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帝国一の無能兵を三年間演じた俺、最高機密を盗んで帰るはずが、処刑寸前の大回復魔道士まで拾ってしまった  作者: レイヴ


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第八話 別人

 次の哨戒が現れたのは、それから二十分ほど経った頃だった。


 街道を見下ろせる斜面の茂みに身を伏せていると、帝国本土側から五人の兵士が歩いてきた。来る途中で見た哨戒と同じ軽装鎧を身につけ、最後尾を歩く兵士の腰には、小さな黒い筒が下がっている。


 通信機だ。


「当たりね」


 セリアが声を落とす。


「ああ」


「どうする?」


「俺が行く」


「五人いるけど」


「見えてる」


「そうじゃなくて、一人で行く必要ある?」


「人数をかけるほどじゃない。それに、できれば装備を壊したくない」


 セリアが横目で俺を見る。


「殺さないの?」


「必要なければ」


 答えると、後ろにいたエレナと目が合った。


 何も言わない。


 でも、少しだけ口元が緩んでいる。


「何?」


「何も言っていません」


 ガロンを見る。


「行ってくる」


「ああ」


 街道から離れ、木々の間を回り込んだ。


 五人は周囲を警戒しているが、俺たちを探している動きではない。通常の巡回なら、その意識を利用できる。


 小石を拾い、街道から離れた木の幹へ投げた。


 乾いた音に五人の足が止まり、一人が様子を見に来る。


 木の陰へ入ったところで背後から口を塞ぎ、首へ腕を回した。力が抜けるまで待って地面へ寝かせると、今度は返事のない仲間を確認するため二人が近づいてくる。


 倒した兵士の剣を奥の茂みへ投げた。


 金属音。


 二人の視線が逸れた瞬間に木の陰から出た。


 一人の顎を掌底で跳ね上げ、その身体をもう一人へ押しつける。体勢を崩したところへ拳を入れ、首を締めて意識を落とす。


「敵だ!」


 残った二人が動いた。


 一人は剣。


 もう一人は通信機。


 先に通信兵との距離を詰め、通信機を掴んだ手首へ指を触れる。微量の雷を流すと指が硬直し、黒い筒が地面へ落ちた。


 腹へ肘を入れ、首筋を打つ。


 最後の一人が振った剣を半歩ずれて避け、その腕を掴んだ。勢いを利用して地面へ倒し、剣を蹴り飛ばして顎へ拳を入れる。


 静かになった。


 五人とも生きている。


 通信もされていない。


「終わったよ」


 森から仲間たちが出てくると、エレナは倒れている兵士を順番に確認した。


「全員、生きていますね」


「だから何」


「何も言っていません」


「嬉しそうだな」


「少しだけ」


「認めた」


 その横では、アレンがもう通信機を拾っていた。


「これ借りるぞ」


「頼むぞ」


「誰に言ってる」


 通信機はアレンに任せる。


 俺は倒れている兵士の中から、自分と体格の近い男を探した。


 身長も肩幅もほとんど変わらない。腰の革袋から身分証を取り出すと、帝国軍第七占領管理隊、第二巡回班、ハルト・ゲインとある。


「……使えるな」


「何が?」


 セリアが覗き込んでくる。


 答える代わりにハルトの軽装鎧を外し始めた。


「……何してるの?」


「着替える」


「何で?」


「アルネに入るから」


 セリアが黙った。


「またやるの?」


「ああ」


「帰ってきたばっかなのに?」


「帰った」


「また潜入するの!?」


「ちょっとだけ」


「そういう問題じゃない!」


 ガロンが笑っている横で、帝国兵の制服と軽装鎧を身につける。


 服を替えるだけなら誰でもできる。


 倒れているハルトを見る。


 右肩が僅かに低い。歩くときは右足が外へ向き、歩幅は俺より狭かった。背筋を伸ばしすぎず、顎を少し上げ、周囲を見るときも顔はあまり動かさない。


 さっき見た動きを思い出しながら、木々の間を歩いてみる。


 少し違う。


 右足の角度を変え、剣の重さに合わせて肩を落とす。


 もう一度歩いた。


「……気持ち悪い」


 セリアが言った。


「失礼だな」


「違う。何で歩き方まで真似するのよ」


「歩き方は結構見られるから」


「見ないわよ、普通」


「見る人いるんだよ」


「誰が?」


「私です」


 エレナだった。


「……歩き方まで変えるんですね」


「そこ見る人、あんまりいないんだけど」


「見ます」


「知ってる」


 牢で初めて会ったとき、この女はそれでルドルフ・ベルンではないと気づいた。


「今はどう?」


 エレナは俺と地面に寝ているハルトを見比べた。


「別の人みたいです」


「なら大丈夫」


「顔はレオンですけど」


「そこはあんま見ないで」


