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髑髏王と枇杷の姫  作者: べにいろたまご
第九幕 終焉の序曲
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9-2 闇に怯える

第九幕 終焉の序曲

二章 闇に怯える




「そう簡単にはいきませぬーーー大天使様」

 沸いた歓喜の声を割って、決起を否定する声が響いた。


 その一声に、枇杷の郷の大広間は急に静まり返り、重い沈黙が垂れ込める。

 燭台の火は小さく揺れ、壁に影を伸ばしながら、不安の気配をさらに増幅させていた。集まった一族の者たちは互いに視線を交わすが、そこに勇気や誇りの色はなく、ただ怯えと動揺だけが浮かんでいる。


 その中心に座していたのは、ジェイドの叔父にあたるルビアであった。かつては誇り高き長老の一人として一族を導いてきた男だが、いまはその面影を残していない。彼の額には深い皺が刻まれ、眼差しは怯えに曇っている。袖口から覗く手は小刻みに震え、時折、膝の上を掻きむしるように握られていた。


 理由は明白だった。

 過去に彼は髑髏王スカーレットの裁きを受け、光の魔法を無残にも奪われたのだ。あの時、鮮烈な赤に包まれた王の瞳を直視した瞬間、魂を焼かれるような絶望を味わった。以来、彼の胸には闇が巣食い、夜ごと悪夢に苛まれている。


「……あれは、人ではない。抗うなど、夢のまた夢だ」

 かすれた声でルビアは言い放ち、集まった者たちの胸をさらに締めつけた。


「……我らは、もはや王の影から逃れられぬのだ」

 絞り出すような声が広間に響き、皆の胸を締め付ける。


 彼の瞳には、かつての力の輝きはなく、ただ絶望の深淵が宿っていた。光を奪われたあの日、スカーレットの紅の瞳を直視した瞬間の感覚は、骨の髄に刻み込まれ、今も消えることはない。


「光を返してほしい」

「いっそ、命を絶たれたほうが楽だったかもしれぬ」


 呻きのような声が広間に広がり、怯えは伝染のように一族の心を支配していった。恐怖は怒りを伴い、そしてまた絶望に変わる。誰も抗えぬ現実に、皆は身を縮めるしかなかった。


 その時、広間の奥に、白磁の肌を持つひとりの存在が静かに佇んでいた。

 純白の髪が肩に流れ、銀色の瞳が揺らめく炎を映している。大天使スノウ――その姿はあまりにも美しく、しかし冷たい光を宿していた。


 僕は目を細め、広間の者たちを見渡す。

 怯える者たちの心の震えが、掌に触れることなく伝わってくる。嗤うべきか、慈しむべきか――いや、どちらでもない。これは僕の欲望のための糧だ。


 ――スカーレット。

 あの男の朱赤の髪、血のような瞳、そして闇を宿す魂。すべて、僕のものにしたい。手に入れずには済まない。


 僕の胸に渦巻く思いは熱く、そして冷たい。

 ジェイド――邪魔な影だ。あの女が傍にいるだけで、心の奥がざわつき、手のひらが疼く。排除しなければ、僕の願いは果たせない。


 僕は微笑み、声を潜めて広間に告げた。


「恐れているのですね……髑髏王を」


 ルビアの震える瞳が僕を捉え、他の者たちも視線を上げる。その瞬間、僕の内心で欲望がさらに熱を帯びた。

 僕は彼らの恐怖を、屈辱を、絶望を、すべて掌で弄ぶ。胸の奥で疼く衝動を、甘く囁きながら昂ぶらせる。


「僕は、あなたがたの味方です」

 静かに言葉を添える。慈悲深い声に見せながら、その実、僕の心は鮮烈な執着で満ちている。

 恐れ、怯え、そして抗えぬ絶望――それが、スカーレットを手にするための道を開く鍵となる。


 広間に漂う空気が微かに揺れ、怯えた者たちの瞳に一瞬の光が宿った。その隙間を縫い、僕の欲望はさらに深く広がっていく。


 ――もっと恐れろ、もっと震えろ。


 そしてその果てに、僕は彼を――スカーレットを、完全に僕のものにするのだ。

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