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開戦


 轟々と燃え上がる森が空を赤く染め上げる。

 終末的な光景の中を、無数の〈ローカスト〉が突き進む。

 森を食べているがゆえに、その速度は遅く、まだ炎の層までは到達していない。

 だが、いざ炎の層を突破してしまったならば、そこから街までは一瞬だ。


「あのローカストっていう魔物はな、単体はそこまで強くねえんだ。ま、最後に〈ローカスト〉が出たのなんて百年以上前だから、又聞きだけどな。実際どういう能力を持ってるのかは、戦ってみないとわからねえ」


 拠点に戻ったオットーは、ミノアから〈ローカスト〉の情報を聞いている。


「でも、集まるとヤベえのは確かだ。倒す以上の速度で増えちまう可能性すら……おっと、リアンたちが戻ってきたぜ」


 森への放火を終えた〈ミノアス〉の面々が戻ってきた。

 そこにカールも混ざっている。


「……カール?」


 いかにもな貴族だった彼が冒険者に混ざっているのは意外な事態だ。

 しかもなんだか、オットーを見つめる視線に敵意がない。


「に、兄さん。その……さっきは申し訳なかったです」

「え? 頭でも打った?」

「い、いや、その。色々と、視界が開けたというか」


 いきなり行儀の良くなった弟を、怪訝な目線でオットーが見つめている。

 ……カールはまだ若い。まだ十五歳のオットーよりも、さらに一歳若いのだ。


(あのクソオヤジと違って、まだ貴族至上主義みたいな考え方で凝り固まってなかったんだな。……ま、どうでもいいか。そのうち旅立つんだし)


 既に旅立ちを見据えているオットーにとって、実家の人間関係はどうでもいい。

 特に気にするでもなく、〈ローカスト〉の情報の続きを促した。


「やつらは無性生殖で爆発的に増える。無尽蔵な食欲で全てを食い尽くしながら次々と子供を生むから、進めば進むほど数が増えるんだ。噂や書物でしか情報はないが。奴らがこの場所に封印されていたのも、昔の人々が正道での殲滅は不可能だと悟って囮作戦を行った結果だろうな」


 〈ミノアス〉副リーダーのリアンが説明を受け継いで説明していく。


「やつらに進ませてはいけない。一匹を逃すだけでも大事だ。……だから、統制の取れた一斉攻撃でまとめて殲滅する必要があるんだが……」


 リアンは横目でちらりと学園の教師たちを見た。

 貴族や魔法至上主義の結果として、彼らは個人技を重視している。


「……おや。街の親玉のお出ましだ」


 手勢を引き連れて騎乗したフランツ・ロングが、ここに到着した。

 似たようなタイミングで、緊急招集された冒険者たちも集まってくる。


 フランツの指示で、土魔法を使えるものが地形を操作して野戦築城を開始した。

 瞬く間に四方を壁で囲まれた陣地が出来上がっていく。

 その作業が行われている間に、オットーはリントヴルムの背に乗って燃える森の奥へと偵察を行った。

 森を食い尽くしながら、徐々に蝗の波が迫ってくる。

 火事の煙が立ち込めた赤い空と相まって、終末的な光景である。


「もう数が増えてないか? なんて増殖速度だ。逃したら、本当に国が滅ぶな」

「うむ。封印されていたのも当然である。……せめて妻がここにいたなら、激しいブレスで一気に焼き払えたのだが……グスッ」

「まあ、頑張りなよ……ここで活躍すれば、奥さんも見直してくれるかもしれないし」

「まさか……」


 メソメソしているリントヴルムが〈ローカスト〉の上空を抜けて、さらに奥へと進む。

 彼が助けた貴族たちは魔物たちの目を逃れて無事に逃げていた。

 それを確認して、元の陣地に戻る。

 ……途中、何故か馬に乗った冒険者が内側の枯野に走っていくのが見えた。

 ミーシャだ。偵察や調査を行っている最中なのだろう。


 元の位置に戻ってみると、貴族たちと冒険者たちが森の外縁の近くに布陣している。

 配置は大きく分けて前列と後列に分かれていた。

 前には魔法学園の学生を中心とした貴族の小グループがばらばらと展開している。

 誰がどういう戦果を挙げたか確認できるような小規模の単位だ。


 一方、後方の冒険者たちは戦列を作り整列している。

 ……こちらの戦列にちらちらと混ざる魔法学園の制服は、おそらく魔法学園に少数だけ存在する平民の生徒だろう。

 彼らは最初から評価が低いので、個人の戦果にこだわる必要がない。


 冒険者たちの後方に、リントヴルムが手持ち無沙汰で佇んでいる。

 オットーはそこへ着地し、冒険者の指揮を取っているミノアへ偵察結果を報告した。


 その直後、ばきばきと木々が倒れていく音が聞こえてきた。

 真っ赤な煙の奥で一本、また一本と木が倒れていくのが見える。


 オットーは石を拾い集め、ベルガーから貰った防具の懐に入れた。

 〈エアブラスター〉で使うための弾だ。

 魔力を大量に使う〈セレスティアルウィング〉と違い、これは燃費がいい。

 長期戦が覚悟される以上、きっと役に立つはずだ。


「リントヴルム。僕たちは打ち漏らした敵を狙っていこう。僕は左翼側を主に見るから、リントヴルムは右翼側をお願いしてもいいかな」

「う、うむ。承った。出来るだけのことはやろう、喉の調子も戻ってきた」


 明らかに自信なさげな様子でリントヴルムが飛び立っていく。

 オットーも斜面を駆け下りて、ふわりと空に浮かび上がった。

 荒れた風に吹かれて左右に傾きながら高度を上げていく。


 激しく森林火災が起きていることで、周囲の気流は乱れている。

 火災で熱された空気が激しい上昇気流を生み出し、そこへめがけて四方から風が吹き込んでいるのだ。

 当然、風はそこかしこで渦を巻き、不安定に荒れ狂っている。

 〈セレスティアルウィング〉を節約しながら飛ぶのは難しい。


(キツいけど……魔力を消費しすぎれば、もっとキツくなる。頑張るしかないな)


