日本じゃ無い?
「おみゃあさん、大丈夫かや?」
崩れ落ちた朔也に声を掛けてくるのは、焚き火の近くにいた黒銀色の髪の男性、訛りがあるが言葉は通じる。
3人の中では一番背が低くややふっくらした体つきだが、不健康な感じではない。
上がっていた息も整い、速まっていた心拍も落ち着いてきたので、朔也はふぅと一息吐いて立ち上がる。
「あの大きさだと、村長が言っていたこの辺りを縄張りにしていた個体で間違いないだろうな。」
後ろから刀を鞘に納めながら熊を倒した人が近付いて来る。
3人の中で一番背が高く、衣服で分かり難いが引き締まった筋肉が見て取れる体つき、自然な色合いの茶髪という出で立ちだ。
「助けていただいて、ありがとうございます。」
「なぜこんなところにそんな軽装でいるんだ?」
朔也が頭を下げながらその男にお礼を口にするが、男は朔也の格好を見て首を傾げて聞いてきた。
「...よく分かりません。気が付いたら森の中に。」
「気が付いたら?なんだそりゃ。」
「それまではどこに?」
更に奥にいた女性が声を掛けてくる。
長い赤髪は後ろで束ねられ
「仕事帰りで、バス停にいました。」
「ばすてい?...って何処の事なの?」
「ええっと...田蔵市の田蔵街道の先です。」
「は?タクラシ?タクラカイドゥー?何処なの?それ。」
その女性が他の二人に聞き覚えがあるか振ってみるが、二人とも首を横に振る。
「...え?」
質問に素直に答えていた朔也だったが、結果がよろしくない。
多蔵市では無い事は明らかなのだ。
多蔵市にはこんなに深い森が無い。
そう、小さな山はあるが、これほど広い森が無い筈なのだ。
冷静に考えれば考えるほど、有り得ない状況に陥っている事は明らかだった。
そして、その僕を心配そうに見ている3人。
その3人の格好が、見た事のない服装に各種の武器も持っていたのだから。
何か劇の練習かとも思ったが、実際にクマを斬り殺したのを見る限り、あの”刀”は刃の付いた本物を意味している。
そしてとても自然に着こなされているその服装はどう見ても和服であったのだが、今時こんな森の中で着る様なものでもない。
男性二人は紋付き袴、女性も小紋に袴と言う服装である。
そしてそれらは少しくたびれた感じであるところを見ると、映画やテレビの撮影で仮装しているのではなく、普段から着ている感じがするのだ。
現代でもオシャレでそんな着こなしをする人もいるとは思うが、どう見てもオシャレで着ているようには見えないのである。
兎に角、今自分の置かれている状況の確認だ!と朔也は3人に質問する事にした。
「ぼ、僕は鷹山朔也と言います。サクヤと呼んでもらえれば。」
「サ...?サ、ケェア?サークヤね?ワタシはシーナ・ホゥスカー。シーナで良いわよ。」
赤髪の女性が自己紹介で返すが、何故か名前が正しく伝わらず、訛ってしまった。
しかし、それを正すほど朔也は落ち着いてはいなかった。
「わしはターク・マキーヌ。どう呼んでまってもええでな。」
黒銀髪の男性も自己紹介で返すが、どうも訛りが出る人だ。
「ああ、こいつな、爺さんの何処のだか分からん方言が混ざって聞き取りにくいが、我慢してやってくれ。オレはテリオ・サクームだ。テリオで良い。」
先程、刀で熊を倒した茶髪の男性も自己紹介で返すが、顔には苦笑が混じる。
「...ここは日本...ですよね。」
朔也が一番重要かつ、当り前であろう事を聞いてみる...のだが。
「ニホン?何処の村だ?」
「いえ、国ですよ、日本国。」
「日本国?ここはテインバーク国だぞ。」
テイン...バーク?なんだって?
日本じゃない?いや、聞いた事もない国名だぞ?
そもそも日本から出国してもいないのに...。
まさか...いや、そんなの空想の中の話じゃないのか?
見た事のない髪の色も、染めた物じゃなさそうだし。
それに何より、嘘を言ってたり芝居をしているような感じは全くしない。
でも...ここは...もしかして異世界...なのか?
朔也が有り得もしない事をグルグルと自問自答するが、どうしてもその答えに行き当たる。
そんな馬鹿な!
そういった物語はアニメとかでも見た事はあるが、好んで観ている訳ではない。
同級生の勧めで一度見たきりだ。
朔也は頭を振ってそれを否定する。
「おみゃあさん、顔色が悪いが大丈夫かや。とりあえず火に当たりゃあ。ぬくとうせい。」
「そうね、今夜は冷えるわ。」
「そうだな、まぁ座れ。丸腰みたいだが、何か食ったんか?」
「え...い、いや。仕事の帰りだったので...何も...。」
「そうか。ちょうどいい、熊を捌くついでに俺たちも少し食うか。」
そうして三人は手際よく、倒した熊を捌く一方で保存食であろう肉を焼いてくれた。
分けてもらった肉を食べながら、これからどうしようかと思案する朔也。
しかし、そうは良い案が出る筈がない。
情報が著しく欠けているからだ。
異世界であれば、何故日本語が通じているんだろう。
まぁ、言葉に困らない分、助かるけど。
英語だったとしても大学まで出ている身としては何とかなるだろう。
だが、異世界となると言葉が通じなくてもおかしくはない筈なのに、日本語が通じるとは本当にラッキーとしか言いようがない。
...本当に日本じゃないのか?
そんな疑問が自然と出てくる。
「そうだ!近くに役所とかないですか?役所とか警察なら何とかしてくれると思うんですが...。」
「警察?何だそりゃ。それに役所?首都のか?ちょっと距離があるな。近くの村や町の役場でも良ければ連れてってやるが、今日はもう遅い。此処に留まった方が良いだろう。さっきの熊が此処の主であれば近くには他の害獣はいないだろうが、動けば他の害獣が出るかもしれんからな。」
「そうね、それに丸腰では何かに襲われたら無事では済まないわよ。」
うんうんとテリオやシークの返答にタークも頷く。
それを見た朔也は、今の状況に戸惑いつつ3人の申し出に甘える事にするのだった。
『近所に勇者が引っ越してきたようです(仮)』 https://ncode.syosetu.com/n3333dx/ 2017.12.28 完結しました。
『カースブレイカー 呪われた世界の嘘つき救世主』 https://ncode.syosetu.com/n5267el/ 2017.12.26 連載開始しました。
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