はじめての街
「ん~ん~!天気が良くて気持ちいい!」
桜夜はそんなことを言いながら両手を上げ大きく伸びをした。
昨日セレスティアで元の世界に帰る方法を探す決意をした桜夜は、現在一昨日通った森の中の街道を戻り川に掛かる橋を渡るところであった。
「そうだね。雨だと通うのが辛いから晴れてよかった。気温も丁度良いし」
桜夜にそんな風に返答したのは隣を歩く褐色の美丈夫マーリンである。昨日の話し合い以来砕けた口調になり、桜夜も釣られ敬語を止めていた。
桜夜は当初マーリンを20代後半くらいだと思っていたが、本人に聞いてみると驚くことに200歳を超えているというのだ。
というのもマーリンは”ダークエルフ”という長寿な種族であり、ヒューマンの5倍近く生きるらしい。更に魔法を使えることもあり若く見えるのだとか。
その話を聞いた桜夜はマーリンの耳の長さと形にやっと納得したという。
なぜ桜夜たちが街道を歩いているかというと、この先にある”トーチ”という街に用事があるからである。マーリンは定期的に街に通って、教会で子ども達に魔法や勉強を教えているのだそうだ。
桜夜はマーリンに
「一緒に教われば良いんじゃないかな?他の人と一緒に練習すれば上達も早いし」
と勧められて付いて来たのである。今から自分が魔法を教わるのだと期待でウキウキしている。
そんな雑談をしながら更に1時間ほど歩いたところで遠くの方に町が見えてきた。
街の色が全体的に茶色っぽく木造やレンガ作りの家が主だということが分かる。大きさはマーリンいわく大きくも無く小さくも無い中規模の街で宿屋をはじめ武器屋・防具屋、冒険者ギルド、商業ギルドなど一通りの店、施設が整っているのだそうだ。
街の入り口に来たところで近くに立っていた軽鎧を身に着けている衛兵らしき2人の若い男に声をかけられる。
「「マーリン先生!おはようございます。」」
「おはようロラン、アラン。変わりは無いかな?」
「はい!時々魔物が街周辺に出ますがゴブリンやスライムで数も1、2匹で正直暇なくらいですよ。」
と若干ロランは詰まらなそうに答える。ごつい見た目と異なり子どもみたいな態度である。
「そうか。・・・でもロランいくら平和だといっても油断しすぎちゃ駄目だよ?何回も言っているが君達が街の護りの要なんだから」
とマーリンはちょっとお説教じみた口調で言う。
今度は隣の真面目そうなアランが口を開く
「はい。先生の教えを忘れずに気を引き締めて任務に付きます。・・・ところで先生隣の方はどちら様でしょうか?」
桜夜の方をに目線を向けながらアランがマーリンに問いかける。桜夜はいきなり自分に矛先を向けられて少しビクッとした。
「おお!そうだった。この子は今私の家で面倒を見ていてね。」
「サ、サクヤ・クドウと申します。よろしくお願いします。」
桜夜は若干噛みながらも笑顔で自己紹介する。
一瞬衛兵二人の顔が赤くなった気がしたが・・・気のせいであろうか?
「この子はまだ身分証をもっていなくてね。仮の身分証を発行してくれないか?」
「わ、わかりました」
アランは我に返りマーリンにそう返事すると入り口前の小屋らしきところへ走っていき1分もしないで戻ってきた。手にはカードのようなものを持っている。
「これが仮の身分証になります。銀貨1枚頂きますがよろしいですか?正式な身分証を発行後こちらに仮の身分証を返却していただければお返ししますので・・・」
「ああ、かまわないよ」
マーリンはそう返事すると懐から銀貨を1枚アランに手渡し、受け取ったカードを桜夜に渡した。
「たまには教会にも顔を見せに行くんだよ。神父やシスター達も喜ぶから」
「「了解です。」」
そして桜夜はセレスティアで初めての街に足を踏み入れた。
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マーリンに今の衛兵達とはどのような関係か聞いてみるとどうやら教え子らしい。孤児であった彼らはマーリンから魔法と知識、聖騎士であった神父から剣技を学び今は衛兵の仕事をしているそうだ。2人とも優秀らしい。
ちなみに先ほどアレン達に払った銀貨はセレスティアの貨幣であり、
貨幣の単位は”ウォレ”というそうだ。100ウォレ=銅貨100枚=銀貨1枚(日本円で1万円くらい)、1万ウォレ=銀貨100枚=金貨1枚(日本円で100万円くらい)という具合に価値が上がっていく。
ちなみに1000ウォレ(銀貨10枚)ほどあれば4人家族で節約しながらであれば1月は暮らせる。
それに比べると仮の証明書の発行に払った銀貨1枚は高すぎる気もするが、後で返却してくれるというのであれば良心的と言えるだろう。
最初に訪れたのは目的地である教会・・・ではなかった。目の前にあるのは赤茶色のレンガで出来た建物。入り口の前には花が植えられたプランターがありセンス良く並べられている。
(何かのお店かな?)
桜夜はそんな風に思っているとマーリンが店の中へ入っていったので慌てて追いかける。
チリン、チリン
呼び鈴を鳴らしながらドアを開けると、店の中には所狭しと大量の服とアクセサリーが並べられていた。元の世界で決してお洒落ではなかった桜夜であるが、そんな彼女でもセンスが良いと感じる物ばかりだ。
「いらっしゃいませ~・・・あらマーリンさんじゃないの」
店の奥から出てきたのはブロンドの長い髪の30代半ばくらいの女性。若草色のワンピースに茶色の皮のブーツといった服装が彼女の美貌を更に引きかけており、お洒落マダムという感じだ。しかし、残念なことに眼の下の隈が全てを台無しにしていた。
「久しぶりナタリア。また徹夜で服を作っていたのかい?」
「そうなのよ。昨日ベッドに入ったまでは良かったんだけど、アイディアが光臨してしまってね。どう?このワンピース素敵でしょ?落ち着いた色合いだから私みたいな年増でも似合うの、やっぱりこれからの時代若い子だけじゃなくてお母さん達もお洒落を楽しまなきゃ女が廃るってもんよ!・・・・・ちょっとその子何なのさ!」
ナタリアがマシンガントークを繰り広げていると今気づいたのか桜夜を指差す。桜夜はまたもビクッとしながら、
「・・・サクヤ・クドウです。よろしくお願いします。」
桜夜が挨拶するとナタリアが顔を輝かせ鼻息を荒げながらマーリンに問いかける
「は~、は~、ふふん、超可愛い子だねぇ・・・マーリンさんやっちゃって良いのかい?は~っ、は~っ」
「お手柔らかに頼む・・・と言いたいところだけど君には無理だよね。ただ条件がある・・・」
マーリンはナタリアに近づき耳元で何か囁いた。それを聞いたナタリアは驚いた顔をするも「おもしろい・・・」と口にし、再び桜夜に顔を向けた。・・・口角が異常に上がっている。
(何かヤバイッ!逃げなきゃ!)
本能的に危険を感じた桜夜であったが時既に遅く、ナタリアに腕を掴まれ店の奥に引きずり込まれていった。
(サクヤこれも試練です。頑張れ)
マーリンは心の中でエールを送るが桜夜に届くことはなかった。