 彼は飛行経験をフルに活かして、荒れた風の中を泳いだ。

 局所的な上昇気流に乗って舞い上がり、高度の形でエネルギーを溜め込む。


 そして、ついに森へ穴が開いた。

 そこへ前列の貴族たちが激しく魔法攻撃を加える。

 開戦だ。


 森に開いた小さな開口部へと、貴族たちは競うように魔法を叩き込んだ。

 自分こそが最強の魔法使いだとアピールするための効率を無視したオーバーキルだ。


 フランツ・ロングも、中央でその見栄の張り合いに参加していた。

 オットーの追放で下がった評判を、何とかして取り戻そうとしているのだ。

 だが風を操る〈鎌風術士〉である彼の魔法は目立たない真空の刃が主で、破壊力のある魔法を撃っても目立つことはない。


 時が経つにつれて、後続の〈ローカスト〉が森を食い尽くしながら進んでくることで、森の開口部が広がりながら増えていく。

 貴族だけでは手が足りなくなり、後列にいた冒険者が部隊を分けて端の敵に当たった。

 オットーも〈エアブラスター〉で石を放って援護射撃を加えていた。


 魔力の出力が上がったおかげで、攻撃の威力も増している。

 しかも〈ローカスト〉の群れが相手なら、急降下せずとも命中させることができた。

 次々と石を乱射して、かなりの火力を叩き出していく。


(……撃ち尽くした! 石がない!)


 彼はすぐさま、後列でまだ待機している冒険者たちの元へ向かった。

 集めるように頼んでおいた石を受け取り、すぐさま空へ舞い上がる。


「〈エアブラスター〉、〈エアブラスター〉、〈エアブラスター〉!」


 ろくに狙わない乱射が魔物の波に飲まれていく。

 効いているはずなのに、数が多すぎてその実感がない。

 上空にいるオットーからは、まだまだ無限に蠢いている後続の魔物が見えている。


 今や、人間と〈ローカスト〉の間にあった森はほぼ完全に消滅していた。

 遮るもののなくなった戦場を、恐怖を持たない虫が進む。

 貴族たちの魔法攻撃でも、戦列を組んだ冒険者たちの武器を駆使した応戦も、あまりに無情な数の力に吸い込まれていく。


 戦列が乱れてずるずる下がり、隙間から〈ローカスト〉が抜けはじめた。

 横から包囲することをせず、そのまま街の方角へ抜けていく。

 そうした個体を、オットーは一体づつ〈エアブラスター〉で仕留めていった。

 リントヴルムも同じように抜けた個体を狙っている。


(これは……そろそろやらなきゃ、戦列が保たないか!)


 乱れた戦列を立て直すために、冒険者と貴族が一斉に後退した。

 魔物と人間の間に隙間が出来た一瞬を見逃さず、オットーは攻撃の準備に入る。

 彼は高度を限界まで下げて、戦場を左から右へ横切る経路を取った。


 冒険者や貴族が〈ローカスト〉へ放つ魔法の、その更に下をくぐり抜けるほどの低さを飛び、〈セレスティアルウィング〉を展開して高速で戦場を横断する。

 飛び交う魔法と矢弾の真っ只中だ。


「〈デフレクト〉!」


 風を操って流れ弾の大半は逸らしたが、それでも機体にいくつも破片が当たる。

 まるで地面へと降り注ぐ雹のような騒音だった。


(防具がなければ即死だよ、こんなの……!)


 だが、リスクを取った価値はあった。

 輝く半透明の翼が地面を埋め尽くす〈ローカスト〉をまとめて薙ぎ払う。

 それほど多くのものを斬り裂いても、衝撃で飛行の姿勢が乱れることはない。

 大魔法の名に恥じない大戦果を上げて、攻撃を終えたオットーが空に舞い上がる。


(……ぐっ、頭が痛い……体がだるくなってきたけれど、まだ……!)


 オットーはさらにもう一度、往復で右から左へと魔物の波を薙ぎ払った。

 ワアアア、という歓声が冒険者たちから上がる。


 一方、貴族たちは意気消沈していた。

 手柄を持っていかれてしまったからだ。

 彼らの大半にとって、ロングシュタットの防衛などはどうでもいい些事だ。

 他人の領地などよりも、自らの評価が大事なのである。


 その大事な評価を、まるごと持っていかれてしまった。

 それも、あのオットーに。

 遊び呆けていたクズ才能の、追放されて平民になったオットーに。

 ショックを受けて当然の事態である。


 ちらり、とオットーはフランツの様子を見た。

 顔を真っ赤にしている。もはや、何をやっても彼の評判は取り戻せないだろう。


 オットーがまとめて〈ローカスト〉を殺したことで、時間の猶予が出来た。

 後方の〈ローカスト〉が死体を食いはじめたのだ。

 この時間を使い、冒険者も貴族も乱れた陣形を組み直した。


(……ん?)


 ミノアがフランツのところに走っていって、何かを訴えかけている。

 だが、顔を真赤にしたフランツは彼を怒鳴りつけた。


(……ミノアが出した戦いのプランをまた却下したな、クソオヤジ……)


 結局の所、フランツ・ロングも領地の安全より自分の手柄を優先していた。

 そのせいで冒険者達とオットーに余計な負担が掛かっている。


(いい加減にしろよ)


 結局、陣形は変わらないままで、再び戦火の火蓋が切られた。


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