後編
数日は私の部屋で、なぜか以前と変わらずアギ隊長に歌を歌っていたが
トレニアから苦情を受け、またアギ隊長の部屋で歌を歌う日々となった。
歌うと言っても、数時間歌い続けるわけではなく、1時間に数分ほど歌う軽いものだ。
最近はアギ隊長が眠るのを見ると、その後私も一緒に眠ってしまったりする。
日が昇る前にアギ隊長は目を覚まし、支度を始めた。
その音で私も目が覚めたがあまり直視しないよう、視線を動かす。
窓の外を見ると、東の空が緑色と紺色のまだら模様となっていた。
ここへ来た当初の空の色はひどく、昼間でも暗く紺と緑のまだら色をしていた空は、ここ最近は色が戻り。
晴れた昼はきれいな青色をしていた。
太陽が昇る前だから、空が暗いのは分かるが、緑色はおかしい。
もっとよく見ようと窓に近づくと、すぐ後ろからアギ隊長の声が聞こえた。
「何か見えるか?」
これは振り向くと近すぎる距離になるな、と思い。
どぎまぎしながら、そのままの状態で返事をする。
紺と緑のまだら色の空をした方角を指差す。
「空の色がおかしくないですか?」
私の指差したほうを、アギ隊長も確認したのだろう。
「・・ああ。まぁ、近いうちに何とかする。」
どうやら、すでに知っていたようだ。
「何とか?」
少し不安に思い振り向くと、やはりアギ隊長の顔が近くにきていた。
アギ隊長の大きな手が私の髪を数度なでる。
「何とかしてくる。」
朝の班と交代する前に、ラークスを見つけ、何が起こるのかを問いただした。
嫌な予感がしたのだ、あの人が無茶な行動を起こすのではないかと。
「魔族の軍隊が武装して一箇所に集まりつつあるそうだよ。
それを放って置くと、大変なことになるじゃないか。
もっと集まって、そのまま攻めてこられたら、被害は莫大なものになる。
だから、第3隊が突っ込んでいって、戦力を落としてこようって話だったね。」
「突っ込む・・。」
「大丈夫、ここには第4隊が残るから、心配ないよ。」
肩をぽんと叩かれ、ラークスは仕事に戻ったが、私はしばらくそこを動けなかった。
その日の夜、いつものように歌を歌い、アギ隊長の寝顔を眺める。
一緒に寝る気にもなれず、ずっと起きて、髪をなでていた。
もうすぐ、目を覚ます時間が来てしまう。
そうすると、彼は戦いに出て行くのだろう。
綺麗な銀髪をなでながら、整った顔を見る。
怖いけど、目が離せない人。
今回の戦いも、この人なら嬉々として出て行くのだろう。
本当なら行かないでと言いたいけど、そういう事を言っていられる状況ではないのはわかっている。
それなら、私ができることは。
「泣くな。」
アギ隊長はいつの間にか目を覚ましていて、私の目から落ちる涙を拭おうと手を伸ばしてきた。
その手を左手でつかみ、右手をつかって彼を抱きしめた。
「呪われて帰ってきてもいいから、死なないで。
死ななければ、私があなたを救うから。絶対に救うから。」
必死になっていったのに、胸に抱きこんだ彼は笑った。
少しむっとして、体を離してにらむと。
「すげえ。お前、最高だな。」
そういったかと思うと、体を起こし、顔をぐっと近づけてきた。
寸前でとめて、たずねて来る。
近い!
