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第4話 魔王城で買い出し係にもなりました


 魔王城➖➖

 今日も今日とて、カヅチは、頼まれた場所の清掃に励んでいた。

 そして現在。カヅチが黙々と掃除しているのは、魔王城のトイレだった。


「……いやっ!すっごい飛ばすな〜」

 壁に飛び散った汚れを見つめ、カヅチは思わず眉をひそめる。

「ここまで飛ぶのか……?こういう種目があったら金メダルだろ…。魔獣って、どんな勢いで用を足してんだよ……」

 箒を動かしながら、カヅチはため息をつく。

 そして、箒の穂先を眺める。

「はぁ……新しい能力欲しいなぁ…。【血液除去】に【油汚れ】【水拭き】に【修復】……」

 少し考え込んだ後、カヅチはニヤリと笑った。

「【糞頑固汚れ落とし】とか欲しいな。あははっ!」

 自分で言っておきながら、少し楽しくなってきた。


「最強の箒か……。いつか本当に、何でも綺麗にできる箒を作ってみたいな…。勇者としてはパッとしなかったしなぁ…自分ではそこそこ強いとかおもってたんだけどなぁ…あの筋肉化け物に瞬殺だったしなぁ……」


 そんなことを呟きながら掃除を続けていると…

「あの〜……すいません……今、大丈夫ですか?」

「ん?」

 カヅチの背後から、か細い声が聞こえた。カヅチは振り返る。

「ひっ!」思わず小さな悲鳴が漏れた。

 そこに立っていたのは、一人の女性。


 長い黒髪はびしょ濡れで顔を隠す。服も身体も水に濡れている。床には彼女の身体から落ちた水滴が、ぽたぽたと広がっていた。


「えっと……ごめんなさい。大丈夫ですか?驚かせちゃいましたか?」

「はい……驚いちゃってすみません……」

「いや、大体驚かれるのでいいですけど……」

 カヅチは心を落ち着かせながら、濡れた床を箒で掃く。

「あ、こっちも掃除しときますね」

「あ……ありがとうございます……すいません。びしょびしょにしちゃって…」

「いえいえ、びしょびしょにするお仕事ですもんね」

 笑顔のカヅチに女性は申し訳なさそうに頭を下げた。

 彼女の名は、汐那(しおな)。

 魔王城に住む濡れ女だった。


「それで……あの……少しお話しがあるのですが…」

「はい?なんでしょうか?」

「カヅチさんって……人間の街に行けますよね?」

「人間の街?行けますけど…」

「よかった。もし街に行く機会があったら、買ってきてほしい物があるのですが……」

「もちろん、いいですよ。一応、魔王様に街に行っていいか聞いてみますけど……何を買えばいいんです?」

「……櫛を……」

「櫛?」

 汐那は濡れた髪を指先で触れた。

「私のお気に入りの櫛が……折れてしまいまして……」

「あぁ、そうなんですか…はい。それなら全然いいですよ」カヅチが頷く。


 だが、汐那は少し困ったような顔をした。

「本当は自分で買いに行けばいいんですけど…ただ……私が街に行くと、少し騒ぎになってしまうんです……」

「騒ぎ?」

「はい……」汐那は俯いた。


「前に一度、どうしても欲しい物があって街へ行ったんですけど……その日は晴れていたので……私だけ全身びしょびしょだったせいですぐに人間に魔物だとバレてしまって……危うく“人間のレベル上げのため”に殺されかけました……」

「……あぁ、そうだったんだ…なんかごめん…」

 

 汐那は困ったように笑っていたが、冗談として片づけられる話ではなかった。

 ただ買い物に出かけただけなのに、魔物だと知られれば命を狙われる。カヅチは元気づける言葉を探したが、結局何も言えずにカヅチは無言で汐那を見る。

(魔族も大変なんだなぁ……)


「はい。分かりました。ここの掃除が終わったら魔王様に聞いてみますね」

「本当ですか?ありがとうございます」

 汐那の表情がぱっと明るくなる。濡れた髪の隙間から見えた笑顔は、とても可愛らしかった。


「じゃあ、任せてください」

「はい……!ありがとうございます」

 汐那は嬉しそうに頭を下げ、その場を去っていった。

 カヅチはその背中を見送る。

「……よし。じゃあ、まずはこのびしょびしょの床を綺麗にしないとな」ギュッと箒を握り直した。


◇◇◇


 しばらくして……

 掃除を終えたカヅチは、魔王の部屋へ向かっていた。扉の前で立ち止まる。コンコン。

「失礼します。カヅチです」

「おぉ、入ってよいぞ!」

「はい。」

 

