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vol.2 誰にも言えない秘密

 放課後の賑やかな街並み。

 制服のリボンを緩めた女子高生たち、部活帰りのジャージ姿、スーツの群れ。

 人の波が交差する駅前を、ごく普通の高校生、佐藤さとう あずさは歩いていた。


 彼女の耳に飛び込んできたのは、力強く、イケイケで、なのに胸の奥をひっかくような、どこか切ないユーロビートのメロディ。

 不意に、空気が変わる。

 足が止まる。

 視線の先には大型ビジョン。

 映し出されたのは、今この国で最も熱いガールズバンド。

 Midnight Verdictミッドナイト・ヴァーディクトのライブ映像。


「かっこいいお姉さんたちだなあ……

 私もいつか、あんな風になりたいな」


 梓は、思わず心の声が漏れてしまう。

 画面の中の彼女たちは、一人一人が強烈な個性を放っていた。

 特に目を引いたのは、キーボードを奏でるリーダー、けいと。


 けいとは、クールで知的な雰囲気を全身からまとっていた。

 艶やかな黒髪が、照明を受けて流れる水のように輝く。

 上品な服の着こなしは、若者のファッションのアイコン。


 表情の変化はほとんどない。

 近寄りがたい、凍てつくようなクールさ。

 なのに、瞳の奥だけが青白い炎で燃えている。

 そのギャップが、見る者の心臓を鷲掴みにして離さない。

 

 指先が鍵盤を走る。

 都会の喧騒さえもがひれ伏す。

 圧倒的な音。

 Midnight Verdict———


「やっぱり、けいとさん、美人だなぁ……」


 梓はうっとりと画面を見つめる。

 Midnight Verdictの圧倒的なパフォーマンス。

 梓はポケットからスマホを取り出し、SNSを開く。


【ネット民の反応】

「今日のMidnight Verdictのライブやばかった!特にけいとさんのキーボードソロ、鳥肌立ったわ!」

「けいとさん、あのクールな表情で熱い演奏するの最高。ギャップ萌えってやつ?」

「Midnight Verdictの曲聴くとテンション上がる!通勤中に欠かせないわ」

「けいとさんマジで美人すぎん?あの知的な雰囲気、たまらん」

「うちの親もMidnight Verdict好きって言ってた。老若男女に愛されるってすごいよね」

「いつか生でけいとさんのキーボード見たい!」

「あの冷たい視線で熱い音出すの、反則でしょ」

「もはや社会現象だな」


【メディアの反応】

「音楽業界の新たな台風の目!Midnight Verdict、快進撃止まらず!」 (音楽雑誌「Groove Style」) 6人組ガールズユーロビートバンド、Midnight Verdictが快進撃を続けている。特に、リーダーであるけいとの紡ぎ出すキャッチーで中毒性のあるユーロビートサウンドは、音楽シーンに新たな風を吹き込んでいる。彼女たちのステージは常にソールドアウト。その人気はとどまるところを知らない。

「社会現象化するユーロビート!Midnight Verdictが若者文化を牽引」 (夕刊トレンドニュース) 90年代リバイバルとして再燃の兆しを見せるユーロビート。その火付け役となっているのがMidnight Verdictだ。特にティーンエイジャーを中心に絶大な支持を得ており、彼女たちのファッションやライフスタイルを真似る若者も続出。社会現象を巻き起こしている。


 梓は、大型ビジョンの前でしばらく立ち尽くしていた。

 Midnight Verdictの音楽が、胸を震わせる。

 いつか、あんな風に、すてきな女の人になりたい。

 そんな夢を胸に、梓は再び歩き出した。


 ♪ ♪ ♪


 その頃、都内の小さなライブハウスの楽屋は、さっきまでと別世界みたいだった。

 開演前の張り詰めた空気は消え、代わりに残っているのは、汗とアンプの熱と、どうしようもない達成感の匂い。

 ユージは肩で息をしながら、タオルでガシガシと汗を拭っている。

 その隣では、けんたろうが少し戸惑ったような表情で、熱狂する観客の声を聞いていた。


 二人のマネージャー、綾音は、目を潤ませていた。


「ハァ……ハァ……やったな、けんたろう!」


 ユージがそう言って、けんたろうの肩を勢いよく叩いた。

 さっきのステージのテンションが残ってる。


「うん……ユージ、すごかったね」


 僕はまだ、耳鳴りの中にいた。

 あんな景色を、僕たちが作ったのか?

