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第13話 ゴミに殺される


 魔王城➖➖カヅチの部屋。

 ピピピピピッ!!「……ん……朝か?」

 アラームを止め、カヅチはベッドから起き上がる。

 眠そうな顔をしながらも、動きは妙に手慣れている。

「よいしょっと……」布団をテキパキと畳み、着替える。そしてキッチンへ。


「まずはコーヒーっと」

 コポコポと音を立てながら、コーヒーが落ちていく。

「ん〜いい香り……魔界のコーヒーってどうなのかなー?って思ってたけど…こっちのが美味いのよ!」

 コーヒーを飲みながらテキパキと朝食を用意し、テーブルへ並べる。

 味噌汁。焼き魚。そして納豆。

「いただきます」ズズッ。味噌汁を一口。そして納豆を猛烈な勢いでかき混ぜながら、カヅチは魔界タブレットを操作する。


「今日の依頼は……っと」画面をスクロール。

「図書館……食堂……南廊下……」さらにスクロール。

「うわ……サキュバスのチュパ姉さんの部屋も入ってる……」カヅチの手が止まる。


「今日は忙しくなりそうだな…」

 再び納豆を猛烈に混ぜる。そして一口。

「うん。うまい」完全にサラリーマンの朝だった。


◇◇◇


 朝食を終えたカヅチは、箒を肩に担いで部屋を出る。少し歩くと包帯グルグル巻きの魔族とすれ違う。


「マミ兄!おはようございます!」

「おう、カヅチ!今日も掃除よろしくな!後で俺の包帯洗っといてよ!」

「はいはーい。任せてください!」

 廊下を歩きながら、魔族たちと挨拶を交わしていく。すっかり見慣れた光景だった。

「さて……まずは図書館か」

 

 カヅチは魔王城の奥へ向かう。


◇◇◇


 魔王城・図書館➖➖

「朽葉爺。おはようございま〜す。カヅチです。掃除に来ました〜」返事がない。


「……あれ?どっか出かけてんのかな?」


 しばらくすると、本棚の奥から……

「おぉぉぉ……カヅチ。待っておったじょ……」

 ヨボヨボの小さなゴブリンが現れた。

 長い白髭。曲がった腰。杖をつきながら歩いてくる。

「おぉ、居た。おはようございます、朽葉爺」

「うむうむ……今日も頼むぞい」

「はい。了解しました」


 カヅチはすぐに掃除を始める。

 シュッ。シュッ。床を掃き、本棚の隅の埃を落とす。

「いやぁ……本が多いと掃除も大変ですね」

「そうじゃのぉ……あいつらは本も片付けんからな…」

 朽葉爺も本を整理しながら、ふと思い出したように尋ねる。

「ところでカヅチよ……魔王様はまだ寝ておるのか?」

「……え?そういえば……今日、まだ魔王様に会ってないですね」

「そぉか…無理もないかもしれんのぉ」

「何かあったんですか?」


 朽葉爺は本を棚へ戻しながら答える。

「最近は転生勇者が多く来ておるじゃろ?力任せにたくさん殺していく…。そのたびに、魔王様が生き返らせておる。しかも四天王のような強大な力の者を何回も生き返らせるとなれば、それだけでも相当な力を使うのじゃ」


「………魔王様も……疲れるんですか?」

「当たり前じゃ!お主は魔王様を何だと思っておるんじゃ!」

 朽葉爺が杖をドンッドンッと床につく。


「いや……無敵だと思ってました……」

「無敵に見えるだけじゃ。あのお方とて、疲れる時は疲れる。そしてたくさん寝るのじゃ…」

 

 カヅチは頷き、再び箒を動かす。

 シュッ……シュッ……。(……そうなんだ)

 

 昨日まで、そんなことは考えもしなかった。どれだけ暴れようが、どれだけ無茶をしようが、魔王なら平気なのだと勝手に思い込んでいた。

 けれど、誰かを生き返らせることが、何の代償もなくできるはずがない。

 頭の中に、昨日のル・セポネの姿が浮かぶ。

 笑って、騒いで、走って、壊して……

 そして、リゼルカを自分で殺し、生き返らせていた。

(……あの魔王が……疲れてるのか……後で甘い物でも持って行ってあげるかな)

 

