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第5話 元勇者、街へ行く


 魔王城から続く森の道をしばらく歩き、抜けると、遠くに大きな城門が見えてきた。

 ここは魔王城に最も近い、人間側の南の最後の街。

 魔王討伐へ向かう冒険者たちは、ここで最後の準備を整え、魔王領へと旅立っていく。

 かつてのカヅチも、仲間たちとここを通った。

 何度も訪れた場所だった。


「……おぉ、よかった…道に迷わないで…」

 カヅチは足を止める。高くそびえる城壁。

 巨大な門。その前には何人もの兵士が立ち、行き交う人々を厳しく確認している。


「うわぁ……なんか懐かしいなぁ」

 肩に箒を担ぎ直し、カヅチは門へと歩いていく。

 しかし門に近づくと……

「止まれッ!!」

「うおっ!?」

 門番の男が槍を構え、カヅチの前に立ちはだかった。

「お前……今、魔王城の方から歩いてこなかったか!?」


「え? あ、はい」

「まさか……人間に化けた魔物かっ!」

「いやいやいや!ちゃんと人間だよ!そんな、物騒な物を俺に向けるなよ……」

 槍の穂先がカヅチの目の前まで迫る。

「では貴様、何者だ!人間だと証明しろっ!」

「あーはいはい……え〜っと、ここにあったかな?」

 カヅチは懐を探り、一枚のカードを取り出した。

「あった、あった。これ、見てもらえます?」

「んっ?ギルドカード……?」

 門番がカードを受け取る。そして……目を見開いた。

「はぁ?……SSランク……?」

「あはは、まあ、昔のですけど」

「SSランクだと!?」

 門番の顔色が変わった。


「ま、まさか……この名前……」

「はい。カヅチです」

「あの、勇者カヅチ!?」

「はは……元、ですけどね…」


 次の瞬間……

「し、失礼しましたぁぁぁ!!」

「いや、そんなに畏まらなくても……」

 先ほどまで槍を向けていた門番が、深々と頭を下げる。

「どうぞ! 街へお入りください!」

「ありがとうございます」

 カヅチは苦笑しながら門をくぐった。


「はぁ……」そして小さく呟く。

「あはは。元勇者ってのも、役に立つな……」

 かつては魔王を倒すために通った道。

 今は魔王城の清掃員として、魔族の買い出しに来ている。人生とは、分からないものだ。

 そんなことを考えながら、カヅチは久しぶりの街を歩き始めた。


「まずは汐那さんの櫛だな」

 懐から買い物メモを取り出す。

「櫛を買って……それから、箒の材料になりそうな物も探して……あっ、魔王のおつかいもしないと…」


 視界に武器屋が入る。

「おっ、懐かしい〜。なんか掘り出し物あるかな?」

 ふらりと店内へ。

「おぉ……相変わらずいっぱいあるなぁ」

 剣、槍、斧、弓。昔なら目を輝かせていた武器の数々。だが……。

「……これ、血がこびりついたら掃除大変そうだな」 カヅチを見て店主が微妙な顔をする。

「いや、なんでそんな目で見るんです?掃除大変だと困るじゃないですか?」

「うちは攻撃力重視だっ!」

「……あはは…」


◇◇◇ 

 

 次に防具屋。

「この鎧、格好いいなぁ」手に取る。

「……でも隙間に泥が入りそうだな」


◇◇◇

 

 そして魔具屋。

「おっ!これ面白い!」

 魔法道具を眺めながら、カヅチの目が輝く。

「この素材……箒の素材に使えないかな?うわっ!たっか!!お試しで使える金額じゃないなぁ…」

 