「キスなら、問題ないだろ?」
きっと私の顔はこれ以上無いぐらい真っ赤だろう。返事を返すことも、うなずく事もできない。
瞬きを一つすると。
アギ隊長が、噛み付くようにキスをしてきた。
どのぐらい経ったか分からない、長いキスの後。
「やばい。」
と言った。アギ隊長の言葉で終わった。
深い息をついた後、アギ隊長は支度をするべく着替え始めた。
私が余韻でボーっとしている間に、アギ隊長の支度は終わったらしい。
私のおでこに一つキスをした後
「行ってくる。」
といい、出て行った。
彼が帰ってくるまで、ほんの数日だったが。
戻ってくるまで、そわそわして落ち着かなくて。トレニアからは
「まるで、ネズミみたいね。」
とまで言われた。
第3隊が出発して5日後の昼。
当番であったため、聖堂で歌っていると、人のざわめきが聞こえてきた。
どうやら、第3隊が戻ってきたらしい。
嬉しくて、心配で、すぐに駆けていきたかったけど、今は仕事中だ。
我慢我慢。
そう思っていると、聖堂の扉が開き、騎士たちが入ってきた。
どうやら、呪いを浄化するために被害にあった人が連れてこられたようだ。
歌いながら、目当ての人物を探し出そうとするが、どこにもいない。
まさか・・と嫌な考えがよぎった、その時。
扉から開き、また新たな患者が運び込まれた。
その中に銀色の髪をした人、アギ隊長がいた。
その肩には呪いを受けていると思われる騎士の一人を肩に担ぎ運んでいた。
どうやら、アギ隊長は怪我や呪いは受けていない様子だ。
よかった。
本当によかった。
アギ隊長はキョロキョロと周りを見渡し、私のところで視線をとめると。
ふわりと笑った。
私も涙目で笑い返す。
と、アギ隊長はこちらへすたすたと向かってきた。
まさか。と思ったが、やはりそのままの勢いをとめることなく、私に抱きついてきた。
仲間はびっくりしていて、騎士の皆さんははやし立てて、とても恥ずかしかったけれど
戻ってきてくれた嬉しさが勝り、私も抱きしめ返した。
・・その後、キスまでされたのは納得がいかないけれど。
それから数日間は治療におわれ、休む暇も無かったが。
2週間も経てば、落ち着いてきた。
仕事が終わり、部屋へ戻っていると、途中でアギ隊長と出会う。
ちょうどいい。そういった彼は私に近づく。
「明日の午前中は一緒に町へ行こう。」
一枚の紙をこちらへ見せて
「休暇届を出してくる。」
私は昼の班なので、朝出かけても問題は無い。私がうなずくと。
髪をぐしゃぐしゃとされる。
「今日は明日に備えて、ゆっくり休めよ。」
と、いうことは、今日はアギ隊長の部屋に行かなくてもいいと言うことだ、よね。
少し寂しく思いながら、部屋へ戻り、明日のことを考えながら眠りに落ちた。
いつもは紺色のAラインの太ももまであるスカートに腰あたりを紐で縛っているだけのシンプルなものを着ているが
朝起きて、いつものようにいつもの紺色の服を着たとき
ふと、これはデートなのではないかと気づいてしまった。
そう思ってしまったら、着ていくものにも髪型にも色々気を使ってしまう。
かばんをあさり、たんすを開け、髪を縛る紐を捜したが、一向に納得できるものが出てこない。
都市から出てくるときに物をつめる時間は3時間、しかも限られたものしか持ってこれなかったため
お洒落なものなど何もここにはないのだ。
しかも、自分がデートなどするとは思っていなかったから、本当に何も無い。
半分泣きそうになりながらパニックに陥っていると、ドアを叩く音がした。
小さく返事をすると、アギ隊長が顔を出し。
散らかった部屋を見渡すと。
「大掃除でもしてたのか?」
と首をかしげた。
私が情けなくてベットに突っ伏して顔を隠すと
おなかに手を回し持ち上げられ、そのまま荷物のように肩へ担がれた。
「いくぞ。」
担がれながら、アギ隊長の姿を見ると、アギ隊長も普段着ているような姿だったので
まあ、いいか。と思えた。
塔の1階まで降りると、ストンとおろして貰え、少しよってしまった服のしわを伸ばし整えていると、右腕をとられ、そのまま歩き出した。
町を見渡しながら歩いていたが、思っていたよりお店がたくさんあった。
どうやら、ここから南にあるカッシア国と我が国であるレウィシア国との中継地点となっているようで。
荷物を運んでいる人の姿がよく見える。
周りを見ながら歩いていたため、アギ隊長が立ち止まったことに気づかず、つないだ手を引っ張って戻される。
そのまま、手をひっぱられ、周りに比べてお洒落な小さなお店へ入っていく。
チリンと小さな音が鳴ると、店の奥から背の低い丸めがねをかけたおじいさんが出てきた。
私たちが入ったお店はなんと宝石のお店で、中はどこもきらきら輝いていた。
「欲しい物があったら、言えよ。じいさん青色の石ってない?」
「あるよあるよ~。」
陽気なおじいさんらしく、鼻歌を歌いながら奥に戻る。
もしかして、私の目の色と合わせて何かプレゼントしてくれるのだろうか。
悪いなと思いながら、嬉しくなってしまう。
今度、私も何かプレゼントしてみよう。
「私、紫色が好きです。」
アギ隊長の瞳の色。
すると、アギ隊長はにやりと笑う。
「青は俺の。お前は紫だな。じいさん紫色も頼む。」
色々な青い石を布の上に並べて戻ってきたおじいさんはその言葉を聞くと
「はいはい~」
といってまた奥へ戻っていった。
お互いの瞳の色に一番近い色の石を選ぶと
おじいさんが、とりつけるのに1時間ほどかかるから少し待っててね~と言って奥へ戻っていった。
待っている1時間は外にでて近くのお店へ入り。朝食を済ませている間に終わった。
おじいさんが包んでくれた、小箱を受け取ると。
また手をひっぱられ、どこかへと早足で向かう。
行き着いた先は町の中央にある女神像の前。
向かい合って、アギ隊長が小箱を開けたとき指輪が見えた。
まさか、いや、え、まさか!
