表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
髑髏王と枇杷の姫  作者: べにいろたまご
第四幕 稀代の奇術師
35/166

4-2 髑髏王の奇天烈な友人

第四幕 稀代の奇術師

 二章 髑髏王の奇天烈な友人




 翌朝、夜明けの光が城の高窓から差し込むと同時に、広間の扉が勢いよく開いた。


「ジェイド、おはよう! 眠り心地はどうだったかな?」


 陽気な声とともに姿を現したのは、昨夜の奇術師ブラッドリィだった。まるで夜の帳を払い落とすような明るさで、広間の空気を一瞬で塗り替えてしまう。


「ブラッドさん……! おはようございます。もう、いらしたのですね」


 朝食の用意を整えていたジェイドは驚き、手を止めて振り向いた。


「もちろんだよ。可憐なお姫さまとの約束を、破るような不義理はできないからね」


 軽やかな笑みを浮かべ、ブラッドリィはまるで舞台に飛び乗る役者のように歩み寄ると、テーブルの前にどっかりと腰を下ろした。そこは、スカーレットの隣の席だった。


「スカル、おはよう」


 気安く声をかけられても、スカーレットは視線を一度だけ投げると、何も返さずに食事を進めた。そんな無言の態度に、ブラッドリィはむしろ楽しそうに口角を上げる。


「まったく変わらないね、君は。……ジェイド、スカルのこんなところには慣れたかい?」


 ジェイドは少し困ったように微笑みながら答えた。


「はい。スカーレット様は口数が少ない方ですが……とても優しいお方ですから」


 その言葉に、ブラッドリィは大きく頷く。


「そうとも! 彼は昔からそうだ。不器用だけれど、心根は誰よりも柔らかいんだ」


 朗らかに断言しながらも、その瞳にはほんのわずかな懐かしさが宿る。だが、スカーレットは気づかぬふりをして黙々とパンを切り分けていた。


 朝食が終わると、ブラッドリィは唐突に立ち上がり、ジェイドに声をかけた。


「さて……ジェイド。君はいま、どんな魔法を使えるんだい?」


 問いかけに、ジェイドはうつむき、少し迷うように唇を動かした。


「……私は、魔力を使えません。ロウクワット一族の者は皆、光や風を操れるのに……私だけが。髪も瞳も翡翠色で、異端と呼ばれて……無能者として故郷を追われました」


 淡い告白。彼女の声は震えてはいなかったが、そこに積み重なった孤独は重く澄んでいた。


 ブラッドリィは眉を寄せ、深くため息を洩らした。


「なるほど……愚かだね、君の故郷の者たちは。形に囚われ、本質を見失っている。宝石を泥だと嘲るようなものさ」


 彼は一歩前へ進み、広間の中央に立った。


「目を逸らさず、よく見てごらん」


 右手を掲げた瞬間、その掌から眩い光が噴き出した。虹色の粒子が舞い散り、空気を震わせる。光は鳥となり、花弁となり、小鹿や蝶となって駆け巡る。


 その姿は写実的というより夢の中の幻影に近く、輪郭が淡く揺らいでは重なり、見る者の記憶に眠る「理想の形」を映し出す。広間の柱や天井までが淡く発光し、まるで城全体が舞台装置のように変貌していた。


「わあ……!」


 ジェイドの瞳が大きく見開かれる。彼女の髪の翡翠色が、光の海を映して淡く輝いていた。


「これは奇術だ」


 ブラッドリィの声は、不思議な響きを帯びて広間に届く。


「魔力を消費して発動する魔法とは違う。これは俺の魂そのものから生み出す術。誰も真似できず、誰にも縛れない。俺だけの、新しい魔法なんだ」


 花弁の幻がひとひら、ジェイドの肩に舞い落ちた。触れた途端、光は水面の波紋のように溶けて消える。


 ブラッドリィはジェイドを見つめ、静かに微笑んだ。


「君は無能者なんかじゃない。君の力はただ、周囲の者が理解できなかっただけだ。君の中には、まだ目覚めていない、とてつもなく美しい力が眠っている。俺には、それが見える」


 その言葉は、ジェイドの胸に深く響いた。これまで幾度となく浴びせられた「無能」という烙印が、初めて打ち消される。喉の奥が熱くなり、思わず言葉を失った。


「俺が教えてあげようか?」


 軽やかに告げながらも、その瞳には真摯な炎が宿っていた。


「君の魔力を呼び覚ます方法を。もちろん――スカルが許してくれるなら、だけどね」


 ブラッドリィの視線が、隣に座るスカーレットへと向けられる。


「……ブラッド。ジェイドに何を吹き込むつもりだ」


 静かな声。だがわずかな警戒が滲んでいた。


 ブラッドリィは肩をすくめ、にこやかに答える。


「心配はいらないさ。俺の奇術は教えられないし、真似もできない。けれど……彼女自身の魔力を見つける手助けならできる。彼女の本質を知れば、きっと世界の見え方が変わるだろう」


 真剣な響きに、スカーレットはしばし沈黙し、それから静かに頷いた。


 ジェイドは思わず息を呑む。スカーレットが認めてくれた――その事実が胸に温かな灯をともした。


「……ありがとうございます、ブラッドさん」


 小さく頭を下げると、ブラッドリィは満足げに笑った。


「どういたしまして。では、今日は顔合わせの前菜ってところだな。明日から本格的に始めよう。君の眠れる力を探す旅をね」


 そう言い残し、彼は軽やかに一礼し、広間を後にした。去り際に残された光の粒子が、ゆっくりと消えていく。


 静けさが戻った空間で、ジェイドは小さく息をついた。


「スカーレット様……ブラッドさんって、本当に不思議な方ですね。すごい方で、でも……優しい」


「ああ。彼は天才魔術師だ。そして…変な友人だ」


 スカーレットの口元に、淡い笑みがかすかに浮かぶ。


 ジェイドは胸に手を当てた。

 彼女を「認める」と言ってくれた人が、この城にまたひとり現れた。孤独に震えていた日々から遠ざかるように、この城が自分の居場所となりつつあることを、ジェイドは深く実感していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