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vol.33 すれ違う想い

 渋谷を切り裂いた、あのゲリラライブの余韻がまだ街角に残っている。


 少し遅れて、Synaptic Drive、けんたろうのソロ曲『あなたは知らない』が、CDとしてこの世界に刻まれた。

 その音を追いかけるように、一条零の新曲『I KNOW』が空気を震わせる。


 互いに向かい合うようにして生まれた、二つの「魂の叫び」。

 偶然とも必然ともつかない経緯をまとったその曲たちは、

 瞬く間にチャートを塗り替え、音楽シーンの地図そのものを描き変えていった。


 けれど、その眩い数字の陰で――

 心だけが、置き去りにされていた。


 ♪ ♪ ♪


 ユージのアパートのリビング。

 テーブルの上には、最新の音楽雑誌が一冊。

 見開きのチャートに、見慣れない自分の名前が並んでいる。

 僕は、そのページを見つめることさえできずに、うつむいていた。

 大ヒット。

 成功者。

 世間はきっと、そう言うだろう

 でも、胸の内側は、何も満たされていない。

 さっきまで歓声を飲んでいたはずのグラスが、カラン、と乾いた音を立てた。


「ユージ……僕、は…」


 隣に座るユージへ向けて、声を絞り出す。

 喉から出てくる音が、自分のものじゃないみたいだ。


 Synaptic Driveを始めたのは、けいとさんを追いかけたい一心からだった。

 彼女に認められたくて、ただその隣に立ちたくて、がむしゃらに曲を作った。

 だけど、現実はどうだ。

 曲が売れれば売れるほど、

 拍手が大きくなればなるほど、

 彼女の背中だけが、遠ざかっていくような気がしていた。


 あの日、彼女の家を飛び出してから、画面の向こう側にしか、彼女はいない。


「どうしたら、いいんだろう…?」


 僕の声は震え、自分でも気づかないうちに、頬に熱いものが伝う。

 ユージは僕の背中をさする。

 僕の努力は、けいとさんとの間に、修復できないほどの深い溝を掘っているだけじゃないのか。

 そんな考えが、鉛のように心を重くする。


 ♪ ♪ ♪


 Midnight Verdictのレコーディングスタジオでは、重い空気が漂っていた。

 一条零との共演以来、けいとの指はキーボードの上で迷い続けている。


「けいと、今日のテイクもなんか違う…」


 あやの声は努めて冷静だったが、その響きには隠しきれない焦燥が混じる。

 けいとはキーボードの前で項垂れたまま、鍵盤の上に置いた指を握りしめた。

 一条零の『I KNOW』。

 あの旋律は、耳から離れてくれない。

 まるで胸の内側に貼りついて、何度も何度も再生される呪文のように。

 彼のことを一番理解しているのは自分だ――

 そう信じて疑わなかった時間がある。

 その自負は、彼女の音楽とプライドを支える、大切な芯だった。


 その芯は

 あの歌声に触れた瞬間

 音を立てずに、粉々になった


 自分でさえ知らなかった、けんたろうの孤独のかたち。

 一条零は、それを、恐ろしいほどのやさしさと正確さで歌ってみせた。


「けいとちゃん…」


 こはるが、そっと名前を呼ぶ。

 その声音の柔らかさが、かえって胸に刺さる。


 彼の存在は大きくなるのに、距離だけが遠ざかっていく。

 焦燥。

 傷ついたプライド。

 出口のない迷宮。

 突き放してしまったあの瞬間への後悔。


 窒息しそうな沈黙を切り裂いたのは、一番穏やかな声だった。


「ねえ、けいとちゃん。けんたろうちゃんに、会いに行こうよ」


 けいとは弾かれたように顔を上げる。

 さやかの瞳は、真剣そのものだった。

 会いに行く?

 今さら、どんな顔をして。


「……でも……私が行っても、きっと……」


 驚くほど弱々しい。


 その瞬間、ガタリと椅子が鳴った。

 あやが、けいとの氷のように冷たい手を強く握りしめる。


「何言ってんの!

 怖いなら、私たちが一緒に行ってやる!

 一人で抱え込むな!ね?」


「そうだよ、けいとちゃん。

 みんなで一緒に行こう」


 さやかが優しく微笑む。

 かおり、ひなた、こはるも、その周りに集まってくる。


「Rogue Sound…住所、調べよう!」


 あやの力強い言葉に、メンバー全員が頷いた。

 揺るぎない友情が、動けなくなっていた女王の背中を、確かに押した。


 ♪ ♪ ♪


 その頃、一条零は一台のハイヤーの後部座席に座り、静かに窓の外を流れる景色を見ていた。

 彼女のプロデューサーである真壁の「私も行こう」という申し出を、「私一人で行きます」と、強い意志で断った後だった。


 運転手が、バックミラー越しに問いかける。


「零様、どちらへ?」


 一条零は、そのミステリアスな瞳に確かな光を宿し、ただ一言、告げた。


「Rogue Soundへ」



 一人は、失われた絆を取り戻すために。

 もう一人は、新たな絆を結ぶために。


 交錯する場所で、けんたろうは、砂の中に沈む…

 まだ、何も知らない。



 音楽チャート

 1 一条零 『I KNOW』

 2 Synaptic Drive 『あなたは知らない』

 3 一条零 『EXCHANGE SACRIFICE』

 4 Synaptic Drive 『FIRE ON THE MERCURY』

 5 Midnight Verdict 『ETERNAL BEAT』

 6 Synaptic Drive 『UNIVERSE BOY』

 7 JON 『炎のデッドヒート』

 8 一条零 『光の裏の闇』

 9 一条零 『常緑』

 10 Midnight Verdict 『ROYAL ILLUSION』

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