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第6話:ピチピチの鯉とウルトラバイオレンス

 どこにでもある少し田舎の県立高校。そして、旧校舎の片隅にある歴史研究部。

 ……の部室から少し離れた、校舎の裏庭。



 春の長閑な昼下がり。僕は人気のない木陰のベンチに座り、気怠げにペットボトルの紅茶で喉を潤していた。



 手元にあるのは、アンソニー・バージェスのディストピア小説『時計じかけのオレンジ』。

 全体主義的な管理社会において、若者たちが及ぶ理不尽な超暴力ウルトラバイオレンスと、その洗脳(矯正)を描いた不気味な傑作だ。



 あの先の大戦の不発弾騒ぎから数日。ようやく東總とうそう高校にも日常が戻りつつあった。

 精神的英国人を自認する僕にとって、サンドイッチをかじりながらディストピア文学に浸るこの静寂なランチタイムこそが、至高のシャングリラである。



 「ちょっとアンタ、一年生でしょ? 何そのナマイキな態度」

 「てか、髪色も明るすぎっしょ。そのカーディガンも指定じゃなくない?」



 僕のシャングリラから少し離れた、魚が泳ぐ観察用の浅い池のほとり。

 そこでリアルな暴力バイオレンスの気配が漂い始めたのは、僕がちょうど小説の第二章に入ろうとしたときだった。



 数人のケバケバしい不良ギャルたちに壁際に追いやられているのは、少しアッシュがかったボブマッシュの少女。

 昨日、うちの部室に乗り込んできて薄っぺらいSDGsのマウントを取った挙句、油虫(G)に泣き叫んで逃げ帰った「意識高い系アーバンガール」こと、花見川 若葉だった。



 「こ……この髪は地毛です! かか……カーディガンも、労働搾取のないフェアトレード認証を受けたオーガニックコットンで……! わわ……私のアイデンティティであって……っ!」

 「はぁ? オーガニック? 意味わかんねぇし。生意気だから、ちょっとその池で反省してきなよ」

 「ひぃっ!? や、やめてっ……!」



 向こうは死角にいる僕の存在に気付いていない。

 ギャルの恫喝にあっさり屈し、若様は池に突き落とされそうになって半泣きになっている。



 (……やれやれ。言葉の暴力マウントは、平和な場所でしか通用しないってことだ)



 とはいえ、流石に放っておくわけにもいかない。いくら僕が面倒事が嫌いだとしても、知合いが目の前で理不尽な暴力を受けているのを見過ごすほど、薄情ではないつもりだ。

 僕は小さくため息をつき、本に(しおり)を挟んで立ち上がろうとした。



 「おい、お前ら――」



 僕が声をかけ介入しようとした、まさにその0.1秒前だった。



 ボコボコボコッ!! ザバーーーンッ!!!



 「ついに見つけました! 旧日本陸軍の隠し財産の手がかりを!」



 絶体絶命のピンチにあった若葉とギャルたちのすぐ真横。

 水深わずか数十センチの観察池から、ブクブクと泡を立てて、シュノーケルと真っ黒なウェットスーツをフル装備した我が歴史研のカオス、里見 結菜が水飛沫を上げ、勢いよく浮上したのだ。



 そして彼女は、両手でがっちりとホールドした『丸々と太った立派な鯉(学校の備品)』を、天高く掲げていた。

 ピチピチと鯉が激しく暴れ、水滴がギャルたちの顔に飛ぶ。

 純度100%の無邪気な笑顔と、ウエットスーツと、暴れる鯉。



 裏庭の空気が、完全に凍りついた。



 「げッ!? さ、里見……!?」

 「なんなのコイツ、マジでヤバいって!!」

 「もういい、い……行くぞ!」



 ヤンキー漫画ならここで因縁をつけるところだろうが、彼女たちの生存本能は正しかった。

 関わったら絶対に自分の学校生活が終わる。その本能的な恐怖(真のウルトラバイオレンス)を感じ取り、不良ギャルたちは一目散に逃げ出していったのだ。



 残されたのは、鯉を掲げた狂人と、完全にフリーズしている若葉だけだ。



 「あっ! ああ、昨日部室に来てくれた入部希望の人ですね! いきなり帰っちゃったんで心配しました。また部室で待ってますね!」



 里見さんは、ウェットスーツからポタポタと水を滴らせながら、最高に爽やかな笑顔で若葉に語りかけた。



 「あ……あり……がとうございます」



 絶体絶命のピンチを救われたはずなのに、目の前の光景が狂気すぎて脳の処理が追いつかないのだろう。

 呆然と引き攣ったお礼を返す若葉を置き去りにして、里見さんは捕獲した鯉を抱えたまま、意気揚々と部室の方へ歩き去っていった。



 ――後日談だが、里見さんはこの後、ウェットスーツを着たまま、学校の備品である生きた鯉を抱えて校内を練り歩き、大騒ぎになった。



 生徒の些細な服装の乱れやヘアカラーには滅法うるさいのに、里見さんの奇行は「触らぬ神に祟りなし」と見て見ぬふりをする我が校の教師陣ですら、今回は流石に見過ごせなかったようだ。当然、後でこっ酷く叱られたらしい。



 『ぐぬぬ……やはり、政府の介入が入りましたか』



 そして、部室でそう悔しがっていた相変わらずとんちんかんなカオス女子の陰謀論を、放課後、僕は論破してへし折ることになるのだが……。

 散々校内秩序を乱し、窃盗未遂までしておきながら、教師の叱責を「国家の陰謀」に変換する彼女の脳髄には、もはや感嘆すら覚える。



 だが、そんな彼女の不良ギャルをも凌駕する不条理で圧倒的な狂気ウルトラバイオレンスが、時に人を救うこともあるのだ。



 僕は残りのサンドイッチを口に放り込み、ペットボトルの紅茶で喉を潤すと、再び『時計じかけのオレンジ』のページを開いた。



 ああ、今日も僕の平穏なランチタイムと一人のアーバンガールが、狂気の陰謀論者によって奇跡的に守られたのだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


不良ギャルすらも裸足で逃げ出す、里見さんの「真のウルトラバイオレンス(圧倒的な狂気)」はいかがだったでしょうか?


次回(第7話)は、今週金曜日の【8:10】に更新予定です!


幾度もの不憫なトラウマを乗り越え(?)、意識高い系アーバンガール・若葉ちゃんは歴史研の部室へ再び訪れるのか……!?


もし今回のエピソードで少しでも「フフッ」と笑っていただけたり、学校の備品(鯉)の安否が気になった方は、ぜひ画面下の【☆☆☆☆☆(星)】での評価や、【ブックマーク】をよろしくお願いいたします!


皆様の温かい応援が、里見さんを更なる狂気の陰謀論と奇行へ走らせます。

それでは、次回金曜日のお昼にお会いしましょう!

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