リーネと使用人達 その3
「リーネ様、皮剥きは薄くですよ。まあそれはそれで、美味しい肉厚マーマレードが出来そうですが」
ライラック達はまず、リーネに料理を教えた。
果物、野菜を洗い、皮剥き・切り揃え、炒め、焼く、煮る、蒸す、味付け、盛り付け、片付けなどを。
そして次はジャムを作り、それを瓶詰めを作らせた。
ガラス瓶はお湯で煮沸し、滅菌して長く保存出来るように。
時には庭師の作る、公爵家の果物を収穫する手伝いも。
皮剥き後の果物の皮は普通なら廃棄となる。
それを利用して食事の仕度がない時間に調理場を使い、侍女が一人付いてリーネにジャム作りを指導する。
そうして一人で出来上がった時には、手伝い時の賃金とは別にジャム代金をリーネに渡した。
「こんなに良いの? ここで作った物なのに」
「良いのですよ。お味はたいへん良いですし、皮は本来廃棄するものですしね。庭の果物は庭師のヒデ爺が鳥が漁って糞を避ける為に除去した 硬い果物ですし。食用には向かないですからね」
「そうなのね。ありがとう、ライラック。みんなもありがとう」
頬を染め満面に喜ぶリーネに、使用人達はキュンキュンした。
「か、可愛い。天使」
「ネルフィス様に似た超美人なのに、この親密度。まるで妹みたい!」
「何が妹よ、図々しい。どう見ても娘の年でしょ?」
「なっ、まあね。でも気分はお姉様なのよ。私はまだ未婚ですもの」
「うんまあ、それは分かるわ。お姉様って響き、良いわ」
「うっ、小さい手で(包丁を持てないので)ナイフを使ってよく頑張ったな。指にたくさん傷も作って、うっ、偉いぞ」
「ヒデ爺、分かるよ。俺も娘のことを考えたら、この境遇だったらって思うと、うっ、ぐすっ」
リーネの頑張りに多くの使用人が涙していた。
ダルサミレとナユタの専属侍女達は、獣を捌く血の臭いが服に付くとか、床の水でドレスの裾が汚れるなど言って、厨房には近づかない。
食事を運ぶのはダルナン側の侍女の仕事となっていた。と言うか、ダルサミレに胡麻ばかりすってネルフィスの悪口を言い、汚れ仕事をしないのだから、いない方が良いと思われている。
ナユタに近い侍女達は後妻や愛人狙いだった。
どちらも高位貴族の令嬢だが、どうしようもない女ばかりだ。
そんな訳で厨房は安全地帯だった。
◇◇◇
そんな感じでリーネは3才から厨房で煮炊きを学び、その後に洋裁、手の空いた侍女達が読み書きを教えた。
ネルフィスに知られると、使用人達に感謝し過ぎたりしてダルサミレに動きを悟られる為、ネルフィスにも内緒で。
その後もリーネだけでジャムを量産したり、ダルサミレの古着(1回しか着ていない物も多いが廃棄されたの物)をほどいて平民用の服を作り、ライラック経由で売却していた。
元の衣類が高いだけあって、質が良く長持ちすると評判になった。
その資金でリーネは日用品を購入し、母子の生活を僅かに支えた。自身で着る下着や靴なども、成長毎に密かに買い足し家計の補助を行っていたのだ。
ネルフィスは衣類の一枚も買うことはなかった。
そうまでしても二人の生活はカツカツだった。
ネルフィスの仕事量は、何も考えないダルサミレが押し付けまくり、尋常ではなかったのに。
良い格好しいのダルサミレは、ナユタの分も手伝うわと言って、それもネルフィスにやらせていた。
息子から感謝され、嫌いな嫁を虐げられ、ご満悦なダルサミレは最早貴族の矜持などなくしていた。
まるで悪鬼・羅刹のように。
◇◇◇
リーネがロマンドと出会ったのは、実は必然だった。
公爵家から離縁された後のネルフィスのその後は、ライラックには容易に想像がついたから。
いつも連れだってジャムを売りに行く商店への途中で、ロマンドの話を彼女に聞かせていた。そして彼ならば母を救ってくれるのではないかと、意識を誘導したのだ。
それで駄目なら、リーネごとネルフィスを遠方へ逃がす手筈だった。
そんなライラックの思惑は、良い方向に進んだのだ。
ちなみにダルサミレとダルナンの名前が似ているのは、この国の初代英雄王がダルタニアンの影響であり、ダルナンは心底嫌がっている。