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覚醒


 戦線から遠く離れた、森の跡地の奥深く。

 封印が施されていた跡地の調査を任されているミーシャが、周囲を見分した。

 森の中心に、地下へと通じる大穴がある。


「これ、〈ダンジョン〉だね……」


 魔力の濃度が高い場所にはダンジョンの核が発生し、魔物が大量に自然発生する異常な空間が生まれることがある。

 封印の内側にダンジョンが生まれたことで、外界と隔絶されていたにも関わらず〈ローカスト〉たちは絶滅せずに生き延びたのかも、とミーシャは考えた。


「いや、違うのかな」


 彼女は死角に隠れて大穴を見張りつつ、もう一つの可能性を考える。

 ダンジョンから〈ローカスト〉が生まれている可能性がある。


「魔物なら、倒せば済むけれど……ダンジョンは、いくら倒しても次が湧く」


 だからこそ、封印が施されていたのではないか。

 〈ローカスト〉を産む、凶悪なダンジョンを封じるために。


「……もしダンジョンから生まれた魔物なら……自然の魔物と、性質が違う」


 普通の魔物は、生物に似た行動をする。命を守るために逃亡することもある。

 だがダンジョンから生まれた魔物は違う。

 追い詰められても絶対に逃げることはなく……むしろ、凶暴化する。


 凶暴化した魔物は、行動パターンが変わることが多い。

 そして、〈ローカスト〉は”(イナゴ)”に近い魔物である。

 ということは、追い詰められたとき、あの魔物たちは……。


「伝えなきゃ」


 重要な情報を入手したミーシャは馬にまたがり、冒険者たちの元へ向かった。



- - -



 主戦場では。

 オットーの活躍により戦闘が仕切り直され、いったんは戦況が改善していた。

 だが、長く維持することはできない。ずるずると戦線が後退していく。

 そして、ついに戦線が決壊した。

 自分の命を守ることを優先した貴族の生徒たちが、まとまって逃げ出したのだ。


 そこから雪崩のように逃亡者が増えていく。

 幸い、土魔法で野戦築城をして陣地を作っているので、逃げ込むべき先はあった。

 十分に時間を稼げば、陣地の中から応戦はできる。


 野戦を諦め、残っている人々も組織的な後退を開始する。

 殿に立ったのは〈ミノアス〉の面々だった。

 それと、フランツも最後尾に残っている。

 腐っても貴族だ。自分の領地を守る義務は果たしているらしい。


(……ここでしくじれば、ロングシュタットが滅びる! 僕も全力でいかなきゃ)


 彼は後退を援護するために、繰り返し〈セレスティアルウィング〉で魔物を薙ぎ払った。

 体の痛みと倦怠感を無視して、限界の向こう側まで魔力を酷使する。

 何度目かも分からない横断攻撃を終えて、彼はふらふらと上昇した。


(……あ)


 無尽蔵に見えた〈ローカスト〉の群れの、後端が見えた。

 今見えている範囲で、おそらく数千匹。物凄い数だ。

 だが、もはや〈ローカスト〉は無限に現れる終わりの見えない敵ではない。


(あれを倒しきれば……終わる!)


 ようやく見えた希望が、オットーの体に力をみなぎらせる。

 ぐるりと旋回して、戦場の左から右へ再び攻撃をかける。

 〈セレスティアルウィング〉を発動した瞬間、彼は全員の血管が焼け付くようなひどい痛みを覚えた。


「まだ……保ってくれ、僕の体……!」


 とうに限界のきている体で、なおも攻撃を行う。

 〈ローカスト〉がさらにその個体数を減らした。

 ……その瞬間、彼らの目が一斉に赤く輝いた。


(なんだ?)


 背中の甲殻を突き破り、〈ローカスト〉の群れが一斉に虫の翅を生やす。

 そして進軍を一斉に停止して、尻を地面にこすりつけるような動作をした。


(……出産?)