と心の中であせっていると。
アギ隊長が、私の指に紫色の石がついた指輪をはめて言った。
「結婚しよう。」
私の頭の中は真っ白だった。
返事をしない私に、アギ隊長はほんのり頬を染め、少しすねた顔をして。
「神様の前で結婚の報告をするもんなんだろ?」
私の顔も徐々に赤くなる。
「わ、私と・・?」
「他に誰が?」
顔を近づけてこられたので、ぎゅっと目を瞑る。
流されちゃだめだ!だって
「アギ隊長は・・・きっと、勘違いをされているだけだと思います。」
「はあ?」
目を瞑っているから分からないが、きっと怖い顔をしているのだろう。
目を閉じててよかった。
「あの時、私じゃない人があそこに通りかかっていたら・・きっとアギ隊長は私なんか見向きもしなかったと思います。」
言ってて泣きそうになる。
いままで思っていても、アギ隊長の傍にいることがいつの間にか好きになっていて。
彼が飽きるまでと思いつつ今まで過ごしてきた。
だって、私じゃなくてもあの状況なら誰でも助けるだろう。私が特別なことをしたわけじゃない。
だから。私にはアギ隊長に特別に好かれる要素なんて本当は何も無い。
目を見開き、アギ隊長の目を真正面から見る。
「勘違いしてはだめです!」
「お前が俺を救ったんだろ。」
目を開けたことを早々に後悔しました。
ものっ凄いにらまれてる。しかも真正面から真近で!怖い!!
「まさかお前も、勝手に救っておいて。直ったからって手を離すのがやり方か?」
先日、食堂で同じ仲間の聖術師であるラークスが下品な話をしていたが、その話を今持ち出すのですか!?
しかも同類扱い!
「違います!」
「なら問題なんか何も無い。俺を救ったのはお前で、あの時からそばにいたのもお前。これからも傍にいるのはお前だ。だろ?」
そういって、私を抱き寄せ、キスをしてきた。
軽いキスをして離れた彼は、もう一度尋ねてきたので。
泣きながら、首を縦に振った。
その後、少し泣いて落ち着いた私は彼の指に青色の石をはめた。
その青色の石をぼーっと見つめていると。
アギ隊長が、私の左手を取り。
「もうそろそろ、交代の時間だろ?楽しみは今夜か。」
にやりと笑ってこちらを見てくる。
「まさか・・それ目的じゃないですよね。この結婚。」
半目で疑って見ると。同じような目をして見つめ返してきた。
「ラークスは良いのに、お前は駄目ってのはおかしいよな。」
ああ、そうだった。
独身者であるラークスが大きい声で下品な話をしているとき、アギ隊長も参加していて
少し離れた位置でご飯を食べていた私に向かって冷ややかな目をしていた。
実は以前言った、聖術師は結婚するまでみだりに行為をしないという言葉。
あれは聖術師の理想の形であって、規則ではないのだ。
それでも、私の意志を尊重してくれた、アギ隊長。
もう、何もいえません。
平和とはいえない世界で、お互いに危ないことがいつ起こるか分からない状況だけど
一緒にいられる幸せを楽しみましょうか。
最後まで読んでくださって、有難うございます!