4-2 髑髏王の奇天烈な友人
第四幕 稀代の奇術師
二章 髑髏王の奇天烈な友人
翌朝、夜明けの光が城の高窓から差し込むと同時に、広間の扉が勢いよく開いた。
「ジェイド、おはよう! 眠り心地はどうだったかな?」
陽気な声とともに姿を現したのは、昨夜の奇術師ブラッドリィだった。まるで夜の帳を払い落とすような明るさで、広間の空気を一瞬で塗り替えてしまう。
「ブラッドさん……! おはようございます。もう、いらしたのですね」
朝食の用意を整えていたジェイドは驚き、手を止めて振り向いた。
「もちろんだよ。可憐なお姫さまとの約束を、破るような不義理はできないからね」
軽やかな笑みを浮かべ、ブラッドリィはまるで舞台に飛び乗る役者のように歩み寄ると、テーブルの前にどっかりと腰を下ろした。そこは、スカーレットの隣の席だった。
「スカル、おはよう」
気安く声をかけられても、スカーレットは視線を一度だけ投げると、何も返さずに食事を進めた。そんな無言の態度に、ブラッドリィはむしろ楽しそうに口角を上げる。
「まったく変わらないね、君は。……ジェイド、スカルのこんなところには慣れたかい?」
ジェイドは少し困ったように微笑みながら答えた。
「はい。スカーレット様は口数が少ない方ですが……とても優しいお方ですから」
その言葉に、ブラッドリィは大きく頷く。
「そうとも! 彼は昔からそうだ。不器用だけれど、心根は誰よりも柔らかいんだ」
朗らかに断言しながらも、その瞳にはほんのわずかな懐かしさが宿る。だが、スカーレットは気づかぬふりをして黙々とパンを切り分けていた。
朝食が終わると、ブラッドリィは唐突に立ち上がり、ジェイドに声をかけた。
「さて……ジェイド。君はいま、どんな魔法を使えるんだい?」
問いかけに、ジェイドはうつむき、少し迷うように唇を動かした。
「……私は、魔力を使えません。ロウクワット一族の者は皆、光や風を操れるのに……私だけが。髪も瞳も翡翠色で、異端と呼ばれて……無能者として故郷を追われました」
淡い告白。彼女の声は震えてはいなかったが、そこに積み重なった孤独は重く澄んでいた。
ブラッドリィは眉を寄せ、深くため息を洩らした。
「なるほど……愚かだね、君の故郷の者たちは。形に囚われ、本質を見失っている。宝石を泥だと嘲るようなものさ」
彼は一歩前へ進み、広間の中央に立った。
「目を逸らさず、よく見てごらん」
右手を掲げた瞬間、その掌から眩い光が噴き出した。虹色の粒子が舞い散り、空気を震わせる。光は鳥となり、花弁となり、小鹿や蝶となって駆け巡る。
その姿は写実的というより夢の中の幻影に近く、輪郭が淡く揺らいでは重なり、見る者の記憶に眠る「理想の形」を映し出す。広間の柱や天井までが淡く発光し、まるで城全体が舞台装置のように変貌していた。
「わあ……!」
ジェイドの瞳が大きく見開かれる。彼女の髪の翡翠色が、光の海を映して淡く輝いていた。
「これは奇術だ」
ブラッドリィの声は、不思議な響きを帯びて広間に届く。
「魔力を消費して発動する魔法とは違う。これは俺の魂そのものから生み出す術。誰も真似できず、誰にも縛れない。俺だけの、新しい魔法なんだ」
花弁の幻がひとひら、ジェイドの肩に舞い落ちた。触れた途端、光は水面の波紋のように溶けて消える。
ブラッドリィはジェイドを見つめ、静かに微笑んだ。
「君は無能者なんかじゃない。君の力はただ、周囲の者が理解できなかっただけだ。君の中には、まだ目覚めていない、とてつもなく美しい力が眠っている。俺には、それが見える」
その言葉は、ジェイドの胸に深く響いた。これまで幾度となく浴びせられた「無能」という烙印が、初めて打ち消される。喉の奥が熱くなり、思わず言葉を失った。
「俺が教えてあげようか?」
軽やかに告げながらも、その瞳には真摯な炎が宿っていた。
「君の魔力を呼び覚ます方法を。もちろん――スカルが許してくれるなら、だけどね」
ブラッドリィの視線が、隣に座るスカーレットへと向けられる。
「……ブラッド。ジェイドに何を吹き込むつもりだ」
静かな声。だがわずかな警戒が滲んでいた。
ブラッドリィは肩をすくめ、にこやかに答える。
「心配はいらないさ。俺の奇術は教えられないし、真似もできない。けれど……彼女自身の魔力を見つける手助けならできる。彼女の本質を知れば、きっと世界の見え方が変わるだろう」
真剣な響きに、スカーレットはしばし沈黙し、それから静かに頷いた。
ジェイドは思わず息を呑む。スカーレットが認めてくれた――その事実が胸に温かな灯をともした。
「……ありがとうございます、ブラッドさん」
小さく頭を下げると、ブラッドリィは満足げに笑った。
「どういたしまして。では、今日は顔合わせの前菜ってところだな。明日から本格的に始めよう。君の眠れる力を探す旅をね」
そう言い残し、彼は軽やかに一礼し、広間を後にした。去り際に残された光の粒子が、ゆっくりと消えていく。
静けさが戻った空間で、ジェイドは小さく息をついた。
「スカーレット様……ブラッドさんって、本当に不思議な方ですね。すごい方で、でも……優しい」
「ああ。彼は天才魔術師だ。そして…変な友人だ」
スカーレットの口元に、淡い笑みがかすかに浮かぶ。
ジェイドは胸に手を当てた。
彼女を「認める」と言ってくれた人が、この城にまたひとり現れた。孤独に震えていた日々から遠ざかるように、この城が自分の居場所となりつつあることを、ジェイドは深く実感していた。




