし、彫像なども多い。

 丸一日かけての大仕事だ。

 まぁ、これもトレーニングの一環だと割り切っているが。

 マシンを使った単純なトレーニングだけでは鍛えにくいインナーマッスルを鍛え、怪我をしにくい身体を作る。

 そうするためには軽負荷や自重での運動が必要だ。こういった作業はそれに丁度いい。

 また彫像や家具を持ち上げるなどの作業もあるので、アウターマッスルも鍛えることができる。

 無論、見た目重視の筋トレとは程遠いが、実戦にはこちらの方が適しているだろう。

 ……さて、仕事にかかろうか。

 俺は持ち場に戻ろうとし……


「ん?」


 何やら騒ぎが起きていた。

 人だかりの中で、鎧兜姿の一団がなにやら神官達と押し問答している。

 どうしたものか。

 そこ、まだ終わってないんだよな……。まぁいい。そこ避けて掃除するか。

 俺は彼等の脇を通り抜けようとし……


「?」


 腕を掴まれた。

 振り返る。掴んでいたのは、転移直後に俺を追い回していた黒髪の侍女だ。確か、アスリとかいう名だったか。

 『何か用か?』と、声をかけようと、ダニエルのメモの内容を思い出す。

 と、彼女は俺の口を塞ぎつつ、首を振る。

 しゃべるな、という事か。

 そして俺の腕を引っ張っていく。

 な、何だよ一体……。

 仕方なく俺は彼女の後を追った。



――廊下の一角

 50メートルほど離れた場所で、ようやく俺は解放された。


「何があったんだ?」


 アスリに問う。


『……“念話”』


 あの呪文だ。


『あの連中は、アルセス聖堂騎士団。異界人排除を積極的に行ってきた連中よ』

「ああ、ダニエルが言っていた、異界人を敵視する連中か……。でも、なぜ連中がここへ?」

『先日アゼリア様が降臨されて、彼等を異端認定したのよ。だから、その抗議に来た訳。どうやら彼等は、異界人によるまやかしだの何だのとケチをつけてるみたいなの。だから、あの場にあなたがいるのは少々マズいのよね』

「なるほどな。でも、ヤツらに見分けがつくのか?」

『一応、出来るとは言ってるみたい。おそらくハッタリでしょうけどね。でも、万一のこともあるからね……』

「そうか、ありがとう。助かったよ」

『いえいえ、どういたしまして。なら……お礼とは言っては何だけど、ちょっと腕、触らせてもらえる?』

「ん? ああ……」


 その程度のことなら、お安い御用だが……


『ああ……鍛えられた筋肉っていいわよね〜。ヴェルディーン様のも素敵だけど、貴方のもなかなか。勇者様も鍛えられていて男前なんだけど、今一つ物足りないのよね〜』

「そ、そうか……」


 彼女は俺の腕を触りながらうっとりとしている。

 あそこでニヤニヤしていたのはそういう訳なのか⁉︎ ま、まぁ褒められて悪い気分ではないが……


『あの勝負、最高だったわ。途中からしか見られなかったけど、筋肉と筋肉のぶつかりあい、また見たいわ〜』

「お、おう……」


 俺の腕や胸を撫でながら、自分の世界に入ってやがる。

 正直、内心ドン退きである。

 ちなみにこの“念話”、ローベルト相手では思考が相手に漏れてしまうが、彼女クラスの術者なら、そういう事はない様だ。呪文の効きにくい異界人体質様様だ。

 ダニエルがいてくれるのが一番良いんだが、今は家へ帰っているとか。彼はエルズミスではなく、近郊のラクアという村に住んでいるそうだ。そこにも幾人かの転移者がいるとの話だが、一度行ってみたいものだな。

 にしても、アスリよ……。いい加減戻ってきれくれんかね。

 どうしたものか……

 と、向こうから赤毛の侍女が走ってきた。たしかあっちはエセンといったか。


「〜〜〜〜」


 怒鳴りながらアスリを一発小突く。


『痛っ! 何よ、もう……。あれ? エセンじゃない。どしたの?』

「〜〜〜〜」

『あ〜〜、分かったって! 仕事戻るからさ』


 どうやら持ち場を離れた事を咎められた様だ。


「気を使わせてすまなかったな。ありがとう。君は仕事に戻ってくれ。俺も頃合いを見て仕事に戻るよ」

『へへっ、どういたしまして〜。あっ、ちょっと、そんなに引っ張らないでよ! たった一小刻半そこらじゃない!』

「ああ。またな」


 俺は彼女を見送った。

 ん? 一小刻半? 一刻が約二時間、小刻がその十二分の一だから、15分か。今彼女といた時間、5分も経ってないよな。

 仕事サボってる時に俺を見つけたんだろうか……。

 まぁいいや。あの連中と接触しそうな場所を避けて掃除しよう……。



 そうして俺の1日は暮れていった。

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