 まるで、自らの死期を悟ったような行動だった。

 いずれにせよ死ぬのならば、死ぬ前に卵を産んでおこう、というような。


「皆ーっ! あの魔物は、ダンジョンから産まれたやつだよーっ! 危険に晒された時、凶暴化するよーっ! もしかしたら、空を飛ぶかも!」


 森から馬に乗って駆けてきたミーシャが、そう大声で叫ぶ。

 凶暴化。つまり、命を捨ててでも相手を殺す行動に出た。

 そうすることでしか卵を守れない、と魔物たちは判断したのだ。


 〈ローカスト〉の赤く輝く瞳が、一斉にオットーを向いた。

 この場で最も脅威度の高い、殺すべき相手は、彼だ。


「……っ!?」


 〈ローカスト〉の群れが、一斉に空へと飛び立った。

 その跡地には、無数の卵……そして、どろどろとした内臓らしきものが残されている。


(なんだあれは!? ま、まさか、内臓を捨ててまで軽量化したのか!?)


 小さな虫ならともかく、巨大な魔物である〈ローカスト〉が空を飛ぶのは容易なことではない。

 おそらく〈ローカスト〉という魔物は、卵と内臓の大半を捨てた上で、持てる魔力の限りを注ぐことで、ようやく空を飛べるのだ。


 すさまじい羽音を立てて、高密度の黒い群と化した〈ローカスト〉が空をうねる。

 その大半がオットーめがけて殺到した。

 思わず〈セレスティアルウィング〉を発動し、彼は逃げる。

 ……そして、ついに魔力が尽きる。

 半透明の翼がかき消えて、一瞬、オットーの視界は真っ黒に塗りつぶされた。


「起きろ、少年! あと少しだ! あと少しで、何かを掴めるはずだ!」


 誰かの叱責を受けて、彼が目を覚ます。

 失神していた時間はほんのわずかだが、それでも地面が近い。

 ぎりぎりのところで引き起こし、彼は背後を見る。

 〈ローカスト〉の群体が作る黒柱が、ぐいぐいと迫ってくる。

 もはや体に魔力は残されていない。出来るのは、純粋な滑空飛行のみ。


 彼が死ねば、空飛ぶ〈ローカスト〉たちは冒険者や貴族へと向かう。

 いや……それで済むだろうか?

 万が一、ここを無視してロングシュタットに向かわれてしまえば、無抵抗な住民が虐殺されてしまうかもしれない。

 空を飛ぶ魔物は、地上を歩く魔物と危険度が段違いだ。

 きっと大勢の死者が出る。


(粘るんだ。やつらはもう命を捨ててる。僕が粘れば、勝手に死んでいく……)


 ぼうっ、とする思考に鞭を入れて、異常な眠気を振り払い、操縦桿を掴む。

 もう魔法は使えない。それがどうした?


(僕は……元々、魔法を使わず空を飛ぶのが目標だったんだ……!)


 魔法だけにこだわる必要はない。彼はずっと、それを示したかった。

 今こそ、オットー・ライトという男の人生を証明するべき時だ。


 ぎりぎりまで引きつけて、機体を百五十度近く傾け、地面めがけて操縦桿を引く。

 スライスバック。高度を犠牲に速度を稼ぎつつの急旋回で、飛びかかってくる〈ローカスト〉の初撃をかわす。

 まるで不定形の触手のごとく迫ってくる黒柱を、速度の乗ったバレルロールを繰り返してギリギリのところで振り払い、いまだ燃えている森の上空へと向かう。


(ここだ!)


