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髑髏王と枇杷の姫  作者: べにいろたまご
第一幕 髑髏の庭
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1-2 庭に迷い込んだ娘

 宵闇の城の門は、巨大な蔦に覆われ、まるで太古の遺跡のようにそびえ立っていた。城の主であるスカーレットは、彼の領域に足を踏み入れた侵入者に、一切の関心を示すことなく、いつものように静かに城の奥へと姿を消していった。


 森は、黒く枯れた木々が立ち並び、朽ちた落ち葉が足元に積もっている。その中を、一人の少女が、力なく倒れていた。少女は、美しい翡翠色の髪を乱し、薄汚れた衣服を身につけていた。その姿は、まるで迷子になった小鳥のようにか弱く、今にも消えてしまいそうだった。


 少女の連れのようについてきていた、小さな愛猫が、彼女の傍らに寄り添い、心配そうにその顔を舐めている。どれほどの時間、そうしていただろうか。少女の瞼がゆっくりと開いた。彼女の瞳は、彼の髪と同じ、深く美しい翡翠色をしていた。


「…ミィ、ごめんね。また、迷惑かけちゃった」


 少女は、愛猫にそう語りかけると、ゆっくりと体を起こした。泥に汚れた手で顔を拭うと、そこに現れたのは、美しくもどこか儚げな少女の顔だった。


「どこへ行けば、この旅は終わるのかしら…」


 少女は、途方に暮れたように呟いた。その時、彼女の耳に、微かな、しかし確かに響く声が届いた。


「…なぜ、まだそこにいる?」


 少女が顔を上げると、そこに立っていたのは、この世のものとは思えぬ美しさと不気味さを纏った青年だった。青白い肌に、燃えるような朱赤の長い髪、血の色のような赤い瞳。


 少女は、彼の姿に警戒を覚えたものの、その瞳の奥に、自分と同じ深い孤独を感じ取った。


「…あなたは、誰?」


 少女は、弱々しい声で青年へと問いかけた。彼女の瞳には、警戒の色とともに、深い悲しみが宿っていた。


「僕は、スカーレット・クロウ。この城の主だ」


 スカーレットは、そう言って、少女の瞳をまっすぐに見つめた。その声は、感情を一切含まない、ただの音の羅列のようだった。


「私はジェイド・ロウクワットと申します。旅の途中で道に迷ってしまい、この森に…」


 ジェイドの言葉を遮るように、スカーレットは冷たく言い放った。


「ここは、お前のような者が立ち入る場所ではない。すぐに立ち去れ」


 彼の言葉には、一切の感情がこもっていなかった。しかし、ジェイドは怯むことなく、スカーレットの瞳をまっすぐに見つめ返した。


「ですが、私は行く当てもなく、このままでは…」

「それはお前の事情だ。僕には関係ない」


 スカーレットは踵を返し、城へ戻ろうとする。彼の肩には、いつの間にか烏のレイブンが止まっていた。レイブンは、ジェイドを冷たい目で見下ろしている。


「おいおい、娘。この場所で生きていられるだけでも幸運だと思え。さっさとここを去るのが賢明だ」


 レイブンの言葉に、愛猫のミィが威嚇するようにミャアと鳴いた。ジェイドはミィを抱きしめ、再びスカーレットへと語りかける。


「お待ちください! どうか、一晩だけでも構いません。身を休める場所をお貸しいただけませんか?」


 スカーレットは立ち止まると、再びジェイドの方を向いた。その眼差しは、先ほどよりもさらに冷たく、拒絶の色を強めている。


「お前は、僕の言葉が理解できないのか? ここは、人間が足を踏み入れて良い場所ではない。すぐに立ち去れ」


 だが、ジェイドは諦めなかった。彼女は震える声で、しかしはっきりと告げた。


「…お断りいたします。私は、あなたに宿る孤独を感じます。そして、あなたと同じように、私自身も孤独です。だからこそ、この場所から離れるわけにはいきません」


 スカーレットは、その言葉に驚き、初めて表情に微かな動揺を浮かべた。彼の内に秘められた孤独を、この少女は一瞬で見抜いたというのか。


「何を、馬鹿なことを…」


 スカーレットは、ジェイドから視線を逸らした。彼の心は、永い時の中で凍りつき、感情という感情をすべて失ってしまっていたはずなのに、この少女の言葉が、その氷を微かに溶かそうとしている。


「どうか、お願いです。私を、この城に置いてください。決して、ご迷惑はおかけしません。あなたの孤独を、少しでも癒したいのです」


 ジェイドは、そう言って、スカーレットの前に跪いた。彼女の翡翠色の瞳には、強い意志と、彼への深い共感が宿っている。


 スカーレットは、その瞳に吸い込まれるように、ジェイドを見つめ続けた。そして、永い沈黙の後、彼は静かに、しかしはっきりと告げた。


「…好きにしろ。だが、僕の領域に踏み込むな。そして、決して、僕の心を揺さぶろうとするな」


 スカーレットはそう言い残し、背を向けた。城へと続く門は、音もなく閉じていく。ジェイドは、その門が完全に閉じるまで、深々と頭を下げていた。


 そして、ゆっくりと顔を上げると、彼女の瞳には、安堵と、決意の光が宿っていた。その足元で、愛猫のミィが、にゃあと一声鳴いた。


「ありがとう、ミィ。…ここが、私の居場所になる。そう信じているわ」


 ジェイドは、ミィを抱き上げると、城の門を見上げた。そこには、今、彼女の新しい人生が始まろうとしていた。


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