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XXX.真の聖女は魔帝の寵愛を受ける

『のはける』ダイジェスト、のようなものです。本編キャルンが知る概要はこんな感じでした。

「この場において、王太子フランティス・グランブレストは宣言する。レフリード公爵令嬢エンジェラとの婚約を白紙に帰し、改めてセデッカ伯爵令嬢キャルンを婚約者として迎えるものとする!」


 その日、わたくしはこれまでに持ち合わせていたものをほとんどすべて奪われることとなりました。


「エンジェラ……聖女キャルンに対する数々の愚かな仕打ち、このフランティスが知らぬとでも思ったか!」


 わたくしを汚らしいものを見る目でにらみつけるのは、わたくしの婚約者であるフランティス王太子殿下。聖騎士のラハルト様の他に宰相のご子息や国務大臣のご子息など、グランブレスト王国の未来を担う貴族のご子息たちを従えております。

 それにしても……本日は、彼とわたくしの結婚式が本決定となることを貴族たちにお知らせする、大切な日のはずでしたのに。


「フランティス殿下! わたくしが、キャルン様に何をしたとおっしゃるのですか!」


「エンジェラ様、ひどいですよ。いつもいつも、私のことをいじめてきたじゃないですか!」


「あくまでもしらを切るか、エンジェラ!」


 殿下の腕の中には、先程殿下がその名を呼ばわれたキャルン様がおられます。彼女はほんの少しだけ口の端を引き上げて、わたくしを見つめている。

 フランティス殿下には見えないその表情で、わたくしは理解しました。

 わたくしは、あなたにはめられたのだと。

 同じ聖女として、この王城の中で共に学んできた、あなたに。




 この国では、十五歳の誕生月を迎えた者は神官立ち会いのもと、己の素質を確認する儀式がございます。わたくし、レフリード公爵家の長女であるエンジェラはその際、持つ素質を『聖女』であると宣告されました。

 聖女。主に傷を癒やし、心を癒やし、毒や呪いを打ち消すという癒やしの力を有する者である、とわたくしは記憶しております。もちろん例外もございますが、基本的には。

 また、『聖女』と言われるだけあってこの素質の持ち主はほとんどが女です。そして、そのほとんどが王族や貴族の血を引く者。こちらも例外はございますし、そのお一人である殿方……ですので聖者と呼ばれるセーブル・クラッパ様はお忙しく働いておいでです。

 そして、キャルン様は例外の一つ、平民より見いだされた聖女でした。姓を持たない平民であったキャルン様は、お住まいの村を管轄するセデッカ伯爵家の養女となり、聖女としての務めを果たすために王城へとおいでになりました。


「確かに、読み書きがおぼつかないのは仕方のないところもあろう。だがそれをあざ笑い、教本を打ち捨てるとは何事だ」


「お待ちくださいませ。何のことでございましょうか?」


「ふん、やはりそういうか。証拠も証人も上がっているのに、無駄なことを……ほかにも、聖女としての祈りを邪魔したり制服である衣を焼き払ったり、様々な話をこちらは手に入れている」


 した覚えのない悪事に、証拠はともかく証人が上がっていると殿下はおっしゃる。これはもう、わたくしを貶めるための罠としか思えません。

 そもそも、わたくしはキャルン様のお書きになった文字を拝見したことはほとんどございません。キャルン様は使用人などが学ぶ初心者クラスで読み書きを学んでおり、その場にわたくしはおりませんし。


「どのような証拠や証人が揃っているのかは存じ上げませんが、天と聖女の名に誓ってわたくしはキャルン様に何もしておりません」


「愚か者が! あくまでも知らぬ存ぜぬを通すのか、聖女の風上にも置けぬ女め!」


「……」


 何もしていないのに、どうしてここまで罵られなければならないのでしょうか。

 屈辱に打ち震え口をつぐんでしまったわたくしに対し、フランティス殿下は王国からの追放を申し渡してまいりました。同席しておられる国王陛下と王妃殿下も、どうやら同意しておられるご様子。

 そうして、わたくしに怯えるふりをしながらあざ笑っておられるキャルン様の醜いお顔は、わたくしの目にくっきりと焼き付きました。




 その日のうちに罪人を乗せる馬車に押し込まれ、わたくしは王国の国境付近に放り出されました。着の身着のまま。

 ですが、おかしなところから救いの手は差し伸べられたのです。


「エンジェラ様、どうぞこちらへ」


 怪しい者に身をやつしたラハルト様に案内されて、王国の国境を越えました。ここより人の足で半日ほど歩くと、隣国であるワリキューア帝国の街の一つに到着するそうです。

 さすがにわたくしは半日も歩けるほどの体力を持ち合わせておりませんが、それもラハルト様は考慮済みでした。国境側まで、帝国軍の馬車がお迎えに来てくださっていたのです。このわたくしを、街に連れて行ってくださるために。