「無理があります」


 兜を深めに被る。


「これなら?」


「少し怪しい帝国兵です」


「十分」


 アレンの横へしゃがむ。


「どう?」


「まだ分からん。中身を見る」


「よろしく」


 地面に枝でアルネを簡単に描く。


「俺は中で指揮系統と、東へ動かせる部隊を確認する。それから西門。住民を逃がすなら、壊さず開けられる方法が欲しい」


「一人で入るの?」


 セリアに頷く。


「必要なものだけ見て戻る」


 それ以上は話さず、森を出た。


 今度は隠れない。


 帝国軍の制服を着て、帝国軍の剣を下げ、ハルト・ゲインの歩き方で街道を進む。


 アルネの東門には六人の兵士がいた。


 壁には三週間前の戦闘でできた焼け跡が残り、その上では帝国旗が揺れている。元々あった旗は外され、固定していた金具だけが残っていた。


 ハルトの身分証にあるのは、名前と所属、階級だけだ。占領からまだ三週間。出入りする兵士全員の顔まで、門兵が覚えているとは思えない。


「所属」


「第七占領管理隊、第二巡回班」


「身分証」


 ハルトのものを渡す。


 門兵は身分証と俺の顔を見比べた。


「一人か?」


「今は」


「他は?」


「東の林道で荷馬車が泥に嵌まった。四人置いてきた」


「またかよ」


「俺に言うな。道直さない奴に言ってくれ」


 門兵は嫌そうな顔をしながら身分証を返した。


「ご苦労さん」


「どうも」


 そのまま門を抜ける。


 アルネの中には人の声があり、パンを焼く匂いがしていた。市場には野菜が並び、井戸の周りでは女たちが桶を抱えて話している。


 普通の町だ。


 帝国兵がいなければ。


 俺が通ると、住民が道を空ける。店先で話していた男たちは声を小さくし、母親は子供の手を引いてこちらから離れた。


 三週間前まで、ここは帝国じゃなかった。


 壁には占領後の布告が貼られている。


 武器の提出。


 夜間外出の制限。


 帝国軍への協力義務。


 そして、その一番下。


 帝国へ恭順する住民の生命と財産は保護される。


 明日の午前五時には、この町へ〈灰の雨〉が落ちる。


 二千四百十三人。


 まだ生きている。


 足を止めず、中央広場へ向かった。


 兵舎脇の詰所を通り過ぎたとき、奥の中庭に隊員用の掲示板が見えた。交代時間や巡回経路、補給予定に混じって、緊急時の部隊編成も貼られている。


 東部補給線への大規模襲撃。


 第三、第五、第八中隊を第一防衛地点へ派遣。


 第二防衛地点には第十一中隊。


 魔導兵器への攻撃が重なれば、さらに予備隊から二個小隊。


 思っていたより多い。


 これなら動かせる。


 必要な部隊名と配置を頭へ入れ、そのまま西へ向かった。


 西門は閉じていたが、開閉機構は魔導式ではなく機械式だった。内側の詰所から伸びた太い鎖が門へ繋がり、扉の横には管理責任者の名前と階級が掲げられている。


 名前を覚える。


 これなら壊す必要もない。


 欲しかった情報は揃った。


 戻ろうとしたところで、周囲の兵士たちが一斉に道の端へ寄った。


 俺も合わせる。


 前方から護衛に囲まれた男が歩いてきた。


 白に近い銀髪。細身の身体に黒い外套を羽織り、周囲の兵士が緊張している中で、一人だけ散歩でもしているように笑っている。


 見たことはない。


 それでも分かった。


 明らかに異質。


 ウォルター・クロウリー。


 周囲の兵士が敬礼し、俺も同じように頭を下げる。


 ただの下級兵として。


 ウォルターは隣の男と話しながら俺の前を通り過ぎた。


 何も起きない。


 歩き出す。


「そこの兵士」


 足を止めた。


 振り返ると、ウォルターがこちらを見ていた。


 疑っている様子はない。


 むしろ、少し楽しそうに笑っている。


「あなた、魔力を隠すのが上手いですね」


「……何のことでしょうか」


 ウォルターは俺を眺めた。


「無意識ですか?」


「申し訳ありません。自分には何のことか」


「そうですか」


 それ以上は追及しなかった。


 興味を失ったように前を向く。


「呼び止めてすみません。少し珍しかったので」


「いえ」


「任務、ご苦労さまです」


 ウォルターはそのまま歩いていった。


 俺も歩き出す。


 振り返らない。


 歩幅も変えない。


 門を出るまで、ハルト・ゲインのままでいる。


 バレてはいない。


 たぶん。


 でも、次は近づかない方がいい。


 森へ戻ると、アレンが通信機を分解していた。


「遅えぞ」


「ウォルターがいた」


 全員の顔が変わった。


「見つかったの!?」


「見つかってない」


「今、ウォルターがいたって」


「いた」


「じゃなくて!」


「話しかけられただけ」


