3-10 湯上がりの寄り道
「はぁ~、ちょっとのぼせちゃった~」
ナルは部屋の床に大の字で横になって言った
「気持ちよかったね~、後でもう一回入ろうよ~」
その横にミナも大の字で横になっていた
二人は浴衣を着て寝そべっていた
すると、お盆にコップを3つ乗せたリンが声をかける
「飲みなさい、温泉といえばこれですよ」
二人は上半身を起こしてリンからコップを受け取る
リンは自分の分も手に取り、お盆を置いてから言った
「フルーツ牛乳です。わたくし、好きなんですよ」
そう言ってリンも腰に手を置き、ごくごくと一気に飲み干した
それを見て二人も口をつけ、そのまま一気に飲み干した
ナルが目を輝かせた
「おいしい~、なにこれ?」
ミナもコップを見つめて言った
「喉乾いてたし、これ止まらないよ~」
二人の声が重なる
「おかわり!」
リンは少し笑って二人のコップを受け取り、お盆に戻す
「一杯だけにしておきなさい。お腹が痛くなりますよ」
「それに、しばらくしたら食事ですから」
そう言われて二人はおかわりを諦めた
ナルとミナはまた横になる
気持ちのよい風が部屋に入ってくる
そしてすぐに二人の寝息が聞こえてきた
リンは二人のお腹にそれぞれ小さな毛布を掛け、照明を消す
そして小さく呟いた
「子供みたいですね」
そう言ってリンは、背もたれの深い椅子に腰を下ろした
「なんだか……わたくしまで……気が抜けて……」
気がつけば、リンの寝息も加わっていた
コンコン……コンコン
ドアをノックする音がする
その音でリンは目を開ける
「眠ってしまったようですね」
そう言って立ち上がり、ノックの聞こえた扉を開ける
そこには部屋まで荷物を運んだ係員が立っていた
「リン様、お食事の準備が整っております」
「食事処までご案内いたします」
「わかりました、少し待っていてください」
そう言ってリンは扉を閉める
部屋の明かりをつけて、二人に声を掛けた
「ナル、ミナ、起きなさい。食事の時間ですよ」
二人は全くリンの声に反応しなかった
「世話が焼けますね」
リンがそう言うと、二人の背中の下で泡が膨らみ始める
ゆっくりと体を起こされるうちに二人は目を覚ました
ナルが眠そうに目をこすった
「あれ、なに~」
ミナもぼんやりと辺りを見回す
「寝ちゃってた~」
まだ眠そうな二人にリンは言った
「食事の時間ですよ」
それを聞いた瞬間、ナルのお腹の虫が大きく鳴った
グウゥ~
ミナがにやりと笑ってナルに言う
「なに? おなら?」
「ちがうでしょ! お腹が鳴ったの!」
「二人とも、目が覚めたなら行きますよ」
「案内係を待たせてあります」
リンは扉へ向かって歩き出す
二人は急いで立ち上がってリンに付いていく
すると、扉の前でリンの足が止まった
「その前に、服を正しなさい」
そう言われて、お互いの服を見る
かなり乱れていた
ナルが慌てて浴衣の前を直した
「おっといけない」
ミナも帯のあたりを押さえながら言った
「この服、はだけやすいよね」
二人が服を着直すのを待ってからリンは扉を開けて外に出る
リンが係員に声を掛けた
「待たせてごめんなさい」
「とんでもございません。どうぞこちらでございます」
三人は係員に案内されて歩く
やがて綺麗に整えられた庭が見えてくる
ナルが庭を見て声を弾ませた
「すごい、なんか綺麗だね」
ミナが指さす
「うん、あの木、なんであんなに丸いの?」
剪定された木は綺麗な円形に整えられていた
灯籠が置かれた長い廊下があり、その脇には小部屋に分かれた座敷が並んでいる
その奥にはひときわ広いお座敷があった
奥の座敷はなにやら騒がしい
どうやら宴会をやっているようだった
「こちらでございます」
係員はリンたちを、奥の座敷から最も離れた場所へ案内した
座敷は床が一段掘り下げられていて、足をそこに下ろして座れるようだった
三人が座ると係員は深々と頭を下げてから言った
「本日、第三軍の皆様もお泊まりになっております」
「少し煩わしいこともあるかもしれません」
「申し訳ございません」
「第三軍? ノアが来ているのですか?」
「はい、相手方には、リン様がお泊まりになっていることを伏せさせていただきます」
ノア・グレイ
組合にも出入りしている第三軍の長官で、イナクを軍へ勧誘した男だ
銀の長髪で顔立ちがよく、よく通る声をしている
イナクが所属しているのも、ノアが率いる第三軍だった
「奥で騒いでいたのはノア達ですか」
「さようです」
「分かりました。よく教えてくれましたね」
そう言って、リンはまたチップを係員に渡した
ナルがミナに耳打ちした
「チップを渡すと色々教えてくれるんだね」
ミナも小声で返す
「うん、だから渡してたんだね」
ナルが納得したように言う
「ってことはノアはチップくれないんだ」
ミナもうなずいた
「ノアはケチなんだね」
係員にも聞こえたようで、少しだけ口元が緩んだ
「では、お食事をお楽しみください」
「お庭が見えなくなりますが、戸を閉めておきますか?」
「ええ、お願いします。ノアとはあまり会いたくありませんから」
「かしこまりました」
係員は横に引く戸を閉め、部屋の中が見えないようにしてくれた
ナルが言った
「リンもノアのこと嫌いなの?」
「わたしも嫌い~、あいつがイナクを誘ったせいで軍に行っちゃったんだから」
「嫌いではありませんよ。好きでもありませんが」
ミナが言った
「それって嫌いよりひどくない?」
するとナルが思いついたように言う
「ねえ、なんか大勢で宴会やってたじゃん?」
「第三軍ってことは、ひょっとしてイナクがいたりして」
ミナが反応する
「いるかな? イナク」
「見に行ってみる?」
「それはやめてください」
「前にも言いましたが、あなた達と親しいことは、あまり知られない方がイナクさんのためです」
「わたしたちってバレなきゃいいってことだよね」
ミナはそう言って指を立てた
ミナとナルが光に包まれ、それが収まると
二人の髪型はボブヘアーになり
大きな眼鏡をかけ、顔立ちまで変わっている
二人は瓜二つの姿になり、髪の色だけがミナは黒、ナルは白だった
「これなら、バレないでしょ。見るだけだから」
「わーすごい、わたしの髪が白くなってる」
リンは大きなため息をついた
「あなた、そんなこともできたんですか」
「見るだけですよ。イナクさんがいてもいなくても、中を一目見たら戻るように」
「約束できますか?」
「うん」
「もしバレたら、イナクさんの身が危うくなることは肝に命じてください」
「それと……」
リンが指をかざすと水の砂時計が現れた
中では砂のかわりに水が落ちていた
「この水が全て落ちる前に戻ること」
「もし約束を破ったら、悪食の封印を解きます」
「そしてわたくしは、悪食の恋愛に協力します」
「二人にとって、今夜は思い出深い夜になるでしょうね」
ミナが即座に反応する
「なにそれ、酷い! やっぱやめる!」
「ちょっと見て帰るだけだから平気だよ」
「ほら、行くよ」
「ナル、絶対約束守ってよ! 絶対だからね」
「大丈夫だって」
二人は自分たちの座敷から出て、奥に向かった