「自分は、ワリキューア帝国より派遣された密偵であります。エンジェラ様のことは既に帝国に報告済みですので、この馬車であの街にお向かいくださいませ」


 その身分を明かしてくださったラハルト様は、わたくしの前に深く頭を垂れてくださいました。どうやら、ワリキューア帝国でわたくしのことを保護してくださるようです。

 ここまでわたくしを連れてきた兵士たちは、わたくしがこの辺境……草木も枯れかかっている寂しい荒野で野垂れ死ぬことを望んでいたのでしょうが……しかし。


「よろしいのですか? このことが知られれば、ラハルト様の身にも危険が」


「もとより、それを承知の任務です。少なくとも、愚か者を後継者に据えることとした王国の情報を集めねば、魔帝陛下の御前に立つことはできません」


 ラハルト様はそうおっしゃって、御者の方に合図をされました。わたくしを載せた馬車は、ゆっくりと動き始めます。


「ラハルト様。この御恩、忘れはしませんわ」


「どうぞ、お健やかに。エンジェラ様」


 再び頭を下げられたラハルト様をその場に残し、わたくしは帝国へと向かうこととなりました。御者の方に、どうかお礼を申し上げなくては。


「急な用件で、このようなところまでお越しくださってありがとうございます。ご迷惑ではありませんか?」


「いや?」


 まあ、何と軽いお言葉……と思っていたわたくしを振り返り、その御者の方は目を細められました。そのお顔をわたくしは一度、離れたところから拝見したことがございます。


「ラハルトから話を聞いて、泡を食ってすっ飛んできたのは事実だがな。グランブレストの王家はもう少し賢い、と思っていたのだが」


「……魔帝陛下……!」


 ワリキューア帝国を統べる魔帝、アレン・ワリキューア陛下のお姿がそこにはありました。あのう、一国の長ともあろうお方が、一体何をなさっておいでですの?




 その後、わたくしはどういうわけか魔帝陛下のお側に仕えることとなりました。聖女としての力はこの国でも有効ですし、王太子の妃たるべく受けた教育は帝国においても重要な力となりえましたので。

 そうして。


「エンジェラ。俺の妃として、俺を支えてくれないか。お前のことは、俺が支える」


「ありがとうございます、アレン様。ぜひ、共に歩ませてくださいませ」


 互いに手を取り合って、二人で一つの未来を誓い合いましたの。

 一方、グランブレスト王国は悲惨なことになったようですわ。主に、王家と貴族が。何しろ、教育をほぼ受けないままキャルン様が王太子妃の座についてしまわれましたので。


「父上も母上も、僕の提案を受け入れてくれないんだ。一体、どこが悪かったんだろう?」


「フラン様は悪くないですわ。だって、王国のためを思って作った案なんですから!」


 そんな会話がなされたとか、なされなかったとか。もちろんこれは、ラハルト様からの報告書をもとにしたものですけれどね。

 フランティス殿下、色々な提案をなされるのはよろしいのですがそのことごとくが理想にかまけて現実を見据えていないものであり、今の王国では現実化しないほうがよいものばかりでしたようで。

 そうして、殿下の案にいくつかの貴族が乗った結果は散々なものだったそうで……彼らの領は荒んでいき、国王陛下はお心を痛められたようですわ。


「エンジェラにかけられた冤罪に対し、疑うこともしなければ裏付け捜査もしようとしなかったんだろう? それなら、自業自得と言うやつさ」


 報告を受けた魔帝陛下……アレン様は、呆れたようにそうおっしゃいました。わたくしも、正直なところそう思いますわ。

 そうしてこれより、アレン様率いるワリキューア帝国軍はグランブレスト王国へと進軍いたします。フランティス殿下に従うことのなかった貴族が、領地と領民の安堵を条件として帝国への帰属を望んでこられたのです。

 彼らのために、そしてフランティス殿下に与した領主たちのせいで苦しむ民を救うために。

 わたくしは祈り、アレン様は剣を掲げます。

 フランティス殿下、キャルン様、どうか短い生命、お楽しみくださいませね。

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