 扉の向こうから、妙に熱のこもった空気が流れてきた。カヅチは一瞬だけ首を傾げたものの、特に気にせずドアノブに手をかけた。

 カチャ。扉を開けた瞬間……ムワッ。

 ル・セポネが全裸で懸垂していた。

「おっ、………失礼しました〜」

 その逞しい背中を見て、カヅチは無言で扉を閉めた。

「おいっ!?妾に用事があったのだろう!?」

 中からル・セポネの声が響く。

「いや、なんか……見ちゃいけないものを見た気がしたので」

「馬鹿者!この美しい背中が見てはいけないものではなかろう!!分かった!ちゃんと服を着るから!もう入ってよいぞ!」


「本当ですか?」

「あぁ!信用しろっ!」

 数秒待ってから、カヅチは再び扉を開けた。


「失礼しま、、おいっ!!なんで!?上は!?」

 そこには、下だけスパッツを履いたル・セポネが魔王立ちしていた。

「今、着替えたところだ!」

「いや、なんで上を着てから呼んでくれないんですか!?」

「なにっ!呼んでないだろ?お主が勝手に開けたのだ!急いで開けおって!本当は見たかったのだろう!?」

「えぇぇぇ!俺のせい?ちゃんと見たいなら扉閉めないで見ますよっ!」

「なら、ちゃんと見ろ!」

「いやっ!脱ごうとするなっ!」


 しばし睨み合う二人。

「……で?用件はなんだ?」

「えっと……」カヅチは今日の出来事を説明した。

「なるほど。汐那の櫛か……確かに、我々が街へ行くのは少々危険だな」ル・セポネは腕を組む。


「そうですよね〜」

「ふ〜む。なら、今後の買い出しはお主に頼むのが無難かもしれんな」

「俺がですか?」

「あぁ。人間のお前なら、魔族だと騒がれることも少ないだろう」

「まあ……そうですね」カヅチは箒を肩に担ぐ。

「でも、俺も街に行きたかったんですよ。箒の材料になりそうな物とか、いろいろ見てみたかったので…」

「ふふふ。なるほどな」ル・セポネが笑った。

「いつか何でも綺麗にできる箒を作るなら、材料も自分で探さないといけませんからね」

 

 口にした目標を思い浮かべ、カヅチは自分の箒を見下ろした。まだ足りない能力も、知らない素材も山ほどある。それでも、少しずつ理想に近づいていく。

 

 ル・セポネがカヅチの肩を叩く。

「よし!では頼めるか?」

「はい。任せてください。汐那さんの櫛と、ついでに箒の材料も探してきます!」カヅチは胸を張った。


「うむ。だが、一つだけ妾から言っておくぞ」

 ル・セポネの表情が少し真剣になる。

「人間の街では、魔族と住んでることがバレるような真似はするな」

「はい。分かってますって」

「それと、買い物以外で騒ぎを起こすな…あとは、お菓子を食べ過ぎるな…夜までには帰って来い…火遊びするなよ…女には気をつけろ…騙されるからな」


「いやっ!俺、子供じゃないんですから……」

「……お前は元勇者の遊び人。それに人間の大事な聖剣を箒に変えた前科があるだろう」

「遊び人じゃないっ!聖剣の箒の件は街で騒ぎを起こしたわけじゃないでしょう!?」

「あはははっ!ムキになってる!!」

「笑い事じゃないですよ!」


 こうして、カヅチは魔王城を出ることになった。


◇◇◇


 魔王城の外➖➖

 久しぶりに外の空気を吸ったカヅチは、大きく伸びをした。

「んん〜〜っ!」

 肩には愛用の箒。腰につけた小瓶には消化スライム。懐には汐那から頼まれた櫛の代金と買い出しのメモ。そして頭の中には、新しい箒のこと。

 

 カヅチは目の前に広がる魔界から街に繋がる薄暗い森の道を見る。

「さぁて、久々の街だなぁ!」

 足取り軽く、歩き始める。魔王を倒すことには失敗した。だが今のカヅチには、新しい目標がある。

 いつか、どんな汚れも、どんな厄介ごとも綺麗にできる、最強の箒を作ること。


「よし!まずは買い物して、そのあと材料探しだな!……道覚えてるかな…?あはは」

 元勇者は箒を肩に担ぎ、魔界から人間の街へ向かって歩いていった。



            続

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