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vol.30 歌姫の答え

 熱狂の余韻が渦巻くスタジオ。

 MCが、その熱を断ち切るように一条零へマイクを向けた。

 その瞬間、会場の空気が変わった。


 静かに。

 しかし、確実に。


「さあ、続きましては一条零さんです。

 Midnight Verdictさんのステージ、ご覧になっていかがでしたか?」


 一条零は、真っ直ぐにMCを見た。

 その瞳の奥で、かすかな光が揺れる。


「ええ。

 流石は皆様を魅了し続ける、Midnight Verdictさんですね。

 そのエネルギー、そして会場を一つにする力は、確かに素晴らしいものでした」


 誰もが納得する、模範的なコメント。


 彼女はそこで一度、言葉を止める。

 口角が、ごくわずかに緩んだ。


「…ですが、私には、まだ『知らない』領域があるように感じられました。

 音楽の奥深さ、そして人の心の、もっと深い部分を」


 ざらり、と空気が反転する音がした気がした。


「それは、まだ誰も踏み入れたことのない場所。

 私は、その場所へ皆様をお連れします」


 静寂。


 一瞬の、しかし永遠のような静寂。


 やがて、会場がざわめき始めた。


 Midnight Verdictがつくる熱の中心とは別に、もうひとつの中心が立ち上がる。

 一条零は、世間の熱気を、遥かな高みから眺めていた。


 ネット上では

「一条零、攻めるなー!」

「宣戦布告きた!」

「女王と歌姫のガチバトル!」

 と、瞬く間にコメントが殺到した。


 MCは、その「ただならぬ何か」を本能で察し、やや早口で次の話題を切り出した。


「あ、ありがとうございます!

 では、一条さんの新曲についてお聞かせください!

 一条さんが初めて歌うジャンル、ユーロビートとのことですが、そのタイトルは!?」


 一条零は、マイクを持ち替える。

 ひと呼吸。

 祈りの前に息を整える聖職者のような、静かな間。


 そして、その口から放たれた一言が――

 スタジオも、Midnight Verdictも、画面の前の僕たちも――

 世界の輪郭ごと、静かに反転させた。



「…私の新曲のタイトルは、『I KNOW』です」




 I KNOW


 ――私は知っている。



 時が、凍りついた。

 音響スタッフがBGMを流すのさえ忘れている。


 ユージのアパートの安っぽいテレビから流れてくる音声が、ガラス越しの異世界の音みたいに遠くなる。


「…………へッ!?

 『I KNOW』だとォッ!?