「それを見つかったって言うのよ!」


「大丈夫だったから」


「何て言われたの?」


 エレナが訊いた。


「魔力を隠すのが上手いって」


 エレナの顔から表情が消えた。


「……それで?」


「珍しいって」


「よく帰ってきましたね」


「俺もそう思う」


 ガロンが頭を掻いた。


「お前、もうあいつの近く行くな」


「そのつもり」


「絶対だぞ」


「たぶん」


「絶対だ」


「気をつける」


 アレンが通信機を持ち上げた。


「こっちも分かったぞ」


 黒い筒の側面が外され、中には細かな魔導回路が並んでいる。


「送受信はできる。ただ、普通に話しただけじゃ駄目だ。通信ごとに識別符号が入る」


「上級司令部の緊急符号は?」


「昨日のままなら使えねえぞ」


「分かってる」


「ただ、構造は取れてる。こいつから今日の識別値も拾えた」


 アレンが奪った通信機を指で叩いた。


「組める?」


「初動確認を通すだけならな。長く喋ったらバレる」


「十分」


 地面にしゃがみ、アルネで覚えてきた部隊名を書き出した。


 第三、第五、第八中隊。


 第十一中隊。


 予備隊二個小隊。


 ガロンがそれを見る。


「結構出るな」


「条件が揃えば」


「揃えるんだろ?」


「ああ」


 セリアを見る。


「東側で大きいの作れる?」


「どのくらい?」


「アルネから見えるくらい」


「余裕」


「補給路は壊しすぎないで。あとで使うかもしれない」


「注文多いわね」


「できる?」


「消し炭にしてやるわ」


「それ好きだよな」


 立ち上がった。


「じゃあ、始めよう」


 そこからは早かった。


 セリアと数人が東へ向かい、別の者たちが街道沿いへ散る。ガロンは残った人間をまとめ、俺、アレン、エレナは通信機の前に座った。


 しばらくして、東の空が赤く染まった。


 遅れて地面が震える。


 森の鳥が一斉に飛び立った。


「……派手だな」


「あいつに加減頼んだお前が悪い」


「頼んだよ」


「だからだよ」


 通信機から声が入った。


『東部補給路、襲撃! 大規模の魔法攻撃を確認!』


 別の声が重なる。


『輸送隊が攻撃を受けている! 応援を――』


 実際の帝国兵が報告している。


 一つ目。


 アレンを見る。


「次」


「分かってる」


 通信機の魔導回路へ細い器具を差し込み、周波数を変える。


 俺はアルネで見た部隊番号を伝えた。


 アレンが声を作る。


『東部第一防衛地点。重魔導兵器輸送部隊より緊急報告。襲撃者の一部が輸送兵器へ接近。奪取、もしくは破壊の危険あり』


 二つ目。


 通信機の向こうが騒がしくなる。


『所属を確認する。識別符号を送れ』


 アレンが指先を止めた。


「来たぞ」


「やって」


「簡単に言いやがって」


 昨日受けた緊急符号の構造と、今朝奪った通信機に残っていた今日の識別値を、アレンが組み合わせる。


 完全な偽造じゃない。長く通信を続ければ、どこかで綻ぶ。


 でも、今必要なのは確認を欺き続けることじゃない。兵が動き出すまでの、最初の数分だけ通ればいい。


 小さな魔石が白く光った。


 三つ目。


 返事はなかった。


 通信機から雑音だけが流れている。


 十秒ほど待つ。


「……どう?」


 エレナが訊いた。


「まだ分からない」


 さらに待つ。


 何も起きない。


 丘の上から見えるアルネも変わらない。


 東門を見る。


 閉じている。


 その上を帝国旗が揺れている。


 アレンが通信機を睨んだ。


「符号は合ってる」


「分かってる」


「じゃあ何で――」


 鐘が鳴った。


 アルネからだった。


 城壁の上を兵士たちが走り始める。


 東門の前へ次々と部隊が集まり、巨大な扉が内側から開いていく。


 最初に騎兵。


 その後ろから歩兵。


 さらに別の部隊が続く。


 第三。


 第五。


 第八中隊。


 少し遅れて第十一。


 掲示板で見た通りだった。


 帝国兵たちは、燃えている東の空へ向かって街道を進んでいく。


「……本当に出ていった」


 エレナが呟いた。


「自分たちで決めた規則だからな」


 帝国は広い。


 本部へ確認している間に補給線を失わないため、現場の兵士を先に動かす仕組みを作った。


 三年間、その仕組みの中にいた。


 命令される側として。


 利用できる日が来るとは思っていなかった。


 街道を進む帝国兵の列から視線を外し、アルネの反対側を見る。


 閉ざされた西門。


 帝国兵は動かした。


 次は、二千四百十三人を動かす。

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