 火災気流を使い、闘牛士(マタドール)のごとくひらりと急上昇で攻撃をかわす。

 同時に、この上昇気流から、激しい機動で失ったエネルギーを補充する。

 〈ローカスト〉たちの上昇は遅い。

 あの重い体では上昇気流の恩恵を受けにくい。


 それでも徐々に勢いを増した魔物の群が、上昇するオットーを狙う。

 彼は体を目一杯に揺らしながら、操縦桿を左に倒す。

 激しい錐揉み回転に入ったことで、〈ローカスト〉の攻撃はまた的を外した。

 意図的に片翼を失速させることで、わざと制御不能な失速状態へと入れたのだ。

 ……尋常ではない曲芸飛行であった。



 下でその様子を見ている人々が、あんぐりと口を開けてその様子を見守っていた。

 ひらりひらりと華麗に舞う彼の機動は、まるで魔法だ。

 ある意味で、それは魔法よりもずっと非現実的な光景だった。

 空を飛ぶことについて何を知らなくとも、異常だとすぐにわかる。


「見とれてるなよっ!」


 ミノアが叫ぶ。


「今のうちに、卵を焼くぞ! あいつの活躍を無駄にするな!」


 おおっ、と冒険者たちが、一部の貴族ですらも彼に勇気付けられ、叫ぶ。

 そのとき、後方に抜けた個体を追撃していたリントヴルムが戻ってきた。

 巨大な竜が卵を見つけ、炎の息を吐いて一気に焼き払う。


「……って、オレたちの仕事が無くなっちまったな」


 やるべきことが無くなったこともあり、陣地の中にいる人々は冒険者も貴族も分け隔てなく、みなオットーを見上げた。

 彼は鋭く降下して〈ローカスト〉を引き剥がしているところだ。

 やがて追いつかれると、最小限の緩やかな動きで攻撃をかわした。

 彼の空戦機動は、この戦いの中で急速に洗練されていた。


「風です! 風を作れる人は、上向きの気流を作ってあげてください!」


 カール・ロングがそう叫び、オットーの方向へと魔法を放った。

 兄の研究を近くで見ていた彼には、いくらか知識がある。

 上向きに風を放てば、きっとオットーが空を飛ぶ助けになるはずだ。


 オットーがカールを一瞥し、彼の作った上昇気流に乗る。

 急上昇。そこから下降して加速し、高速旋回。

 その機動が、空にゆるやかな円弧の雲を引いた。

 まるで優美な踊りのような、見るものを魅了する飛行だった。


 カール・ロングは、憧れの籠もった視線でオットーのことを見上げている。

 ……フランツ・ロングですら、いくらか魅了されてしまった気配があった。

 ロング家は風魔法の血筋だ。遠い先祖には〈大空の支配者〉も混ざっている。

 本来ならば、彼らもまた空に憧れを抱くであろう男なのだ。


 フランツの拳は、固く握られている。

 それは嫉妬や羨望であり、同時に追放という決断が失敗であったことへの後悔であり、ロング家の危機をもたらしているオットーへの激しい逆恨みであった。

 戦闘で負ったフランツの傷口が開き、どす黒い血液がぽたぽたと流れ出す。

 ぎりぎりと歯を鳴らすフランツは、自由に飛ぶ男のことを睨みつけた。


 このままいけば、フランツは追放の責任を問われる。家が潰される可能性は高い。あるいはオットーをロング家に連れ戻せたならば、自身の身は守れるか。

 そうでなければ……あるいは……。


「オットーという男がこの世に居なければ、何も問題は……」


 苦しい状況に押し潰されたフランツの精神から、狂気が染み出していく。



 一方。

 空を舞うオットーは、不思議な感覚を覚えていた。

 風が読めるのだ。

 それこそ魔力を感じ取るように、第六感じみた不思議な感覚が、自身の周囲を気ままに吹く風や、翼の翼端で渦を巻く風のことを教えてくれる。

 手に取るように状況が把握できた。


(……なんだろう?)


 高速で飛行しているというのに、まるで風が凪いでいるかのように感じられた。

 静かだ。自分自身が風と一体化したかのような。

 広い大空の中に、自分の四肢が溶け込んだかのような。

 まるで、空そのものが自分であるかのような……。


 大空を支配しているかのような、そういう気分だった。


(いい気分だ。……まさか、これが……才能(タレント)の覚醒ってやつなのか?)