 う、嘘だろ、ケンタロウ!?」


 ユージがリモコンを取り落とし、ソファからひっくり返る。

 その絶叫も、僕の耳には遠く響くだけだった。


 僕がゲリラライブで歌った、『あなたは知らない』。

 誰にも届かないはずだった心の叫び。

 孤独も。

 焦燥も。

 けいとさんへの届かない想いも。

 その全てを、彼女は「知っている」と言ったのか。


 テレビ画面の中で、けいとさんの顔からいつものクールな仮面が剥がれ落ち、驚きと動揺が、そのまま素顔として露わになる。

 Midnight Verdictのメンバーも、その言葉に冷静さを失っていた。


 あやさんは呆然とする。

 さやかさんは目を見開いてマイクスタンドを凝視する。

 かおりさんはいつも以上の無表情の奥に衝撃を隠せない。

 ひなちゃんは口をあんぐりと開けたまま。

 こはるちゃんは「え、えぇーっ!?」と小さく叫んだ。


 一条零のたった一言。

 それだけで、スタジオの温度が変わってしまった。


 僕の胸の中を、熱い何かが駆け巡る。

 歓喜にしては、棘が多すぎる熱。

 自分の音楽が、あの絶対的な歌姫に届き、認められたはずなのに――

 胸の奥で膨らんだそれは、どう考えても「喜び」と呼ぶには鋭すぎた。

 僕の心の最も柔らかな、誰にも触れられたくない部分。

 心の奥底にある鍵のない扉が、音もなく開いたような、そんな感覚。


 僕は、けいとさんを求めている。

 彼女の隣に立ちたくて、彼女に認められたくて、ただそれだけのために音楽を作ってきた。

 僕の音楽の全ては、けいとさんのためにあったはずだ。


 なのに、なぜだろう。


 一条零の「I KNOW」という言葉は、僕の魂の奥深くまでも見透かしているように感じられた。

 僕自身でさえ言葉にできなかった孤独を、彼女は完璧に理解し、そして「歌」という形で応えようとしている。


 ――本当に僕を理解してくれるのは、けいとさんじゃない。

 この一条零という歌姫なのか?


 そんな恐ろしい考えが、頭をよぎる。

 裏切りにも似たその思考に、自分で自分を殴りつけたくなった。


 だが、心の片隅で、ほんの少しだけ、どうしようもない嬉しさが芽生えているのも事実だった。

 誰にも理解されないと思っていた自分の音楽が、世界でたった一人に、完璧に理解されたのかもしれない。

 その抗いがたい喜びが、けいとさんへの想いとない交ぜになって、僕の心をぐちゃぐちゃにかき乱していく。


「…っ、一条さん…」


 喉から漏れたのは、震える声だった。

 それは、憧れの歌姫への呼びかけか。

 それとも、自分の聖域を侵した侵略者への、非難の声か。

 自分でも、もう分からなかった。


 スタジオ中、そしてネット上が喧騒と興奮に包まれる中、一条零はただ静かに、しかし力強くそこに立っていた。

 彼女だけが、別の祭壇に立っているかのように。

 その視線の先には、何が見えているのだろうか。



【ネット民の狂乱コメント(Twitter風)】

 @GOD_OF_EUROBEAT おいおいおいおいおいおいおいおい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!『I KNOW』って!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! Synaptic Driveの『あなたは知らない』へのアンサーソングじゃねーかよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!!!!!!!!! #一条零 #IKNOW #宣戦布告

 @Shibuya_Legend は!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!マジで言ってる!?!?!?!?! 『あなたは知らない』からの『I KNOW』!?!?!?!?! けんたろう、お前まじで何者なんだよ!!!!!!!!!!!!! #けんたろう #謎の天才 #事件だろこれ

 @MusicFreak_90s 歴史が動いた…完全に、歴史が動いたぞ…!一条零、本気だ…本気でけんたろうを、そしてユーロビートシーンを掌握しに来た… #ユーロビート新時代 #震える

 @Keito_QUEEN_Fan け、けいと様が…冷静さを失ってる…!?あんなに動揺してるの初めて見た…一条零、恐ろしい子… #ミドヴァ #けいとさん

 @Aya_Luv_U_Fan あやちゃんも呆然としてる…やばい、これは本当にヤバい展開… #MidnightVerdict #緊急事態

 @Anonymous_MusicBiz これ、どういうことだ!?Synaptic Driveのけんたろうって、あのゲリラライブのプロデューサーのことか!?一条零が彼の曲を歌いたいって言ったのも、そういうことだったのか!? #音楽業界の闇 #天才現る

 @Gossip_Hunter これはもう完全に、Midnight Verdict vs一条零vsけんたろう(Synaptic Drive)の三つ巴の戦い確定だろ。しかもけんたろうの存在、未だに謎ってのがまた煽るわ。 #音楽バトル #修羅場

 @WhatIsKentarou 誰か、けんたろうが何者か教えてくれよ!!!一般人には知りようがないのか!?この曲の作曲者とかプロデューサーとか、全てが謎すぎる!!!! #謎深まる #正体不明

 @OMG_Music テレビの前で叫んだわ。『I KNOW』って、あんまりにもストレートな返答すぎて震える。これ、もうラブソングなの?バトルソングなの?どっちなの!? #神展開 #鳥肌

 @Fanatic_JPOP 一年前までこんなユーロビートのムーブメントなんてなかったのに、今やこんなドラマが繰り広げられてるなんて…信じられない… #ユーロビート #見逃せない

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