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第8話 高圧洗浄


 魔王ル・セポネの部屋を出たカヅチは、肩に箒を担ぎながら廊下を歩いていた。

「さぁて……汐那さんのところに櫛を届けに行かないとな」

 歩きながら、カヅチは周囲を見回す。


「……ん?」廊下の隅に、小さな汚れがある。

「……あっ、ここ汚れてる」

 カヅチは足を止め、箒を構えた。シュッ、シュッ。

「よし!ピカピカオッケー♪」再び歩き出す。


 少し進んだところで……

 向こうからオークが歩いてくる。

「よぉ!カヅチ、お疲れさん」

「あっ、オク兄、お疲れ様です……あ、オク兄…」

「ん?どうした?」

「この前、食堂の床に豚汁こぼしてましたよね?」

「……なんで俺だってわかんだよ!?」

「俺が掃除したからですよ…オク兄の足跡が付いてましたよ…」

「おぉっ……すまん……」

「あはは。気をつけてくださいね」

「おう」


◇◇◇

 

 さらに進むと、今度はゴブリンとすれ違う。

「あ、カヅチさん、こんばんは!」

「こんばんは。……あれ?ゴブさん…」

 カヅチはゴブリンの足元を見る。

「足に泥ついてますよ」

「えっ?あっ、嘘?」

「大丈夫!ちょっとそのまま待ってください」

 シュッ、シュッ。とゴブリンの足を【水拭き】する。

「はい、綺麗になりました☆」

「おぉぉ!ありがとうございます!」

「いえいえ。廊下を汚されると、俺の仕事が増えるので」

「うわっ!その言い方、俺が怒られてる感じになってません!?」

「あはは!そんなことありませんよ。あははっ!」


◇◇◇

 

 さらにその先では、ハーピーが羽を広げて飛んでいた。

「カヅチー!」

「あっ、ハピさんお疲れ様です」

「今日も掃除してんの〜?」

「はい。係ですから」

「大変だねぇ」

「まあ、慣れました」

「頑張ってねー!」

「はーい。ありがとうございます。あんまり羽落とさないでくださいねー」


◇◇◇

 

 カヅチは魔王城の廊下の真ん中を歩く。

 オーク、ゴブリン、ハーピー。その他たくさんの魔族。以前のカヅチなら、敵として剣を向けていたかもしれない者たち。


 だが今は……。

「お疲れ様」「また後でな」「頑張ってね!」

 そんな言葉を交わしながら、当たり前のように同じ城で暮らしている。カヅチは少しだけ笑った。

「なんか昔より穏やかだなぁ……うん。悪くないな。こういうのも」


◇◇◇

 

 そして、目的の部屋の前に到着する。

 そこには、濡れ女、汐那の部屋があった。

 コンコンとノックする。

「はい。空いています……」

 中から、あのか細い声が聞こえた。


「汐那さん、カヅチです。櫛、買ってきましたよ」

「あっ……どうぞ……!」声が少し弾んだ。

「失礼します」

 カヅチは扉を開ける。すると……カヅチは部屋を見回した。

「……すごいな」

「え?変ですか?」

「いや……変と言うか…」


 テーブル。ソファー。椅子。床。座布団。そしてベッド…。

「全部、濡れてる……」

「あっ……恥ずかしい…」

 汐那が申し訳なさそうに俯く。

「す、すみません……私、どうしても……濡れてしまって…」

「あはは。いや、汐那さんの部屋ですからね。むしろカサカサだと心配になります」

 カヅチは気にせず笑った。


「それより、これ」

 買ってきた櫛を差し出す。

「わぁ……!」

 汐那の顔がぱっと明るくなる。

「本当にありがとうございます!」

「いえいえ。頼まれてましたから」

「同じ物を買ってきてくださったんですね……」

「えぇ、見つかってよかったです」

 汐那は新しい櫛を大事そうに両手で受け取った。


「ありがとうございます……本当に……」

「じゃあ、俺はこれで……」

「あの……!」

 んっ?とカヅチが振り返る。


「もし、お時間があれば……お茶でも飲んでいきませんか?」

「お茶?」

「はい……。せっかく来ていただいたので……」

 

