絶対多数決
ここから話が一気に変わります。
正直、今までの話を見る必要も無いので、今までの話が面白くなった方は飛ばしてここから入っても構いません。
そして話は一気に数日後の物となる。
ベロアは不思議と俺に懐いており、何処かに勝手に飛び出していくことも無かったので、
俺たち2人はどうにか日銭を稼いだり、小規模な宿に泊まって北上をしていた。
アドリスよりも北、テイアーノという国に向かう為だ。
その国は横雨とは違うルールの存在する国であるらしい。
道中の立て看板にはこうあった。
『注意 この先、多数決の支配する国』
俺たちはその長い国境の狭間の宿にいた。
客は俺達を含め7名ほどしか泊まっていないらしく、あまり人気でも無さそうだ。
俺たちは宿の提供してくれた夕飯にありついていた。ベロアは器用にナイフとフォークを使って肉を切り分けている。ここ数日で食事の際は記憶が安定している傾向が強いとわかった。
「それで、金は手に入ったのか?」
「いいや、まだだ。だがもう少しの辛抱さ。」
見ると何やら不穏な会話をする2人がいた。
一方はオーク、もう一方は蛇の様な顔をした人間だった。
それを訝しんで見つめる1組の男女がいた。
どちらも金髪の普通の人間だった。
少し離れた席に蜘蛛の脚を背中に生やした女がいた。正に蜘蛛女だ...
この場にいる人間がどうやら客の全てらしい。
従業員は経営をする2人の夫婦と手伝いのその息子の3人だけだった。
つまり、この宿は俺たち2人を含め、全員で10人が滞在しているのだ。
「すみません!あの!」
その夫婦が突然大声を上げた。
「その、祖父の訃報を伝える手紙が来て...
すぐにダルトンファミリーの元へ行きたいのです。それで...」
「俺たちが留守番ってか?いいぜぇ?」
「いや、ちょっと待って!」
俺は思わず声を荒らげた。
「御家族が亡くなったのはお悔やみを申し上げますが、俺たちだけで留守番って...」
先程金の話をしていた2人を見て俺は思った。
必ずこの家が荒らされる。
「ええ、ですから大変申し訳ありませんが、契約を結ばせていただければと...」
「...契約?」
「あ〜あ。契約すんのかよクソ。」
「では、失礼して。」と夫婦は始めた。
「この家に於いて、盗みや荒らしを行なった者は警察に出頭していただき、必ず被害を全て補填するものとします。よろしいですか?」
「はいはい同意します。」
「拒否しま〜す。」
「同意します。」
「同意します。」
「同意します。」
「え、え?」
「ほら、早くしなよ。」
オークが俺を急かした。
「ど、同意します。」
「あう〜、どうい、します。」
「同意が6、拒否が1。
同意が多数の為、この契約は成立しました。
皆様、ありがとうございます。では。」
夫婦とその子は家を出てしまった。
今のは何だったのだ。
「あんちゃん、知らないで契約したらダメだなぁ〜」
オークが俺に声をかけた。
「ところで、俺金に困ってんだけどよ。
いっちょ賭けをしねぇか?」
「賭け?」
「契約。このコインを飛ばして表が出たらお前、裏が出たら俺が300ガレルを相手に支払うこととする。よろしいか。俺は同意する。」
「え、拒否します。」
俺は嫌な予感がして思わずそう言った。
「同意します。」
割り込んでそういったのは蛇男だった。
「同意2、拒否1。同意が多数なのでこの契約は成立した。」
「さぁ、いくぞ!」とオークは指の上のコインを弾いた。
回転するコインは直線を描いてそのままオークの手に吸い込まれた。
手の甲にコインを隠したオークは勿体ぶるようにゆっくりとその手を退けた。
そこには『表』の銅貨が浮かんでいた。
その瞬間、俺は鞄の中から財布を取り出し、チャックを開けて銀貨3枚、300ガレルをオークに手渡していた。
「え?なんだこれ。」
「ヒッヒッヒ!儲かったぜ!あんちゃん!
ほらよ!」
オークは蛇男に銀貨を1枚投げた。
その蛇男は言う。
「1/2の確率で負けたんだ。
恨みは無いはずだぜぇ?」
俺は何がなにやら分からなかったが、そうか。
そういうことか。
「災難でしたね。旅人さん。」
奥の席から声が聞こえた。金髪の男だ。
「この地域では、人間を強制する契約がある。それは絶対の多数決で決まるんだ。
『君とオークが賭けをする。』
その契約の同意が2つ、拒否が1つ。
だから強制的に賭けが発動したんだ。」
「そ、それなら助けてくれたって。」
と俺は金髪の男女と蜘蛛女を見た。
「ああ言うワルの復讐は怖いからね。
それこそ、命に関わる事件でも無いと僕は動かないよ。」
なるほど。まぁ、治安の悪い地域ではそれが正解だ。正義が正しい行いとは限らないのだ。
むしろ後から警告してくれたこの男は優しい方だろう。
「それに、僕もそのワルの1人だったりして。」
金髪の男は指を弾いて俺に何かを放った。
手に掴んだそれを見ると、それは銅貨だった。
しかし、すぐにその違和感に気づいた。
手のひらで転がせども転がせども、現れる面は『表』だけなのだ。
「ああ!そういうことか!クッソ〜!!」
そうか、この強制的な契約は『法』ではない。
人を正しく導く『法』では無く、ただただそこにある自然現象『ルール』なのだ。
悪意のある契約でも、イカサマのある賭けでも、多数決に巻き込まれた時点で強制される。
人間に都合よく出来てはいないのだ。
「あいつからくすねてやったよ。僕に使われても困るからね。ま、次から気をつけなよ。」
「あぁ、ありがとう。礼を言うよ。」
俺はピンッと受け取ったコインを弾いた。
「契約。このコインが表だった場合、俺はアンタに10ガレルを支払うこととする。
よろしいか。俺は同意する。」
「え、同意するよ。」
手の甲から現れたのは当然『表』の銅貨だった。
それを見た瞬間、俺は再び財布を引っ張り出し、1枚の銅貨、10ガレルをその男に放った。
「なるほど、こうやるのか。」
「はははっ!面白いね君!お駄賃のつもりかい?」
「別に、試したかっただけだよ。
アイツらに復讐してやる為にね。」
「はははは。陰ながら応援させてもらうよ。」
どうやらこの地域でも、何故か人に気に入られてしまったらしい。




