覚醒
ダルトンは釜戸から溢れた何かが這ったような後を見た。
先程から横雨が降っていることもあり、ダルトンはいつもの雨の跡と少し違うと感じたが、木箱の中の人間が蘇ったという様子も無いので特に気に留めなかった。
一方、蒼太は無事宿についていた。
辺りはすっかり暗くなっており、夕食を取りに食卓へ行くと、今朝よりも大勢の人数が席に座っていた。
葬儀屋がいなくなったためだろう。
俺は早めに食事を済ませ、自室に向かった。
「今日で最後か...」
2泊目の今日を過ぎ、翌日の朝食を取ればもうこの宿からは出なければならないな。
しかし、明日からの予定は皆無だ。
安定して金を稼ぐ手立ても無いし、どうしたものか。
だがそんな事は明日考えればいいと、俺はすぐに眠りこけた。
翌朝目が覚めるとベッドの傍らに金髪の美少女が寝ていた。全身がぐっしょりと何かが染みた様に濡れていた。
「うわぁあああ!!誰!」
俺は驚いた勢いでベッドから飛び出た。
よく見るとそれは受付のあの娘だった。
名前は確か...『リッチ・ランデ』だ。
「あの〜リッチさん、なにか御用で...?」
しかしよく見るとリッチはいつもの装いと違い、ボロボロの麻布の様な物を纏っている。
肩を揺さぶって起こそうとするも、触れる指は奇妙な程に身体に沈み込み、離すとドロドロとした液体が糸を張った。
俺は寝間着から急いでクリーニングから返されたメイド服に着替えると、ドアを開けて階段を降りた。
受付にはリッチの父親がいた。
「ああ、どうもおはようございます。」
「おおおおはようございます!お父さん!」
「お父さん?」
「い、いえご主人、おたくの娘さんがどうも部屋を間違えたようで、私は娘さんには一切何も...」
「どうしたのパパ。」
受付の奥からリッチが現れた。
「え?あれ?なんで...」
俺は「失礼しましたッ!」と言って自室に戻った。
そこにはやはりリッチがいた。
「おい、お前何なんだ?」
再び俺が肩を揺するとリッチはゆっくりと目を開け、俺の目を見た。
すると彼女の金色の髪は黒く染まっていき、瞳の色も金に近い茶色から、見る見るうちに透き通って青くなった。
それは昨日、俺が送り出した棺の中の少女だった。
「え?お前、昨日の...」
「返...して...」
「え?」
「返し...て...」
まさか本当にあの雷で蘇生したというのか?
だが、それならばダルトンが俺にこの事を話さない訳が無いだろう。
それにこの粘つく体液とおぼつかない口調はなんだ?
彼女は俺の学生鞄を漁り出した。
「お、おい。」
中から何かを見つけると彼女は大事そうに胸に抱えた。
腕の隙間から恐る恐るそれを覗くと、それは俺が彼女の顔の傍らに供えた花だった。
瓶に透明の液体で保存されていたあの花だ。
「なんでそれがここに...それはお前の棺と一緒に燃やしただろ。」
そこで俺はハッと気づいた。
なんてことだ。
もしかして俺はあの時、スライムの瓶と、この花の瓶を間違えて棺に入れたんじゃないだろうか。
まさかこの目の前の少女は、燃やされた彼女たちの遺体を復元して1つの生命体となっているのか?
いや、いくらスライム薬とは言え、1つの生命体を作り出せる程の代物では無いはずだ。
あの瓶に詰められていたスライム薬は、あの量だけ生物の傷を治せる。
その程度の能力だったはずだ。
しかし、俺はそこで少し前の会話を思い出した。あのスライムを金貨と取引した『薬屋 エルテス』での会話だ。
確かあそこの店主はスライムには3種あると言っていた。
覚醒種、普通種、劣等種の3つだ。
『幹細胞的効果を見せる細胞』自体を増殖させることができるのが覚醒種であり、
それによって『幹細胞的効果を見せる細胞』である普通種が生まれ、
それが老いることで劣等種が生まれるという。
覚醒種は相当な低い確率でしか現れないというがそれがどうしてここに...
もしや!あの時の横雷がきっかけで!?
「これがその、覚醒したスライム...?」
俺が発した言葉を理解しているのか、していないのか、一輪の花を髪に刺した少女はこちらに向き直った。
「...んあ。」