 カヅチは少し考える。特に急ぐ用事もない。

「じゃあ……少しだけ、お邪魔します」

「はい……!」汐那が嬉しそうに頷いた。


 そして……

「どうぞ……」

 カヅチの目の前に、びっしょりと濡れた座布団が置かれた。

「あの〜……これ、濡れてますよね?」

「あっ、す、すみません……!」

 汐那は慌てて別のものを取り出す。

「こ、これを敷いてください……!」

 差し出されたのは四角いビニールだった。


「あはは。ありがとう」

 カヅチは濡れ座布団にビニールを敷き、その上に座った。

「では……どうぞ」湯気の立つお茶が出される。

「いただきます」

 二人は向かい合って、お茶を飲み始めた。


「街は……どうでしたか?」

「久しぶりだったので楽しかったですよ」

「そうですか……」

「昔、よく行ってた場所だったんですけど、今は見るところが全然変わってて」

「へぇ、どんなところがですか?」

「武器屋に入っても、血が付いたら掃除が大変そうだな、とか。防具屋でも、隙間に泥が入りそうだな、とか。魔具屋では、箒の材料になるものばっかり探してました」


 子供の様に話すカヅチを見て汐那が小さく笑う。

「ふふ…カヅチさん、本当に箒がお好きなんですね」

「えっ?好きというか……」

 カヅチは肩に担いでいる箒を見る。


「こいつだけが、今の俺の相棒みたいなもんですから」

「……なんか素敵ですね」

「そうですか?」

「はい……とても」

 二人の間に穏やかな時間が流れる。

 しばらく世間話をしたあと、カヅチはふと思い出した。


「あっ!」

「えっ?どうしました?」

「これ返すの忘れてました」

 ゴソゴソと懐から取り出したのは、折れた古い櫛。


「あ……」

 汐那はそれを見つめた。

「これ、どうしましょう?」

 汐那は少し考える。

「ん〜、私には、もう新しい櫛がありますので……カヅチさんの方で、捨ててもらってもいいでしょうか?」

 汐那はにっこりと微笑んだ。


「え?これ……貰ってもいいんですか?」

 カヅチの目が、櫛へ向く。


「はい……もちろん。私は新しいのがありますから」

「ありがとうございます!」

 カヅチは嬉しそうに櫛を受け取った。

「じゃあ、大事に使いますね」

「……え?」

「いや、箒の素材として」

「あ……なるほど……」

 汐那は少しだけ苦笑した。


「では、今日はありがとうございました。またなんかあったら声かけてください。」

「はい。こちらこそ……」


 カヅチは部屋を出る。廊下を歩きながら、手の中の折れた櫛を見つめる。

「……これ、絶対、箒の材料になりそうだな」

 そして、自分の部屋へ戻る。


◇◇◇


 カヅチの部屋。机の上に折れた櫛を置く。

「よし……」箒を立て、櫛へ手をかざす。

「【分解】」パァァァ……!

 櫛が光へと変わっていく。細かな粒子となった光が、箒へ吸い込まれていく。


 そして……【追加効果・高圧洗浄】


「……おっし!」カヅチは目を見開いた。

「んっ?……高圧洗浄?」

 次の瞬間、拳を突き上げる。

「よっしゃぁぁぁ!!やっぱり何か付いた!!」

 嬉しそうに箒を抱きしめる。

「ラッキー!これで水を使った掃除も楽になるぞ!いやぁ……素材を集めれば、この箒どんどん強くなるんだなぁ……」


 カヅチが喜びに浸っているその時……。

 バキィィィィッ!!その音にカヅチの動きが止まる。

 ゆっくりと振り返る。壊れた扉。

 その扉を持ったまま気まずそうに立っているル・セポネ。


「「…………」」二人見合ったままの数秒の沈黙。

「……やったな?」カヅチは真顔で言った。

「…………」ル・セポネは視線を逸らした。


「またやったな?」

「……すまない。妾は今はそれしか言えない。」

「………いや、やったな?」

「ちょっと力が……」

「力が、じゃないんですよ!」

 ル・セポネは目を合わせずそっと壊れた扉を壁へ立てかける。そして開き直り……


「まあまあ、そんなことよりじゃ!」

「そんなことよりじゃないですよ!」

「明日、南の四天王、リゼルカのところへ行くぞ」


「………南の四天王って…?それって……俺が通った場所ですよね?」カヅチの表情が変わった

「ああ、そうだ」ル・セポネは腕を組む。

「お主が以前、めちゃくちゃにした場所じゃ」


「……はい。その通りです…」

 カヅチはゆっくり頭を下げる。

「……心を込めて直させていただきます」


「ふふふ。うむ!頼んだぞ!……」

 だが、ル・セポネの表情は晴れない。

「……それもなんだが…… リゼルカの方も……深刻な状況なんじゃ。詳しくは明日着いたら話す。」

 ル・セポネは、珍しく真剣な顔をしていた。

 いつもなら、深刻な話の最中でも大げさな身振りや冗談を交えるセポネが、今はそれをしなかった。

 ル・セポネの顔を見てカヅチの顔から笑みが消える。そして魔王城に静かな沈黙が落ちた。


 明日、カヅチはかつて自分が破壊した場所へ、再び向かうことになる。



            続

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― 新着の感想 ―
 キャラの広がりとカヅチの様子が見えてきてました。魔王様も段々見えてきて楽しくなってきました。  一つだけ、セリフが続く所が個人的に苦手でこれ誰?ってなる所があるので少しそういう部分を意識すると読み…
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