49.鉄拳のスタンダード
お茶をごくりと飲み干して、フランティス殿下が皆を見渡した。普段は笑顔なことが多い殿下の表情がすっごく真剣で、状況はわかるんだけど……うわめっちゃイケメン、さすが王太子殿下なんて思ってしまったのは私だけの秘密にしておく。
「またそのうち、皆を集めてここでお茶を飲むか……もしくは父上と話し合うことになると思う。心しておいてくれ」
「はい、分かりました」
「お国の危機、ですものね」
殿下の言葉に私は素直に頷いて、エンジェラ様はほうとため息をつく。聖騎士たちは殿下と同じように顔を引き締めて、ぴしりとかかとを揃えた。ラハルトさんも頑張ってくれる、といいなあ。魔帝陛下がこっちに喧嘩売ってこなけりゃ大丈夫か。
「確かに危機なんですけど……危機を本当の危険にしないため、ですよね」
「そうですね。二国間で戦争にでもなれば、互いに莫大な被害が出ますから」
「その前にどちらも、面倒事を片付けないといけないですね」
エイクがぼそっと呟いたセリフにラハルトさんと、そしてゲルダさんが続く。ああ、大丈夫っぽい。
魔帝陛下がこちらと同じように戦争回避に動くなら、当然ラハルトさんだってそのように動く。つまりあちらからセイブラン残党やらそのつながりの情報があれば持ち込んでもらえるだろう……そのかわり、こちらにスヴァルシャの情報があれば向こうに持っていくはずだ。
持ちつ持たれつ、ってこういうことだよね。殿下がそこら辺、分かっててやってるんだったらすごいけど、さて。
「……さて。エンジェラ、キャルン、仲良くやってるかい?」
「はい?」
って殿下、なんでいきなりこっちに話を持ってくるんですか、しかも今までの話と関係なくない?
「いや、二人の仲を裂こうとするのもやってきそうじゃないか、彼ら。その前に一応、確認しておきたいなって」
にこにこ笑顔に戻ってその発言は、ちょっと。
でも、『のはける』本編準拠なら私とエンジェラ様は仲が良くない……というか、男寝取った女と寝取られた女だしなあ。そしてああなったら、少なくとも王国と帝国は戦争になる。冗談じゃねえわ、と思いつつひとまずフランティス殿下に答えよう。無難に。
「エンジェラ様には、すごくお世話になっております」
「ええ、わたくしもキャルン様をお世話しておりますわ」
私が選んだ言葉が無難なはずなのに、なんでエンジェラ様の言葉はびみょーに無難じゃない方向に行きますかねえ! まあ後ろ盾になってもらってる立場だし、お世話してもらってるのはありがたいけど!
「キャルン様って、可愛らしいんですもの。年齢はさほど変わりませんけれど、まるで妹のように思えて」
「うん。エンジェラの妹なら、僕にも妹だね」
「あうっ」
そしてすっかり夫婦漫才になっている二人の言葉にノックアウトされかけた。ああもう『のはける』キャルン、お前は外道だ。なんでこの二人引き裂いた! 私はやらんぞそんなこと!
「わたくしだけでなくコートニア様も、お言葉は厳しいのですがキャルン様を指導なさってますし」
「ああ、はい。助かっています」
ここにはいないコートニア様の話も、エンジェラ様が振ってくれた。厳しいというか、あれツンデレだよね。この世界にツンデレなんて概念なさそうなんで、口には出さないけど。
「へえ……彼女のことだから、キャルンが失礼なことをしてしまうと自分にまで迷惑がかかるのが嫌だとか何とか言ってそうだけど」
「そんな感じです。よくご存知ですね」
「何だかんだで、付き合い長いからね。母上と近しい間柄なんで、昔からよく会ってたんだよ」
そう言えば王妃殿下の親戚でしたっけ、コートニア様。侯爵家の娘でもあるし、王太子であるフランティス殿下と顔を合わせる機会は多いだろうな。平民生まれの私とはえらい違いだ……そういう世界だから別にいいけど。
「ピュティナ様もこの前、ガラティア様のところに赴かれたのですよね?」
「セイブランがやらかしたんで、本家の娘としてお詫びに来た、みたいなことおっしゃってました」
「それは、キャルンのことが心配だったんじゃないかな。ピュティナ自身なら殴り倒せるけど、君はそうも行かないだろう?」
「失礼ながら、基準を間違えておいでです。殿下」
ピュティナ様のことが出てきたのはいいし、心配してもらってたのならありがたい。そしてゲルダさん、ツッコミ入れるの大変だなあ。確かに、聖女の戦闘能力をピュティナ様基準で見てもらっても困るし。