 使い切ったはずの魔力が、急速に溢れてくる。

 いや違う。無意識に、空から魔力を引き出しているのだ。

 高速で飛行しながら、空間に漂う魔力を集めることによって。


「これが……〈大空の支配者〉の、真の使い方か……!」


 空間から魔力を集めることが出来る。

 飛行していなければ、空間から集められる魔力はごく微量だ。

 だが空を飛んでいれば、多くの空間を横切ることになる。

 塵も積もれば山となる、だ。


 速く飛べば飛ぶほど、多くの魔力を扱える。

 それが〈大空の支配者〉という才能(タレント)の、真の強みなのだ。

 今の彼には、それが分かる。何かを掴んだ確信があった。


「〈デフレクト〉!」


 オットーは風を強引に魔法で曲げて、無理やり鋭い旋回を行った。

 才能(タレント)の覚醒した影響で、そんな無茶をやろうとも制御は失わない。

 物理法則を無視した鋭角旋回で、オットーは〈ローカスト〉の群れに向き直る。


「〈セレスティアルウィング〉!」


 加速する。加速すればするほど、魔力が増大していく。

 増大した魔力を、更に魔法の翼へと注ぐ。

 甲高く、半透明の翼が唸った。

 魔力の結晶化した青い粒子が激しく翼から吹き出す。ぐんぐんと加速する。


「〈デフレクト〉!」


 翼を展開したまま、リントヴルムがやっていたように宙返りで反転する。

 魔法で風を操りながらの、機体を軋ませながらの激しい機動。

 翼が雲を引く。一瞬のうちに向き直る。

 〈ローカスト〉の群体に反応させる時間すら与えず、彼は突撃する。


「〈エアブラスター〉!」


 数発の石を投げて、彼は群れに穴を開ける。

 そして、穴の中に飛び込んだ。あまりにリスキーだ。

 〈セレスティアルウィング〉ならまだしも、それより小さい〈ライトフライヤー〉側の翼に当たってしまえば、墜落する危険がある。

 それでも、機体の翼には一切の攻撃を当てず、ただ魔法の翼だけで魔物を切り裂いていく神業の飛行で、一気に戦果を拡大させる。


「すさまじい……」


 近くまで飛んできたリントヴルムの言葉も、オットーの耳には入らない。

 彼は全神経をただ飛ぶことへ集中させていた。

 速く。もっと速く。そして同時に、一度飛んだ空間を避けながら。

 まだ空間に魔力があり引き出せる場所へと誘導しつつ、攻撃を繰り返す。


 〈ローカスト〉はS+級の魔物だ。その魔物を、彼は一方的に撃墜していく。

 ……直接的な脅威度ではなく、生態によって脅威度が跳ね上がっている魔物ではある。

 だとしてもトップクラスに危険な魔物の群だ。

 それを彼は、ついに一人で全滅させた。


 およそ尋常な人間の技ではない。

 もはや地上の冒険者も貴族も、等しく言葉を失っていた。


 敵が居なくなったことを確認したオットーが、その瞬間に気を失った。

 とうに限界を越えている。魔力を引き出せるようになったとはいえ、外から無理やり魔力を取り込むような行為は、体にものすごい負荷をかけるのだ。


 機体からベルトで吊られたまま落ちていく彼を、リントヴルムが受け止めた。

 竜の背に拾われて、オットーが安全な場所へと降ろされる。


「よく頑張ったな」


 満足気な顔で眠っている彼へ、リントヴルムが優しく言った。



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[良い点] すらすら読める洗練された文章、個性的なキャラクター達、主人公の向かう先が楽しみです。 [一言] イチオシレビューからきました、面白いので最新話までいっきに読みました、作者様の他の作品も読ま…
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