 勇者だった頃とは、完全に見る場所が変わっていた。それでも久しぶりの街歩きは楽しかった。

「ん〜……たまにはこういうのも悪くないな」


 買い物を終え、呟きながら街を歩いていると……

「よし。汐那さんの櫛も買ったし、魔王様のおつかいも終わったでしょ……あ」

 カヅチの足が止まった。見覚えのある看板。


「まだあったんだ……」

 そこは、昔から通っていたハンバーガー屋だった。

「……そういえば」カヅチは店を見つめる。

「魔王城に向かう前、みんなでここで食べたなぁ……」胸の奥が、少しだけ締め付けられた。


「よし」カヅチは小さく笑う。

「ここでご飯食べて帰るか!」扉を開ける。

「いらっしゃい! 好きなところ座って……」

 店主が顔を上げる。


「……え?」数秒の沈黙。

「……カヅチ?………お前、カヅチかっ!?」

「あはは……どうも…カヅチです」


 店主は目を丸くした。

「お前……どうした…箒なんか持って…あの聖剣は?みんなは?」

 カヅチは少しだけ笑った。

「……あはは。なんか俺だけ、生きながらえちゃいました」

 店主は何かを察したように、静かに息を吐いた。

「……訳あり、なんだな」

「まあ……はい」

「そっか」

 店主はそれ以上聞かなかった。そして、いつものように笑う。

「あはは! まあ、生きてりゃ色々ある。いつものでいいか?」


 カヅチの顔が少し明るくなる。

「あはは!うん!」椅子に腰を下ろす。

「ダブルチーズバーガー。パティ増しで」

「あはは!あいよ!少し待ってな」


 しばらくして……

「はいっ!お待ち!」

 目の前に置かれた大きなハンバーガー。そしてコーラ。

「ありがとうございます…」

 カヅチはしばらく、それを眺めた。


 そして……

「いただきます」一口、二口。

「……!」カヅチの顔が緩む。

「うんまぁ!」さらに一口。

「これこれ!懐かしいぃぃぃ!」

 コーラをゴクゴクと流し込む。

「っぷはぁ!幸せMAX!」満面の笑み。


 その瞬間、昔の光景が、ふっと蘇った。

 懐かしい味も、包み紙の感触も、あの頃と変わらない。変わってしまったのは、隣で笑う仲間たちが、もうここにはいないことだけだった。

 

◇◇◇


「うめぇ!」

 そう言うカヅチの目の前には賢者、その隣には戦士、そしてカヅチの隣には魔法使い。

 四人で笑いながらハンバーガーを食べていた。

「ねぇ?魔王を倒したら、祝杯は何食べる?」

「めちゃくちゃ高いものにしようよ!」

「えっ?いや、俺はこれ三人前でいい!」

「あはは!カヅチらしいなっ!」

 

 誰もが信じていた。魔王を倒せば、世界は平和になる。四人で笑って、またこの店に来る。そんな未来が、当然のように続くと思っていた。


◇◇◇


 カヅチは、ゆっくりと現実へ戻ってくる。

 店内には、客たちの話し声と食器の触れ合う音が響いていた。さっきまで確かに聞こえていた仲間たちの笑い声は、もうどこにもない。

 目の前には、食べかけのハンバーガー。自分一人。


「ふふっ……」ハンバーガーを見つめ小さく笑う。

「今は魔王城の清掃員、か……」

 昔の自分が聞いたら、きっと笑うだろう。


 勇者だった男が、魔王にボコボコにされ、土下座して、今では箒を担ぎ、魔族のトイレを掃除している。

「ははは……本当、人生、何があるか分かんないな」


 カヅチは残ったハンバーガーを食べようとした。


 その時……店の扉が開いた。

「おい!さっきの魔物の声聞いたかよ!マジで笑えたよな!」

「そうそう!」入ってきたのは、若い男女の一団。

 転生勇者の証である王国の紋章が入った装備。

 その中心には、若い勇者がいた。

「俺にビビって“ごめんなさい”って泣いてやがったぜ!」

「あははは!手足を奪ってから殺すなんて……本当に面白いお方!」

「だろ?あいつらなんか生きてたってしょうがないからな!俺のレベル上げの道具なんだよ!あははっ!」


 楽しそうに笑う勇者たち。

 それが聞こえた瞬間、カヅチの手が止まった。

 ハンバーガーを持ったまま、顔を上げる。

 無意識だった。視線が、若い勇者たちへ向いていた。睨んでいた。

 手の中のハンバーガーが、わずかに潰れた。

 カヅチの脳裏に、かつて共に戦った仲間たちの顔がよぎる。あの日守れなかった命。目の前で笑いながら語られる魔物たちの命。


 胸の奥で、何かが静かに熱を帯びた。


「あぁん!……なんだよ?」若い勇者が気づく。

「何睨んでんだ?箒野郎!お前なんか文句あんのか?」


 カヅチは答えない。

 手元を見る。残りのハンバーガー。コーラ。

 そして……肩に掛けた愛用の箒。

「ふぅ、……ここじゃ迷惑がかかるな」

 カヅチはハンバーガーを一気に頬張った。

 もぐもぐ。そしてコーラを一気に流し込む。

 ゴクッ。そしてゆっくり立ち上がる。

「魔物だけじゃ飽きるだろ?俺が遊んでやるから、表、出ろよ」

 店内の空気が、一瞬で凍った。


 元勇者と、現役勇者。魔王を倒すはずだった男と、魔物を笑いながら殺す男。


 そしてカヅチの手には……一本の箒。

 久しぶりの人間の街。その初日は、どうやら穏やかには終わらないらしい。



            続

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