第三話 まるで水まきのような緑化運動
(結局眠れなかった……しかしまあ、眠れなくても時間つぶしは出来てたな。これからは退屈が敵になるな、これ)
生きているのに何もやれないでぼーっとしているのはつらい。現在のところ何もしなくても生きていくことはできる。しかし、それは活きているわけではない。ただ生きているだけならば死んでいるのと何ら変わらない。だからぼーっとしたままでいるわけにはいかない。
何もない、ならば自分で作ればいい。人は発送する生き物、妄想、想像、空想、人間が思い描いてきたことはいくらでもあり、人の考えられることは実現できることだと言われている。まあ、今の状態では何もできない。本当に考えることくらいしかできないだろうけど。
(この何もない荒涼とした大地に変化があればなあ……って、あれ?)
ふわりと周りの大地を上方からの視点で見やる。そうして大雑把に見ると昨日には存在しなかったものが目に入った。
(あれ? 草? 木? あれ? あんなものあったっけ? 昨日は確かなかったと思うんだが)
そこに存在していたのは草木。木はそれこそ数本くらいだが、大地を緑が覆っていた。いわゆる雑草の類であったり、鑑賞向けの綺麗な色彩を持つ花が咲いている植物、食虫植物の類、野菜らしき物もあるように見える。まあ全部雑草と言えば雑草、野菜に関しては違うだろうが基本的に大雑把に括れば全部同じ、単なる植物なわけなのだが。木は草とはちょっと分けて考えるべきなのだろうが、こちらも大別すればやはり植物。
つまりそこには植物が生えていた。一体それは何故か。
(んー……いきなり生えた、その理由は何によるものか? えっと、地面に緑が見える地点は大まかに見て……三地点。さて、この場所はどういう場所かって言うと、昨日俺が果実を落とした場所だよな。しかもその果実が影も形も見当たらないと言う。つまりあの落とした果実が原因で草木が生えたと言うことになるが……常識的に考えるとあり得ないんだよな)
少なくとも俺がこちらに来る前の世界、その世界の知識においてこれは常識的なことではありえないと言うことになっている。まあ俺がこの大樹の体を持った時点で異常事態だし、この大樹だって屋久杉のような前例があるからまだわからなくもないが、それにしたって大きすぎるだろうし。そう考えるとこの場所で落とした果実からいきなり草木が生えました、という異常事態があったところでおかしくはないのかもしれないが。
(そもそも水はどうした? 栄養素は? 植物が育つにしても水と栄養がないとどうしようもなくない? この荒涼とした大地に水や栄養があるようには見えん。雲の一つも見えない現状、雨が降ったとも思えないし……そもそも降ってりゃ気付く。ってことはやっぱりあの果実が原因か? まあ砂漠の緑化運動に種を含んだ水分を保有する土の塊みたいなのを置いていく、みたいな話もあったようななかったような気もするから同じ効果があの果実にあるとか? それにしても草木の生える速度が異常すぎるが、まあそれは今言っても仕方がないか)
ふむ。仮にあの果実が原因で草木が生えるとするのであれば、緑化運動をするのも悪くはない。少なくともこの荒涼とした大地のまま放っておくのも寂しいし……そうだ、せめて動物か何かでもいてくれれば退屈しのぎの癒しにはなるかもしれない。何もない所に生きるものは来なくても、そこが草木の満ちる生命の大地、果実の一つや二つ、野菜の一つや二つでもあれば動物が訪れてそれを癒しにできるかもしれない! 思ったら即行動、俺は自分の枝に果実を作る。そしてその果実を大地にシュートッ!
(ふはははは! これで大地を緑化してやろう! 砂漠に草木を戻せ! 荒野に草木を戻せ! 緑満ちる世界こそ我らが春世なり!)
妙なテンションになっているが、実際緑が増えるのはいいことだ。まあやってることは朝の時間に花壇にちょっと水まきする程度の事なんだろうな。でもまあこの大樹のサイズがサイズ、ちょっとやるだけでもその影響力は大きいんだろう。
(しかし……水の欠片もなさそうな大地に植物が根付くもんかね? いや、俺、この大樹も大地にしっかりと根付いているんだよな………………あれ? もしかしてこの辺の大地に命の息吹が欠片もないのって俺が原因だったり? この大きさの植物が生育するの必要な栄養素や水を考えると、まともに成長しようとしたら周りに生物とか住めなくないか……?)
恐ろしい事実に気づく。もしこの推測が正しいとなると、俺の体はいずれ必要とする水を得られなくなり、栄養素も足りなくなる危険性が高いと思うべきだろう。いやまじでやばいのでは?
(今は考えないでおこう。とりあえず大地に果実をやって……一日三つしかできないんじゃ寂しすぎる。暇すぎる。退屈すぎる! ああ、今日ものんびり暇つぶしかあ…………そうだな、植物でも調べよう。どんな植物があるのか、どんな野菜があるのか、木はどういうものか。広葉樹か針葉樹か、食べられるような果実がなるのか。一生俺は樹の体のままだったなら調べても意味なさそうだけどなあ)
結局将来のことなど今考えたところで意味はない。植物である俺が動けるはずもなく、枯れるときは無慈悲に枯れるのみ。その時はもう運命だと思うしかないだろう。この大樹も何を思ってこんな場所でこんなに大きくなるまで育ったのやら……いや、今は俺の体なんだけど。そもそも樹だし何かを考えていたりするはずもないか。
とりあえず俺ができることと言えば、視界を飛ばしてあちこち見たり、この大樹の操作を色々とできないかを試したり、一日三つだけだが果実を落として緑化運動に努めるのみ。まあ朝起きて花壇に水を撒くような感じにぽいって果実を放るだけだけど。