 数百の拳が突き上がり、僕たちの音に酔いしれる光景。

 さっきまで自分の指先から溢れていた音が、あの熱狂を本当に生み出したのだと、まだ実感として掴みきれない。


 マネージャーの綾音さんが、タオルを握りしめたまま声を震わせている。


「ユージくん、けんたろうくん……!

 本当に、本当に素晴らしかったです!

 鳥肌が立ちました……!

 本当に、世界が変わる音がしました!」


 潤んだ目で、綾音は満面の笑みを浮かべる。


「だろ?

 俺たちの音楽が、ちゃんと届いたんだ」


 ユージは自信満々に胸を張った。

 けれど、僕の胸のざわめきは消えない。


(本当に、僕の音楽が、みんなに届いたのかな……?)


 歓声の波の向こう側に、別の顔が浮かぶ。

 けいとさん。


 あの人は、今日の僕たちの音をどう評価するだろう。

 Midnight Verdictのメンバーたちの耳には、今の僕たちのユーロビートは、どんなふうに聴こえるのだろう。


 視線が下がりかけたとき、ユージがすかさず割り込んでくる。

 わずかな揺れを見逃さない、いやなほど頼りになる兄貴分。


「おい、何を不安がってんだ、けんたろう」


「だって……まだ、始まったばかりだし……」


 これから先に待っているものを想像すると、足元がすこしだけ縮む。

 厳しい現実とか、大きな壁とか、そういう言葉でまとめられてしまう何か。

 そんなけんたろうの頭を、ユージはポンと叩いた。


「お前は俺の相棒だ。

 いや、違うな」


「え?」


「お前は俺のブラザーだ」


 その単語に、けんたろうは思わず顔を上げる。

 ブラザー。

 軽口みたいなのに、妙に重たく響く言葉だった。


 単なるビジネスパートナーでも、バンド仲間でもない。

 それよりも、もう少しだけ厄介で、もう少しだけ離れがたい関係。


「……ユージ」


 となりで聞いていた綾音も、こっそりと目頭を押さえた。


「ユージくん……」


 涙を袖で拭いながら、力強く頷く。

 この二人の才能と、その間に張られた見えない線を、彼女は誰よりも信じていた。

 けんたろうが、ユージという兄貴分に支えられながら、その才能を存分に発揮できる場所が、このSynaptic Driveなのだと確信した。

 ユージは、けんたろうの目を見据え、力強く言った。


「これからも、何があっても俺がお前を守る。

 だから、お前は何も心配いらねぇ。

 最高の音楽を、最高のユーロビートを、お前が好きに作ればいい。

 俺たちは、これからもっとデカくなるんだからな!」


 綾音さんが、また涙ぐんで頷いている。

 この二人がいるなら、本当にどこへだって行ける気がした。

 不安が溶け、小さな勇気が湧き上がる。


 その時だった。

 僕のポケットで、スマホが静かに震えた。

 取り出した画面に浮かんだ名前を見て、心臓が一拍、変な音を立てた気がした。


 送信者は『けいと』。


 楽屋の喧騒が、一瞬で遠のく。

 隣でユージが画面を覗き込み、ニヤリと口角を上げた。


「お、来たか」


 メッセージは、たった一言だけだった。


『いつもの場所で20時に』


(僕たちの活動が、もうバレたんだろうか……?)

 胸の奥で、期待と不安がぐちゃぐちゃに混ざる音がした。


 顔に出ていたのだろう。

 ユージが、躊躇なく僕の背中を叩く。


「上等じゃねえか。

 行ってこい、けんたろう!」

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