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6ー11 ユアンの世界

リンのスキル「操夢」


無防備な相手の精神へ干渉し、自由に夢を見せることができる


かつては、眠らせたナルを夢の世界で鍛えたこともあった


今回はユアンに酩酊作用のある薬を吸わせ、その意識へ潜り込んでいる


リンの意識が、ユアンの意識の中へ沈んでいく


ユアンの潜在意識の中にいる女性の幻を使い、彼を誘惑するためだ


ほんの些細な好意でもいい


その種を見つけ、相手との夢を見せれば十分だった


夢の中で選んだ行動もまた、その者が心の奥に隠した本音


リンにとっては、真意と呼べるものだった


夢の中で誘惑し続ければ、いずれ本性を晒すだろう


ユアンが真剣でも


本気でも


誠実でも


リンにとって、本当はどうでもよかった


悪い虫がミナを裏切るまで誘惑し、遠ざける


それがリンの出した結論だった


リンはユアンの意識の中にある記憶や気配を探った


まず、動物や昆虫が見えた


水路の音

ツバキの木

教会

楽器

楽譜


それらは驚くほど鮮明だった


次に、教会の司祭

楽士

写譜を頼みに来る男たち


彼らの顔も、はっきりと見える


リンは、誘惑に利用できそうな女性の記憶を探った


けれど、どの女性も顔だけが霧に包まれていた


街ですれ違った若い娘

教会で歌っていた少女

仕事を頼みに来た婦人

ユアンに好意を向けていたはずの女性たち


笑っているのか、泣いているのか


それさえ分からない


リンは眉をひそめた


「女性だけ……顔がありませんね」


ここはユアンの無意識の世界


彼が心の奥で見ている、世界の本当の姿だ


その中で、女性の顔だけが消えている


「妙ですね」

「これはどういうことでしょう」


さらに深く探ると、ひとりだけ鮮明な女性がいた


長い茶色の髪

透き通るような青い瞳

細く白い指

そして、少し寂しそうに笑う横顔


リンは小さく息をのむ


「この方だけは、顔が消えていない」

「どうも……期待していたものではなさそうですが」

「ここまで来ると興味がわきますね」


リンは、その女性にまつわる記憶を追った


記憶の中にいたのは


ユアンの姉だった


長い茶色の髪を揺らし、幼いユアンの隣に座っている


窓の外には、ツバキの木があった


庭いっぱいに、赤い花が咲いている


幼いユアンの目に、姉の顔とツバキの花が重なった


姉はユアンの小さな手を取り、鍵盤の上にそっと置かせる


「ここよ、ユアン」

「急がなくていいわ」

「あなたの音を、ちゃんと聞かせて」


幼いユアンが、ぎこちなく鍵盤を押した


小さく、少し濁った音が鳴る


それだけで、姉は花が咲いたように笑った


「上手」

「とても綺麗な音ね」


幼いユアンも、嬉しそうに笑っていた


姉はいつもそうだった


ユアンが何かを一つできるようになるたびに、自分のことのように喜んだ


ユアンの家は裕福だった


足の不自由なユアンの世話をする者など、いくらでも雇うことができた


両親も、それを望んでいた


姉には、姉の人生がある


弟の世話に縛られる必要はない


そう何度も言い聞かせていた


けれど姉は、いつも困ったように笑う


「わたしがそうしたいの」


そう言って、両親の言葉に聞く耳を持たなかった


むしろ、それまで以上にユアンを大切にした


車椅子を押し、庭へ連れ出し、本を読んでくれた


ピアノを教え、ユアンが落ち込めば何時間でも隣にいてくれた


姉は口癖のように言う


「ユアンのそばにいるのは、わたしの幸せなの」


幼いユアンは、その言葉が大好きだった


姉がそばにいてくれることが嬉しかった


姉が自分を見て笑ってくれることが、世界で一番安心できた


物心ついた頃から、ずっとそうだった


姉の手はいつも優しかった


姉の声はいつも穏やかだった


いつも、そばにいてくれた


ユアンは少しずつ大きくなった


姉は、その成長を心から喜んでくれた


ただ、成長したユアンは、姉の言葉をただ喜ぶだけの子供ではいられなくなった


姉には、王宮の音楽院に行く話があった


教会付きの演奏家として迎えられる話もあった


姉に心を寄せる幼馴染との結婚の話もあった


けれど姉は、そのすべてを選ばなかった


ある日、ユアンは広い屋敷の廊下で、父と母の声を聞いた


「音楽院から、また手紙が来ている」

「今ならまだ間に合うそうだ」


母も静かに続けた


「ユアンのことなら心配しなくていいわ」

「世話をする者は雇える」

「あなたが弟のために、自分の道を変える必要はないのよ」


ユアンは扉の向こうで息を殺した


姉は、少し困ったように笑って答えた


「変えてなんかいないわ」


その声は、あまりにもいつも通りで、穏やかだった


「わたしは、ユアンといるのが好きなの」

「ユアンにピアノを教えて、少しずつ弾けるようになって」

「その音を隣で聞いているのが、わたしは一番幸せなの」


父が眉をひそめる


「だが、お前にはお前の人生がある」


姉は迷わず首を振った


「これが、わたしの人生よ」


その言葉には、少しの迷いもなかった


「わたしは、ユアンのそばにいたいの」

「ユアンが笑うと、わたしも嬉しい」

「ユアンといられたら、わたしは世界で一番幸せになれるの」


扉の向こうで、ユアンは動けなくなった


嬉しいはずだった


姉が自分を選んでくれている


自分のそばにいることを幸せだと言ってくれている


それなのに、なぜか体の震えが止まらなかった


姉は嘘をついていない


無理をしているわけでもない


本当に、心からそう思ってくれている


だからこそ、ユアンは逃げ場を失った


姉が苦しんでいるなら、止められた


姉が我慢しているなら、自分のせいだと泣くこともできた


姉が後悔しているなら、離れる理由にできた


けれど姉は、本当にユアンといて幸せなのだ


多くの縁や未来を手放しても


姉は、それを犠牲だと思っていない


それが、ユアンには耐えられなくなっていった





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