vol.72 女王のお仕置き、嵐の夜
週刊誌の紙面を飾った、めぐみとの密会スキャンダルから数日が過ぎた頃。
僕、けんたろうは、けいとさんから自宅へ来るよう呼び出された。
知らせを聞いた瞬間から、心臓が警鐘を打ちっぱなしだった。
氷点下の嵐へ放り込まれる予感。
指先の震えが止まらない。
極寒の猛吹雪の中へ、身一つで行く感覚。
けいとさんのマンションの一室に入る。
そこにはすでにMidnight Verdictの全員が揃っていた。
視線が一斉に僕へ集まる。
まるで椅子のない裁判。
リーダーのけいとさんは、普段のクールさをさらに削ぎ落とし、有無を言わせぬ絶対零度のオーラが、の身から立ち上る。
声を出される前から、僕は動けない。
最初に口を開いたのはムードメーカーのひなちゃんだった。
「けんたろうちゃん、モテモテだから〜……」
いつもの悪ノリで、場をゆるめようとしたのだろう。
その一言が落ちた途端。
けいとさんの眼光が稲妻みたいにひなちゃんを切る。
「ひええぇっっ!」
ひなちゃんは両手で顔を覆い、縮こまったまま固まる。
隣のあやさんが、助け舟のつもりで笑ってみせる。
「けいと、けいと。
年上女房だから、若い子が旦那に近づくと焦るよね〜。
わかるわかる!」
努めて明るく。
軽口で場を和ませる。
けいとさんの視線が、今度はあやさんへ滑る。
笑顔が一瞬で干上がり、あやさんは石化したように押し黙った。
女王。
そう呼ぶしかない気配。
部屋の中心に座る。
さやかさん、かおりさん、こはるちゃんは、嵐の縁で息を潜める。
さやかさんは眉をひそめ、恐怖の中でも状況を測る。
かおりさんは唇を噛み、僕を案じる目を捨ててない。
こはるちゃんは、今にも泣き出しそうに膝の上で手を握る。
けいとさんが、僕へ視線を戻す。
声は低く、薄い。
逃げ道を塞ぐ。
「けんたろうちゃん。
いったい、どういうことなのかしら。
説明してもらえる?」
それはまさに、慈悲なき極寒の声。
僕は震える声で、カフェでの一部始終を話した。
めぐみに声をかけられたこと。
半ば強引に連れて行かれたこと。
写真を撮られたこと。
そして、最後の悪あがきみたいに、小さく付け足してしまう。
「それに、あの時、こはるちゃんが……その……。
僕が高校生じゃないって……」
言った瞬間、背中が冷たくなる。
考える前に口が動いた。
けいとさんの表情は変わらない。
ただ、視線だけがゆっくりとこはるちゃんへ移った。
「こはる」
氷の名指し。
こはるは顔から血の気を失う。
「ひゅぅ……」と息を漏らした次の瞬間、ふっと倒れて気を失った。
「あわわわわわ……!」
残った全員の喉が同時に鳴ったのがわかった。
恐ろしさの量が、もう測れない。
けいとさんは倒れたこはるちゃんを一瞥し、すぐに僕へ戻る。
瞳の奥に、冷酷な光が住みついている。
「若い子とデートで楽しかった?」
問いかけに対し、精一杯に首を振る。
「ううんっ、そんなことない!」
首が千切れてもいい。
「ずいぶん親密ねぇ……」
けいとさんの視線が、週刊誌の写真へ落ちる。
モザイク越しでもわかる。
めぐみちゃんが僕の腕に絡みついている。
「あっちからくっついてきて困ったんだ!」
「写真のモザイク越しでも、けんたろうちゃん、嬉しそうじゃない?」
「そんなことない!」
否定の言葉が、情けないほど薄い。
「いったいどうしたいの?
私だけを好きでいてくれるんじゃないの?」
息が詰まる。
灰の空気が思い。
言い訳の糸は、すでに指からすり抜けていた。
僕は黙り込む。
ただ、困り果てた顔を晒す。
「こっちも困ったの」
「何か言うことは?」
低い声が床を這う。
逃げ場のない場所へ追い込む。
僕は観念して叫ぶ。
「ごめんなさい!!!」
メンバーたちは、気の毒そうに、しかし恐怖に怯えながら見守っている。
けいとさんの「お仕置き」は、まだ扉を開けたばかり。
けいとさんは冷たい表情のまま、ふっと唇の端を吊り上げた。
「けんたろうちゃん。
こっちへいらっしゃい」
甘美な響きを含んだ命令。
逆らえない。
操り人形は糸をひかれ、けいとさんの前へ歩く。
けいとさんは僕の頭を、優しく撫でる。
先ほどまでの殺気立ったオーラと、慈愛に満ちた手つきのギャップ。
僕の思考は停止する。
「ねぇ、けんたろうちゃん。
私に愛の告白は?」
問いかけに対し、反射的に、そして本能的に答える。
「……愛してます!」
その瞬間、けいとさんの手が僕の首をがしっと掴んだ。
苦しくない。
猫が獲物を押さえるみたいな、逃げさせない力。
猫が獲物にじゃれつくような、甘くくすぐったい拘束。
背筋が跳ねる。
彼女は僕の顔を息が届く距離で覗き込む。
ニヤリと妖艶に微笑んだ。
薄く、悪意の甘い笑みで。
「ニャーは?」
悪魔の要求。
天使の戯れ。
もう抵抗の形が思いつかない。
プライドを捨て去った。
息を飲み、情けなく鳴いてみせた。
「……ニャー」
けいとさんの笑みが深くなる。
そして今度は、僕のお腹をくすぐり始める。
体が勝手に折れ曲がり、声が漏れる。
耐え難い快感と恥辱に、もがき苦しむ。
「何か言うことは?」
指先で僕を弄びながら、彼女は楽しげに問い詰める。
「愛してます……」
「もっと言って」
「愛してます……!」
「聞こえないわ」
「愛してます!!」
笑い声か。
悲鳴か。
自分でもわからない。
もがきながらも、魂の限りを尽くして愛を叫んだ。
拷問。
至上の愛撫。
罰ではなく、忠誠の儀式。
けいとさんによる、愛のお仕置き。
身も心もメロメロに溶かされていく。
けいとさんは満足したように手を離し、部屋の全員へ目を向けた。
「これから浮気できないように、けんたろうちゃんにお仕置きするから。
みんな、出て行って」
その言葉が落ちるやいなや、メンバーは一斉に背筋を伸ばした。
「はいいいっ!」
ひなちゃんもあやさんも、さやかさんもかおりさんもも、逃げるように動く。
意識を失ったこはるちゃんを、荷物のように必死に抱え上げ、廊下へ雪崩れ込む。
ドアが閉まる直前、けいとさんの最後の言葉が僕の耳に届いた。
「けんたろうちゃん。
わかってるわよね?」
わかっている。
嫌というほど。
嵐の夜は、まだ終わらない。




