9-3 偽りの共感
第九幕 終焉の序曲
三章 偽りの共感
広間の空気はまだ重く、怯えに濡れていた。だがそこに、スノウの存在が差し込むと、微かに空気が変化した。
白磁の肌に純白の髪、銀色の瞳を輝かせた天使は、静かに歩み寄る。その歩みは軽やかで、しかし底知れぬ威圧感を含んでいた。まるで、恐怖を抱えた者たちの心の奥底を見透かすかのように。
「……恐れていますね」
スノウの声は、優しげで、慈悲に満ちているかのようだった。
しかし、その奥に潜む思惑は甘やかな毒のように澄んでおり、誰も気づかぬまま心を揺さぶる。
ルビアが小さくうなずき、口を開いた。
「はい……王の前に立った瞬間、光を奪われ、力を失いました。あの瞳は……恐ろしすぎて、息もできぬほどでした」
「そう……よく耐えましたね」
スノウは柔らかに微笑み、ルビアの肩に手をかざす仕草さえ見せる。
その触れ方は温かく、しかし虚無のように冷たい。
怯える者たちは、少しずつ心を許し始める。自分たちの恐怖や屈辱を、彼は理解してくれる、と。
スノウはゆっくりと語りかける。
「あなたがたの痛み、悔しさ……すべて僕にはわかります。王に光を奪われた無力さ、誇りを砕かれた屈辱……それは決して小さなことではありません」
一族の者たちは息を飲んだ。
恐怖の渦中で、初めて自分たちの感情を正当だと認めてくれる存在を見たのだ。
「僕には、あなたがたが抱える怒りも恨みも、よくわかります」
スノウはさらに一歩前に出る。
その瞳は銀色に光り、微笑の影に潜む冷たさは誰にも見えない。
しかし、彼の声と表情は一族にとって救いの光のように映った。
「もし……もし望むなら、その恨みを力に変えることもできますよ」
その言葉が広間に落ちると、空気が震えた。
ルビアはわずかに身を乗り出し、息を詰める。
力を奪われた彼らにとって、恨みは唯一の栄光の種だった。
その種を耕してくれる者が現れたことに、心はざわめく。
スノウは静かに一族を見渡す。
怯えが怒りに変わり、怒りが欲望に変わる瞬間を待っていた。
心の奥で、スカーレットへの渇望が燻る。
自分の欲望を果たすためには、彼らの怯えも復讐心も、すべて利用する必要がある。
「あなたがたの力は、失われたかもしれません。けれど、僕が導けば、再び光を手にすることもできるのです」
ルビアの瞳が揺れる。
失われた光は戻らぬ現実を知りつつも、心の隙間に忍び込む甘い誘惑に揺れる。
スノウは心の中でほくそ笑む。
――恐怖と屈辱を抱えたまま、僕の言葉に耳を傾けている。
彼らの怯えと恨みは、僕の糧となり、スカーレットへの渇望を果たすための道具になる。
広間に漂う微かな光は、決して救いではない。
それは、甘く包み込む毒の光。
一族の心を巧みに縛り、絶望と欲望を同時に育てる。
ルビアは静かに頷いた。
その瞳の奥に、かつての誇りとは別の火が灯る。
怒り、悔しさ、そして渇望。スノウはその火を確かに見届けた。
――僕の計画は、順調に進んでいる。
怯え、屈辱、恨み、野望……すべて、この一族の手で暴れ出す日が来る。
そしてその果てに、スカーレットも僕のものになるのだ。




