今後の目標
オットーの活躍により、〈ローカスト〉の群れは撃退された。
魔法学園の生徒や教師たちが王都へ帰還する一方、冒険者たちは後に残り、卵の一つですら残らないよう徹底的な捜索と掃討を行う。
その捜索の最中、オットーはリントヴルムの巣で体を休めていた。
目を覚ました彼の体調は、意外なほどに悪くない。
それもそのはず、リントヴルムがずっと回復魔法を使っていたのだ。
すぐにオットーは動き出した。
戦いの中で負った〈ライトフライヤー〉の傷を修復し、飛び立つ。
そして捜索の輪に加わり、空の上から徹底的な偵察を行った。
彼が加わったことで捜索は一気に進み、日が落ちる前にあらかた完了した。
そのあとで、冒険者たちは封印の跡地にあった大穴を囲む。
調査の結果、この穴は間違いなくダンジョンだと判明した。
ひとまずダンジョンを封鎖できるだけの戦力を置いた上で、冒険者たちはいったん街へと帰還した。
激しい戦いでみな疲労困憊している。今日中に攻略を行うことはできない。
そういう話になったのを見届けて、オットーもまた帰還した。
街へと戻った彼を、住民の大歓声が出迎える。
オットーの英雄的な大活躍は、既に街の人々へ広まっているのだ。
熱狂的なほどの人気が出ている。
(チヤホヤされたかったわけじゃないけど……まあ、悪い気分じゃないな)
人気が落ち着いてくれることを願いつつ、オットーは宿へ向かった。
「おお! オットーくん! ウチに泊まってくれるのかい!?」
「ええと、まあ」
「大歓迎だよ、君なら無料でいい! 街を救ってくれたんだ、それぐらいしなきゃな!」
「いや……宿代は払うよ。変に特別扱いされたくない。別に、活躍したのは僕だけじゃないしさ」
「な、なんと高潔なんだ! まさに英雄! 君のような男を追放するなんて、フランツの見る目の無さときたら……!」
あまり良くない流れを感じて、オットーが渋い顔をした。
人気が出すぎて、自由に空を飛んでいるだけでは済まなくなるかもしれない。
(拠点を移動しなきゃな……。さすがに、ダンジョン攻略にまで付き合う義理はないし。そもそもダンジョンの中じゃ僕は役に立たないよな、飛べないから)
オットーは宿の部屋にこもり、旅立つためのプランを考えた。
〈ライトフライヤー〉は比較的大きな機体だ。
翼から工具入れや生活用品、それと古いグライダーの〈リリエンタールⅡ〉を吊るしても、なんとか飛べる。
空気抵抗の少ない容器を作る必要はあるが、荷物を積んで旅に出れるはずだ。
(あ、でも……旅立つ前に、卵のことはリントヴルムと話さないとな)
リントヴルムは、あの卵をオットーに渡したつもりでいた。
産まれた子供の扱いについて改めて話し合っておく必要がある。
「こんなところか」
オットーは考え事を終えて、疲労でバキバキの体をベッドに横たえた。
一瞬のうちに眠りへ落ちる。
- - -
「やったな、少年!」
魔法使い風のローブに身を包んだ美女が、オットーのことを抱きしめた。
「君一人の力で負け戦を勝ちに変えたな! 私の〈セレスティアルウィング〉があるとはいえ、その若さであれだけの戦果を叩き出すとは大したものだ!」
「あ、ありがとう」
顔に柔らかいものが当たっていることに気づき、オットーが顔を赤らめた。
「しかも、私の手助けがあったとはいえ、ああもあっさり才能を覚醒させるとはな! なあ少年、〈大空の支配者〉として空を飛ぶのは気持ちよかっただろう!?」
顔の赤いオットーが、かくかく首を縦に振った。
「だろう! ……ああ、長かった! 何十と代を重ねた末に、ようやく私の後継者が生まれてきたな! 誰も真価を引き出せないまま、私の血と才能は絶えてしまうものかと思っていたよ!」
「い、息が……」
オットーの顔色が青くなっている。
彼は呼吸ができないぐらいに強く抱きしめられて密着していた。
「おっと失礼。つい興奮してしまった」
彼女は抱きしめる力を緩めた。それでも、まだ抱いたままだ。
「少年、おそらく君はもうすぐ旅立つのだろう?」
「うん、すぐにね」
「目的地のアテはあるか?」
「何も。とりあえず、観光名所でも巡ろうかと」
「なら、空島を探せ。そこに私の拠点がある。空の上にあるから、きっと荒らされていないはずだ。君の役に立つ物も残っているだろう」
空島。オットーは、空高くに浮かぶ島がある、という噂話を聞いたことがある。
確か、最後に目撃報告があったのは東のザラタ・ウルスという国だったはずだ。
「その空島は、どこに?」
「わからない。常に東から西へと世界を周り続けているからね。緯度を合わせて世界を一周すれば、きっとどこかの一点で発見できるはずだ」
「な、なんて大雑把な……」
「だが少年。空を飛べるのなら、世界一周にもそれほど時間はかからないぞ。私も何回かやった覚えがある」
……世界一周。スケールの大きな話だ。
オットーは目を輝かせた。
彼は空を愛している。周辺を飛び回っているだけでも満足だ。
だが同時に、まだ満足しきっていない。
もっと速く、もっと高く、もっと遠くへ。それが、彼の願いだ。
(……世界一周か。今の〈ライトフライヤー〉じゃ難しいけれど、いつかは……!)
飛行能力を鍛えていく上で、世界一周というのはちょうどいい大目標だ。
旅立ち、世界を巡りながら、彼女が拠点にしていたという空島を探す。
そして最終的に、世界一周を目指す。
そういうプランでいこう、とオットーは決めた。
「っていや、ちょっと待ってよ!?」
決めたあと、オットーは叫んだ。
「ここでの記憶は持ち越せないんだから、空島を探せって言われても探せないよ!?」
「そ、そうだったな」
彼女が頭を掻いた。
「まあ、きっと君なら興味を持つはずだ。心配はいらない」
「……確かに」
空に浮かぶ島の話を聞けば、きっとオットーは探索に向かうはずだ。
「ところで、”私の拠点”って言ってたけどさ。何ていうか前から思ってたけど、〈大空の支配者〉っていうか、普通に人間みたいな人格してるよね……?」
「私以外でまともに強い〈大空の支配者〉が居なかったから、おそらく始祖だった私の成分が強いのだろう。ま、細かいことは気にするな、少年」