 カヅチは少しだけ考える。


「どうしたんじゃ?」

「いえ、なんでもないです」

 カヅチは再び箒を動かす。


「【水拭き】!」シュババババッ!!床が一気に磨かれていく。

「おぉぉぉ……!」朽葉爺が目を丸くする。

「相変わらず、とんでもない箒じゃのぉ…あっという間にピカピカじゃ!」

「あはは。便利ですよ、これ」


◇◇◇


 それからカヅチは、次々と仕事をこなしていった。 

 食堂➖➖

「床、油汚れ発見!【油汚れ】!」シュバッ!!「はいっ!ピカピカ〜!!」


 南廊下➖➖

「ここ、泥がついてるな…またゴブめ、足流さないで外から帰って来たな?」

 シュッ、シュッ。「【高圧洗浄】!!」

 ブシャァァァァァ!!「よし、完了!」


 魔界タブレットの依頼欄から、一つずつ仕事が消えていく。

「図書館……完了。食堂……完了。南廊下……もこれでよしっ!と……はぁ、残りはチュパ姉さんの部屋……ここが一番厄介なんだよなぁ…」

 カヅチは画面を見つめる。なんか嫌な予感がする。


「……まあ、とりあえず行くか」

 箒を肩に担ぎ歩き出す。


◇◇◇


 魔王城・サキュバス、チュパ姉さんの部屋➖➖

 

 カヅチは無言で部屋の前に立っていた。

 扉は妙に妖艶な装飾が施されている。

 そして、その中央には大きな文字。

【ノック無し凸OKよ♡】

「………なんか下品…」カヅチは額を押さえる。


「……はぁ」小さく息を吐き祈る。

「どっか出かけてますように……」


 そっとドアノブを回す。ガチャッ。

「カヅチです。失礼しま〜す」扉が開く。

 部屋の中を見てカヅチが固まった。

 ゆっくりと部屋の中を見渡す。


「……マジか?」


 そこには……ゴミ。ゴミ。ゴミ。

 脱ぎ捨てられた服。空になった酒瓶。食べ終わった皿。謎の箱。そして、謎の袋。床が見えない。

 

 部屋の奥までゴミが積み重なり、どこから手をつければいいのかすら分からない。足の踏み場どころか、床がどこにあるのかも怪しい。掃除というより、まずは発掘作業から始める必要がありそうだった。

 

 カヅチはゆっくり扉を閉めようとする。

「うん……見なかったことにしよう」

「カ〜ヅ〜チ〜!待てぇぇぇぇぇ!!」

「うわぁぁぁぁっ!?」

 ゴミの山が突然動き、ゴミ山から手が出てくる。


「カヅチ……!」

「チュパ姉さん!?」

 ゴミの中から、サキュバスのチュパ姉さんが顔と手だけを出していた。

 髪はボサボサ。目の下には隈。

 その姿は、妖艶なサキュバスというより……遭難者だった。


「……助けろ……ゴミに……殺される……」

「………殺されはしないと思いますけど…」

 カヅチは数秒、無言で見つめる。

 そして、深いため息をつき箒を肩から下ろす。


「はぁ…チュパ姉。最近暇だったんですか?このままじゃ、男逃げるぞ……」

「なにぃぃぉぉお!暇じゃないっ!ちゃんと吸ってる!こないだも一人逝ったったわっ!」

「変な自慢する前にちゃんと自分で掃除して下さいよ。俺、今日忙しいんですよ!!」


「んくっ!お前、魔王城の清掃員だろぉぉぉ!!あと洗濯も頼む!」

「そうなんですけど!!……洗濯?嫌だよ!チュパ姉のねっとりしてる時あるから!」

「黙れ!変態!好きな癖に!一枚やるからそれで手を打て!」

「いらない!それよりサキュバスの伝説の武器くれ!」

「やれるかっ!ってかサキュバスの伝説の武器ってなんだよっ!?」

「知らない!何でもいいからくれっ!」

 

 言い争いがひと段落すると、カヅチは部屋いっぱいに広がるゴミを見る。


「はぁ……これ、今日中に終わるか?」

 ゴミの山が、まるで生き物のように蠢いた。

 カヅチは箒を握り直す。

「……おしっ!やるしかないか」


 その目に、清掃員としての覚悟が宿る。

 目の前にあるのは、数々の戦場でも見たことのない惨状だった。敵の数は不明。地形は最悪。足場もない。しかも、依頼主はまるで反省していない。

清掃員カヅチにとって、今日一番の難敵が立ちはだかっていた。

「チュパ姉さん…」

「なんだよ……先にヌ○とくか?」

「ヌ○ませんっ!今日は……徹底的に掃除しますよ!」

「うん。……頼んだ……出来たらもう汚れない部屋にしてくれ!」

「それが出来たら俺はクビだろ?とにかく、まず、このゴミ屋敷を…… 新築に戻します!!」

 

 カヅチは箒を構える。こうして魔王城に、新たな戦いの火蓋が切って落とされた。



            続

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