30.騎士ファイティング
建物の中に続く扉は鍵がかかっていたので、私とエンジェラ様はひとまず壁に身を寄せた。少なくとも、背中から襲われることはないよね。壁破ってくるような人がいませんように。
「勘弁してくださいよ。初の実戦がここなんて、地味にも程があります」
そんな軽口を叩くエイクは、顔を隠した兵士と鍔迫り合いをしている。ぎりぎりぎり、とうっとうしい金属音が続くのは嫌だねー。
いやいやいや、私ものんきなこと言っている場合ではないのだ。ゲルダさんが叩き落として今地面に転がっている何か、短剣というかメスというか、手裏剣でこういうのあったっけなというやつで。
「そうか? 首を取れれば確実に己の手柄になるぞ、分かりやすい」
そのゲルダさんが睨み合っているのは……あのーどう見てもお城のメイドさんなんですが。いや、私がお城に来てから見たことない顔ばっかりだけど……お城で働いてる使用人さんって多いから、と思ってたんだけど。
「まあいい。いずれの手先かは知らんが王城内、しかも聖女様を狙うなど下の下。今ここで成敗してくれる」
「捕らえないのですか?」
「簡単に口を割るような刺客を、敵が王城内に送り込むと思うか?」
「なるほど、思いませんね」
ゲルダさんとエイク、こちらは実質戦力が二人。対して相手は兵士、メイド、あとエイクと同じ小姓スタイルとかが十人ちょっと。
もしかしなくても、ガチで殺りに来てませんか。多分狙いは私やエンジェラ様、だよねえ。
「メイド、小姓、兵士……まあまあ、わたくしどもを狙うにしては、ひどく大げさですわね」
エンジェラ様はといえば落ち着き払った態度で、私をぎゅうと抱きしめている。何でだ、と突っ込むよりも何かホッとしてる、という気分のほうが上なので考えないことにしよう。
ただし、声が微妙に低くなった上に言うことがちょっと物騒になったのは……まあ、状況が状況だ。
「もしや、王族の方々もお狙いでいらっしゃるのかしら?」
「……!」
あ、敵方が反応した。マジかー王家狙いかー駄目じゃないか、『のはける』のキャルンも魔帝陛下も、そこまではやらなかったぞ?
何だか、『のはける』とは違う方向にひどい展開になってないか、この世界。
「それなら、余計に放ってはおけませんね。行きます」
「そのとおりだ、騎士エイク。いざ、参る!」
聖女を守る聖騎士とは言え、もともとは王家に仕える騎士なんだっけ。だから、ゲルダさんもエイクも、本気で殺気をみなぎらせて敵に襲いかかった。
うん、逆のような気がするけど、間違いなくこちらが、向こうに、襲いかかったね。あれは。
ゲルダさんは遠慮なく剣を振るい、メイドの首筋を、小姓の心臓を、的確に切り裂いていく。
エイクは少し手間取っているけれどそれでも今、兵士の腕を切り落として剣を振るえなくした。
「……あ、あわ……」
あ、やばい。何か足ががくがくする。
キャルンとして生まれて育った私だけど、獣くらいなら普通にさばくこともできるけれど。
でも、今目の前で起きているのは、人間同士の戦いで。
「キャルン様、落ち着かれませ。わたくしどもにはゲルダと、そしてエイクがおりますわ」
「……」
エンジェラ様もそう言ってくれるけれど、その言葉が微妙に震えているのが分かる。多分、目の前で見たのは初めてか、そんなに回数がないはずだ。
口を開いてはい、と答えたいけどうまく口が動かない。ぎゅう、とエンジェラ様にしがみつくしかできない。こういうときは、ただでさえ役に立ってない前世の記憶が余計に役に立たないんだよね。くそう。
「……どなたも、おいでになりませんわね」
声すら挙げずに、兵士の一人が喉から血を吹き出しながら倒れる。それを眺めながらエンジェラ様がそう呟いたのが、妙に印象に残った。